2092.非戦闘員加入
少年兵モーフは昼メシを食べ終えたが、同じ卓で食べるDJの兄貴は、村人から質問攻めにされてなかなか食べられない。だが、モーフでは答えられないコトばかりだ。代わってやれないのが情けなく、悔しかった。
ひとつ質問を思いついて口に出す。
「ねーちゃんは解放軍の腕章してるけど、タカとかの魔法、使えるんスか?」
「はははッ。まっさかぁ。私、まだ【畑打つ雲雀】の徽章ももらえないのに」
「この村は農家ばっかりだからな」
「鍛冶屋の夫婦が【編む葦切】なだけで、他はみんな【畑打つ雲雀】か【霊性の鳩】だよ」
地元のねーちゃんが、顔の前でひらひら手を振って笑い、他の村人たちも苦笑いする。
「え? 戦えねぇのに何で解放軍入ったんスか?」
「軍隊ってのは、戦士だけじゃ回らないんだよ」
「補給……食料の調達とか、色々お手伝いするんだ」
「へぇー……じゃあ、力なき民でも入れるんスか?」
少年兵モーフが聞くと、湖の民の大人たちは困ったような微笑で応えた。
「流石に子供はダメだろうけどね」
「クレーヴェルじゃ、陸の民の支持者も多いよ」
答えを聞く端から次々疑問が涌いて出る。
「その人たちも、食いモン集めて解放軍にあげるんスか?」
「他の物も必要だし、事務とか連絡とか、仕事は色々あるみたいだね」
「仕事? 給料もらってるんスか?」
「まぁ、人それぞれだな。給料もらえる仕事になってる人もいれば、ボランティアも居る」
「タダ働きの奴、怒んねぇんスか?」
さっきのねーちゃんが、モーフに可哀そうなものを見る目を向ける。
「私たちは、おカネの為に解放軍を手伝うワケじゃないのよ」
「えぇ? じゃあ、何でタダ働きするんスか?」
「世の中を今よりずっと暮らしやすくする為よ」
「解放軍がよくしてくれるんスか?」
「解放軍って言うか、今、クレーヴェルで新しい国造りに協力してるみんなね」
ねーちゃんの答えは曖昧で、モーフは誤魔化されたような気がした。
DJの兄貴が、やっと昼メシを食べ終えて質問する。
「星の標ってあれからどうなったんです?」
「あれからって、どれから?」
「解放軍と政府軍がクレーヴェルでやり合ってた頃、星の標が便乗して、あちこちで爆弾テロとかしてたでしょ」
緑髪の村人たちが遠い目になる。
モーフは、集会所に並んだ机の間に目を走らせてピナを捜した。
左右と正面には見当たらない。振り向いてまで捜すのはどうかと思い、折畳み机の下で拳を握った。
「サル・ウル様とサル・ガズ様が、そのー……異教徒狩りを、えーっと」
「まぁ、色々アレで」
「生き残りが居たとしても、陸の民が多いレーチカとかに逃げたんじゃない?」
クーデター発生直後は、大勢の避難民が、首都クレーヴェルの東にあるこの村を自動車やバイクで通過した。
大半は休まず駆け抜けるだけだったが、通り過ぎ様に野菜や羊を盗む不届き者が紛れ込む。
首都近郊の農村や漁村は自警団を結成。食料品や燃料などの盗難に備えたが、多勢に無勢で、相手は全員が車だ。村には野菜や家畜を運搬するトラックが数台あるだけで、それも燃料を切り詰めなければならない。
ある日、ネミュス解放軍の兵士が、クレーヴェルから逃げた賊を追跡。村のすぐ近くで捕えた。兵士に相談すると、思いがけず、人員の派遣を約束してくれた。
「去年の春頃まで、交替で村に詰めてくれてたけど」
「もう都落ちする人は居ないだろうってコトで、引き揚げたよ」
「私らでも、色々手伝えるコトがあるって、教えてもらったの」
「何人か、兵隊さんについてって、クレーヴェルで働いてるよ」
「ふーん」
少年兵モーフは、旧直轄領の村でも野菜泥棒の話を聞いたのを思い出した。
クーデターの戦場に近いここの方が、被害が少なかったらしいのが意外だ。
DJの兄貴が、同じ卓の村人を見回す。
「旧直轄領の村で聞いたんですけど、シェラタン様は神政復古に反対なんだそうですよ」
「えッ? 何で?」
湖の民が目の色を変えて食いつく。
「ラキュス・ネーニア家は政に関与しないで祈りに集中した方がいいし、民主主義でもなんでも、それで国が平和に治まるなら、他の誰が権力を握ってもいいってお考えだそうです」
