2101.切取り方の差
「ほう……この記事を彼が書いたのかね」
ラクエウス議員は、マリャーナ宅で湖南経済新聞の公式サイトを閲覧中だ。
パソコン部屋には、針子のアミエーラとサロートカ、「真実を探す旅人」ことファーキル、歌手「平和の花束」の四人も居る。
いずれも、キルクルス教の信仰をそれなりに知る者だ。
パソコンの操作は、ファーキルとタイゲタが担当し、他の者は椅子を寄せて二人を囲む。
記事は、国連の人権査察団が二一九三年八月初旬から中旬、リストヴァー自治区の調査を行った件だ。
ラゾールニクは【化粧】の首飾りで顔を変え、力なき陸の民のフリで記者団に紛れ込み、フリージャーナリストとして取材した。
記事の署名はいつもの呼称ではなく、この時限りのものだ。だが、プロの新聞記者が書いた文章と見分けがつかない。
自治区民の暮らしぶりや、子供たちの授業風景、大人向けの識字教室の様子、東教区と西教区の商店街比較、東教区の工場、西教区の農場、東教会での罹災者支援事業、西教会での元星の標再教育など、毎日一本ずつ、写真や動画を付けてWEB版のみで連載中だ。
姉クフシーンカや、東教会のウェンツス司祭、西教会のヌーベス司祭、工場長や校長、区長ら、見知った顔の健在がわかり、ラクエウス議員の胸があたたかいもので満たされる。
キルクルス教団と教圏各国から、東教区に寄せられた復興支援は手厚かった。プレハブの仮設住宅をはじめとして、木造モルタルや鉄筋コンクリートの恒久住宅も建ち並び、かつて街を埋め尽くしたバラック小屋は一軒もない。
学校も、以前より立派な校舎が建てられ、机や椅子、黒板、消耗品や子供らが使う学用品も、充分あるように見えた。
写真や動画に収まる自治区民は、破れやほつれのない清潔な衣服で身を包み、髪を皮脂やフケでギトつかせた者は一人も居ない。
ネミュス解放軍のリストヴァー自治区侵攻前後、ラゾールニクと運び屋フィアールカが撮った写真で、大体の様子は見たが、詳細は初めてだ。
自治区出身のアミエーラとサロートカは、瞬きも忘れて画面に見入る。
「レーチカ臨時政府が、経済制裁前に出してた報道発表が嘘じゃなかったって、キルクルス教圏でも確認できたってコトですよね」
ファーキルは言いながら、パソコンを操作して次のページを表示させる。
アルキオーネが、タイゲタの操作した画面を指差して冷たく言い放った。
「でも、こっちの記事は、西教区の壊れた家やお店ばっかりで、街の声も『資材不足で工事がずっと止まってて、営業を再開する見通しが全然立たない』とか、暗い話ばっかりよ」
「ん? このご婦人は、あれだ。信仰の誓い用の砂糖菓子職人さんだ」
「ラクエウス議員のお知合いですか」
サロートカが期待に満ちた顔を向ける。
「うむ。ご近所さんだったからな。姉の報告書には、東教区の仮設工場で事業の一部を再開して、夫はそこで人を雇って働いて、ご婦人は確か、中学校で大人向け料理教室の講師をしておる、と書いてあったがな」
「このおばさん、こっちの記事で先生してましたよ」
ファーキルが、ラゾールニクの連載記事を遡って表示させる。
アルキオーネが指摘した記事は、バルバツム連邦最大のポータルサイトに載った星光新聞のものだ。
「同じ日に同じ人に取材したのに、どうしてこんなに違う記事になるのかな?」
「えー? わかんない。どっちか嘘吐いてるとか?」
サロートカが隣のアステローペに聞くと、金髪の少女は首を捻った。
アミエーラがファーキルのパソコン画面を指差す。
背後に写り込んだ黒板の文字は、栄養素の説明だ。
「ラゾールニクさんの記事は、店長さんの報告書通り、料理教室の先生してますよね」
アルキオーネが鼻で笑う。
「じゃあ、星光新聞は偽ニュースってコトよね」
「そう結論を急ぐものではないよ」
ラクエウス議員は、黒髪の歌姫の一言に頷きかけた若者たちを引き留めた。
エレクトラがアルキオーネを横目で窺って聞く。
「違うんですか?」
「料理の講師も、仮設工場での事業再開も、店舗再建の見通しが立たぬからなのだよ」
「そう言えば、フィアールカさんが撮った写真、全壊した物件の瓦礫は解放軍が片付けてましたけど、半壊やちょっと壊れただけのとこは、そのままでしたね」
西教区では大通りが主戦場になり、星の標の流れ弾やネミュス解放軍の魔法で、かなりの被害が出た。
姉の仕立屋も、住居は無事だったが、通りに面した店舗は瓦礫の山と化したと言う。姉は高齢を理由に再建を諦めた為、店舗部分は基礎が剥き出しでほぼ更地だ。
「うむ。どちらの記事も、本当のコトを書いておって嘘ではない。だが、その事実の切取り方が違うのだよ」
エレクトラがふたつの画面を見比べて言う。
「両方合わせた“いろんな事情で再建できないけど、生活は一応なんとかなってる”が、私たちの知ってるホントのコトなのよね」
「ラゾールニクさんの記事は後半のイイコトだけ、星光新聞は事情の説明とかナシで、前半の困ってるコトだけ書いてあるんですね」
「事情を全部載せたら、経済制裁とアーテルが資材を買占めたせいなのがバレて自分たちが悪者になるから、絶対、書かないわね」
タイゲタが言うと、アルキオーネが忌々しげに吐き捨てた。
「紙の新聞には字数制限があるから、事実の一部を切取らざるを得んのだが、それでも、公平・中立な報道の為には、その時点で知り得た全体像を載せねばならんのだよ」
ファーキルが、ラクエウス議員の言葉に頷いて画面をスクロールさせる。
「ラゾールニクさんの記事は、下に解説として、料理教室を開講した事情を書いてますね」
識字教室の延長、食品関連業務に従事する者の職業訓練、西教区で失業した店主らの救済策、東教区の仮設工場で複数の店舗が助け合って一部の事業を再開、東教区民の雇用創出などが簡潔に語られる。
だが、資材不足の件はなかった。
「ラゾールニクさんに聞くのなしですか?」
エレクトラが上目遣いでみんなを見回す。
「彼が何をどう書いたか知らんが、湖南経済のデスクの手が入るからな。掲載の順序も、書いて送った順番通りとは限らんよ」
ラゾールニクの記事は、連載終了まで静観することになった。
☆レーチカ臨時政府が(中略)出してた報道発表……「750.魔装兵の休日」「754.情報の裏取り」「1118.攻めの守りで」参照
☆信仰の誓い用の砂糖菓子職人……「2061.自治区の査察」、信仰の誓い用の砂糖菓子「592.これからの事」「1556.少年兵の信仰」参照
☆東教区の仮設工場で事業の一部を再開……「1453.仮設工場計画」「1454.職場環境整備」「1572.今は菓子の為」「1573.中級の技術者」参照
☆全壊した物件の瓦礫は解放軍が片付け……「920.自治区の和平」「0939.諜報員の報告」→「0940.事後処理開始」参照
☆姉の仕立屋(中略)ほぼ更地……「918.主戦場の被害」参照




