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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0214.老いた姉と弟

 ラクエウス議員が、姉の待つ家に帰ったのは、日没後すぐだ。


 夜になれば雑妖や魔物が活気付く。

 東教区一帯に死の気配が満ちる今、夜の外出はこれまで以上に危険を増した。


 ラクエウス議員は、強力なライトを持って送ってくれた支持者たちに(ねぎら)いの言葉を掛け、そっと仕立屋の扉を閉めた。

 「おかえり」

 「ただいま。姉さん、無事でよかった」

 報告は受けたが、ラクエウス議員は独り暮らしの姉の無事な姿に頬を緩めた。


 クフシーンカは、弟をいつもの笑顔で迎える。

 「ごはんは?」

 「そう言えば、まだだったよ」

 「やっぱり。そう思って、用意しといたわ」


 スープと堅パンだけの質素な夕飯を()りながら、お互いの近況を話す。


 「……過ぎたことを悔やんだって仕方ないよ。それより、これからどうするか考えなくちゃな」

 弟が、食器を片付ける姉の背に声を掛ける。クフシーンカは、食後の片付けを終え、香草茶を淹れて食卓に戻るまで無言で通した。


 「……そうね」

 「うん。昔みたいに信仰や魔力のあるなしに関係なく、俺たちとフリザンテーマさんみたいにみんなで仲良くできれば、それが一番なんだけど……」

 「今は難しいでしょうね」

 クフシーンカが、弟の前に茶器を置きながら言う。

 弟は香気を胸いっぱいに吸い込んで言葉を発した。


 「三十年前は、お互い関わらなければ、平和に暮らせると思った。だから、国を分ける案に賛成した」

 そこで一旦切った弟は、クフシーンカが小さく頷くのを見て、きっぱり言った。

 「でも、それは間違いだったと思う」

 「そうね。ラニスタはともかく、アーテルの人は、何を考えてるのかしらね」


 二人きりの部屋で、国会議員の顔を捨て、弟として、姉に胸の内を明かす。

 クフシーンカは、幼い頃と変わりなく弟の気持ちを受け留め、先を促した。


 「アーテルに移住した人にも、こっちの島に知り合いや友達が居るでしょうに」

 「それなんだよ。ラクリマリスだってそうだ。王国の駐在大使と会って話したんだけど、どっちつかずの態度を崩さなかった。何か知ってると思うんだけどなぁ」


 弟が(しわ)だらけの両手で茶器を包み、心を鎮める茶の香気を味わう。弟の気持ちが落ち着くのを待って、クフシーンカは口を開いた。

 「国会議員の先生はどうしたいの? リストヴァー自治区が、アーテルの属領になるのがいいの? それとも、小さいけどキルクルス教国家として独立した方がいい?」


 先程、弟には改めて、自治区の有力者たちの派閥と、星の(しるべ)と星の道義勇軍の方針の違いを説明した。


 自治区民は決して一枚岩ではない。

 次に選挙を行えば、候補が乱立して票が割れるだろう。

 過半数にも満たない票で国政に人を送れば、大きな禍根(かこん)となり、自治区内でも新たな争いを産むことになる。


 「姉さん、今から言うこと……怒らないで聞いてくれるかい?」

 「もう大人なんだから、ハルパトールの決断に怒る訳ないでしょ」

 クフシーンカは、弟を国が分かれる前の呼称で呼んだ。


 今の呼称「ラクエウス」は「罠」を意味する。

 自治区で国会議員になってから、誰からともなく呼ばれるようになった。



 弟は、幼い頃から音楽が好きで、竪琴が上手かった。

 十歳の頃に才能を見出され、家族の(もと)を離れて寄宿学校に編入した。


 家族が面会に行くと、とても喜んだ。年相応に淋しかったろうが、それ以上に楽しそうに瞳を輝かせ、学校生活を語った。

 音楽を仲立ちに人種や魔力の有無、信仰とは無関係に結ばれた友情。厳しくもあたたかい先生方は、音楽だけでなく、信仰を越えて「人の道」を教えてくれたと言う。


 内戦前までは、竪琴奏者として、ラキュス・ラクリマリス交響楽団の一員として働いた。今も昔も敬虔なキルクルス教徒だが、原曲が呪歌でも拒否せず、ひとつの音楽として誠実に演奏した。


 ハルパトールの友人の多くは、半世紀の内乱中に失われた。


 内戦後、自治区に移住してからは、音楽家の道を捨て、竪琴奏者(ハルパトール)時代に築いた人脈を活かして、政治活動に邁進(まいしん)した。

 ハルパトールの妻子は内戦で失われ、二度と同じ悲しみを味わう者がないよう、議員として精力的に活動し続けた。



 「所詮、力なき民の俺が奏でる音楽には、何の力もないんだ。あの歌だって、とうとう完成しなかったじゃないか」

 国会議員になったばかりの頃、弟はクフシーンカと二人きりになると、よくそう言って自嘲した。


 バラック街の住人、団地地区や農地を持つ富裕層を問わず、自治区民の信任が厚く、(ほとん)ど切れ目なく「リストヴァー自治区選出の国会議員」であり続けた。


 力なき民の姉弟は、長命人種ではない。フリザンテーマの姉カリンドゥラとは違い、残された時間が限られる。


 弟は顔を上げ、姉の眼をまっすぐ見て言った。

 「姉さん、俺は三つの国をひとつに戻したい。この願いが叶うんなら、老い先短いこんな命、惜しくなんてない」

 「……そう。それも、ひとつの答えね」

 クフシーンカは、穏やかな湖面のような微笑で、弟の決意を受け留める。


 (ラクエウス)と呼ばれる国会議員は、静かに言った。

 「だから、姉さん、持ってる情報を全部、教えて欲しい。俺を気遣って、バラックの放火みたいに内緒にしないでくれ」


 クフシーンカは(うなず)き、この一カ月間で得た各派閥の動きを語り始めた。

☆俺たちとフリザンテーマさんみたいに、みんなで仲良く……「0059.仕立屋の店長」「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」参照

☆国を分ける案……「0001.半世紀の内乱」参照

☆王国の駐在大使とも会って話した……「0161.議員と外交官」参照

☆フリザンテーマの姉カリンドゥラ……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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