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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2098.農作業と魔獣

 国連の人権査察団と、彼らに随行する記者団は毎日、ジゴペタルム共和国のペタロン市から、ネーニア島のリストヴァー自治区に通う。

 ネーニア島のネモラリス領側で唯一、再開したトポリ空港と自治区の間は軍用ヘリで移動。トポリ空港とペタロン空港は、運航を再開した民間機やチャーター機で往復した。


 経済制裁発動以降、貨物機の運航が停止したネモラリス共和国の航空会社にとっては、小型機による少人数の旅客とは言え、貴重な収入源だ。人権査察団と大聖堂が、記者を力なき陸の民に限定した為に生じた「特需」だった。


 それも、八月中旬で終わり、今は静かに報告を待つ。



 クフシーンカは、星道の職人兼通訳として、西教区の査察にも同行した。

 調査と取材の主な対象は、武装解除された元星の(しるべ)と、羽矢尾鼠(ハヤビネズミ)の出現場所だ。

 区長は、自身が星の標幹部であるコトをおくびにも出さず、いけしゃあしゃあと西教区を案内する。


 魔獣の出現地点はいずれも屋外だ。

 午前の涼しい時間帯、ワゴン車に分乗して回る。


 農道沿いに立つ電柱から切れた電線が垂れ下がる。木製の電柱には深い爪痕が幾筋もあった。だが、現場のアスファルトには何の痕跡もない。


 魔装兵が軍用車から降り、収穫を終えた麦畑を指差した。

 小動物の糞が点々と転がり、麦の切り株に短い毛の塊がこびりつく。

 「羽矢尾鼠(ハヤビネズミ)は雑食です。落穂(おちぼ)があると食べに来ますよ」


 二台のワゴン車に分乗した記者団が、窓から望遠レンズを伸ばして撮った。

 「今日は天気がいいですし、我々が居ますから、降りても大丈夫ですよ」

 「地元の人は普段、ここで農作業してますよね」

 魔装兵が言うと、外国人記者たちは顔を見合わせた。


 星光新聞リストヴァー支社と、国営放送リストヴァー支局のワゴン車は、それぞれ定員より一人ずつ多く詰め込んで、(はた)から見ても窮屈だ。

 記者たちが、自家用車の助手席で縮こまる区長を見た。


 「ガソリンなどはギリギリの量が入ってくるのですが、ディーゼル燃料の不足と尿素の欠品で、農機を動かせないのですよ」

 「えッ? では、農作業は」

 「それは昔ながらの手作業でもできますから、人海戦術でなんとかしておりますが、なんせ慣れた人が大勢亡くなった関係で、まだまだ不慣れな人が多くて、落穂拾いまで手が回らないのですよ」


 バルバツム連邦から来た星光新聞本社社会部の記者が、ワゴン車から降りて辺りを見回す。

 「あの辺、まだ落ちてますけど、雀とかも食べないんですね?」

 魔装兵が空を見上げ、記者もつられて八月半ばの空へ顔を向ける。日射しに目を細め、すぐ畑の南へ視線を下ろした。


 今立つアスファルトの農道は、西教区を東西に走る。

 南北を麦畑に挟まれ、畑の南は緩衝地帯。低いブロック塀の向こうには雑木林が暗い影を作り、クブルム山脈に続く。


 「ここは山が近いですし、糞とかあって魔獣の臭いがするから、小鳥や普通の鼠は怖がって近付きませんよ」

 「こんな日射しがキツい日でも……ですか?」

 魔装兵の説明に外国人記者が、目陰(まかげ)を差して山を見詰めたまま聞く。

 「魔獣は日射しを浴びても雑妖みたいに消えませんからね」


 「あそこ、ブロック塀ちょっと崩れてますけど、直さないんですか?」

 別の記者が指差す。

 区長と大工のフェロスが首を横に振った。

 「ブロックやセメントも輸入が止まって、あちこちで工事が滞ってるんですよ」

 「自治区は経済制裁の対象外ですよね?」

 大工のフェロスが困った顔をしたが、記者は首を傾げた。


 湖南経済新聞の記者が共通語で言う。

 「アーテルで魔獣が大量発生したせいで、土魚(どぎょ)対策のブロックやタイル、セメント、コンクリートなどが品薄なんですよ」

 「えッ? 経済制裁のせいじゃなかったんですね」

 大工のフェロスが区長と顔を見合わせる。


 国営放送リストヴァー支局の記者が、溜息を()いた。

 「なんせ、経済制裁発動から外部の情報が入り難くなりましたので」

 「みなさんとのお話で、外国の様子が少しわかって助かっています」

 星光新聞リストヴァー支社の記者が頷いて、本社社会部の特派員を見た。


 バルバツム人記者が半ば呆れた顔で言う。

 「インターネットがあれば、もっと情報が手に入り易いんですけどね」

 「我が国は未だにその為の法整備が進んでおりませんので、半世紀の内乱からの復興も遅れていたのですよ」

 レーチカ臨時政府の復興省職員が眉を下げる。 


 「国際社会と教団の支援で、自治区だけでもなんとかなりませんか?」

 区長が媚びを含んだ声で言ったが、特派員はブロック塀の向こうに視線を固定して応えない。

 クフシーンカも雑木林を見た。


 生い茂った濃い葉陰に雑妖が蠢く。

 藪が音を立て、大きく動いた。灰色掛かった緑と黒の縞模様が、木立の間を移動する。縞模様の塊の上で、無数の細長い物がそれぞれ別方向に揺れ動く。木々の間に捩じれた角が見えた。


 「()(どく)か。こんなとこまで降りて来るなんて珍しいな」

 「近くに動物の死骸でもあるんじゃないか?」

 魔装兵二人が湖南語で言って、力ある言葉を短く唱えた。

 何かを投げる動作の直後、何も持たない手から光の塊が放たれる。光は長く尾を引いて雑木林に吸い込まれた。


 クフシーンカが半世紀の内乱中、何度も目にした【光の槍】だ。


 閃光が、葉の裏を一瞬白く染めて消える。

 縞模様の塊と細長い物が同時に灰と化し、形を失った。


 「存在の核に当たったのか」

 魔装兵は肩を落とした。

 バルバツム人記者が興奮気味に質問を連発する。

 「今のは何だったんですか? 何が起きたんです? 何故、残念がるんです?」

 「背の毒って言う魔獣が山から下りて来たんですよ」

 「で、俺たちが【光の槍】って言う魔法で倒したんですけど、一撃で灰にしてしまったから、素材が採れなくて」

 魔装兵二人はメモを待ってひとつずつ回答した。

☆我が国は未だにその為の法整備が進んでおりません……「0996.議員捕縛命令」「1118.攻めの守りで」「1642.所持の可能性」~「1644.阻害する理由」「1982.商取引の進化」参照

☆背の毒……「1129.追われる連中」「1369.狩って食う者」「2051.選び難い二択」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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