「そんなコト、解放軍の人は一言も……」
村人同士が、動揺した顔を見合わせて小さく顎を引き、DJの兄貴を窺う。
一人が恐る恐る聞いた。
「その話、誰から聞いたんです?」
「そうよ。シェラタン様は長いコト行方不明なのに」
村人たちの目に疑惑が漲る。
DJの兄貴は全く慌てる様子もなく答えた。
「カク・シディ様と、ネモラリス共和国が独立した当時にシェラタン様の演説を聞いた旧直轄領の人たちからです」
「えッ? カク・シディ様にお目通りが叶ったんですか?」
羨ましそうな眼がDJの兄貴に集まる。金髪の兄貴は小さく頷いて続けた。
「旧直轄領の外の情報を知りたいって、カク・シディ様とエス・スハー様からそれぞれ呼ばれて、お話させてもらったんですよ」
「カク・シディ様たちも、シェラタン様の行方をご存じないんですか?」
「政府軍に【鵠しき燭台】を使われたら行く先がバレるから、誰にも言わなかったんじゃないかってお話でしたけどね」
「あー……そっかー」
「それがあったかー」
緑髪の村人たちが悔しがる。
「こんな戦争ばっかりになるんだったら、神政に戻して欲しいんだがなぁ」
白髪交じりのおっさんが遠い目になる。目尻の皺が深く、歳は葬儀屋のおっさんと同じくらいに見えるが、このおっさんが五百年も生きた長命人種か、五十代半ばくらいの常命人種か、モーフには見分けがつかなかった。
腕章を巻いた若い奴が唇を尖らせる。
「神政に戻すったってどうすんだよ? シェラタン様は行方知れずなのに」
「ウヌク・エルハイア将軍が玉座に就くんじゃないの?」
「将軍はそんなつもりないっておっしゃってましたけどね」
DJの兄貴が言うと、周りの卓からも緑の目が集まり、集会所が静まり返った。
「あんた、その話、誰から聞いた?」
飛んできた質問の声が震える。
「デ、デタラメ言うなよな」
「だったらなんでクーデター起こして、今も新しい国造りの準備してると思ってんだ?」
一呼吸置いて場が騒然としたが、DJの兄貴は落ち着き払って答えた。
「ウヌク・エルハイア将軍から直接お伺いしました」
息を呑む音が重なった。
村長とラジオのおっちゃんたちも、DJの兄貴を無言で見守る。
「クーデターの首謀者は、ウヌク・エルハイア将軍ではありません」
「えぇッ?」
「将軍は暴動を起こしたデモ隊を止める為に説得して回ってたら、いつの間にかネミュス解放軍の指導者に祭り上げられて、クーデターを知ったのはラジオで解放軍の声明を聞いた時だそうです」
「そんなバカな」
「嘘だと思うんなら、【明かし水鏡】でもなんでも使ってもらっていいですよ」
それには誰も応えなかった。
☆解放軍と政府軍がクレーヴェルでやり合ってた頃
クーデター発生直後……「600.放送局の占拠」~「603.今すべきこと」参照
DJレーフ……「610.FM局を包囲」「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」「617.政府軍の保護」「660.ワゴンを移動」~「662.首都の被害は」参照
☆星の標が便乗して、あちこちで爆弾テロ……「687.都の疑心暗鬼」「690.報道人の使命」「711.門外から窺う」参照
☆サル・ウル様とサル・ガズ様/異教徒狩り/色々アレ……「1618.直後の混乱期」~「1629.支配者の命令」参照
☆旧直轄領の村でも野菜泥棒の話……「1531.野菜畑の問答」「1547.身内と他所者」「1740.当主不在の村」参照
☆シェラタン様は神政復古に反対……「1550.民主化の利点」参照
演説を聞いた直轄領の人たち……「1650.民主制の堅持」「1651.緑髪の民主派」参照
カク・シディ様……「1741.当主の養い子」~「1746.制度の例外地」参照
☆エス・スハー様……「1658.忘れられた者」参照
☆将軍はそんなつもりない……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」参照
☆ラジオで解放軍の声明……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照




