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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2089.大森林の情報

 レノが小麦一袋を傷薬と交換する。

 スクートゥム商人が、匂いを嗅いでイイ笑顔になった。

 「おっ、これはかなり上物(じょうもの)の傷薬だね。お兄さんが作ったのかい?」

 「いえ、一緒に来た薬師(くすし)さんです。手分けして色々買いに回って……あっ、頼まれ物、交換の値段、控えないと」

 ポケットから手帳を出して急いで控える。

 「そうなんだ? かなり腕のいい人なんだね」

 「以前、ラクリマリスの元貴族に頼まれて、大量に作ってましたからね」

 「えッ? 貴族のお抱え薬師(くすし)さん?」


 ひょろりと背の高いスクートゥム商人が、石畳に敷いた絨緞から立ち上がって辺りを見回す。

 午前十時を過ぎ、カルダフストヴォー市の広場には、かなり人が増えた。首から【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)()げる人物がそこかしこで視界に入る。


 「空襲でラクリマリス領に避難した時、しばらく居候させてもらったんですよ」

 「ん? 今はその貴族の所に居ないんだ?」

 「生き別れの家族を捜してるんです」


 スクートゥム王国から来た乾物屋は、一頻(ひとしき)り気の毒がってから言った。

 「これだけの腕がありゃ、どこでも引く手数多(あまた)だろうに……この(いち)の決まりで値引きはできないんだけど、オマケは付けられるから」

 「えっ? いただいていいんですか?」

 「薬師(くすし)さんに渡してくれよな。それと、オマケも決まりがあって、【軽量】の袋か容量が小さい【無尽袋】だけなんだけど」


 一度にたくさん買わせる為だろう。

 レノは【軽量】の袋を受取り、早速、脱穀済みの小麦二十キロ入りの麻袋を入れた。(かさ)は減らず、これだけでいっぱいになったが、重さは猫一匹分くらいにしか感じない。


 「俺は今月の二十五日にも来るから、隣近所の人にもよろしく言っといて」

 「はい。お伝えします。有難うございました」


 デレヴィーナ市の職人たちは、それぞれ気になる露店を見に行ってバラバラだ。彼らは湖の民で、帰りには困らない。出発前に現地解散だと伝えてある。



 「小麦、思ったより安かったなぁ」

 「まだ粉にしてないからじゃないか?」

 「それにしたって、去年、ギアツィントとかで見たのよりずっと安いよ」


 レノが、食パン一斤が元の五十倍近くにまで暴騰した件を語ると、クルィーロは遠い目になった。


 日が高くなってきて、八月の太陽が肌を焼く。

 魔法使いたちは、服の【耐暑】で守られて平気な顔だが、力なき民のレノは汗だくだ。蔓草(つるくさ)細工の帽子に付けた【魔力の水晶】が空になって【耐暑】の【護りのリボン】が失効したのだ。


 食べ物の屋台に寄って、薄甘いお茶を飲む。少し汗が引いた。

 どうやら、飲食の屋台は地元の店らしい。簡易地図の看板を(かたわ)らに立て「お食事はこちらへ」と誘導する。


 レノとクルィーロは街路樹の木陰に入った。

 「魔力補充するよ」

 「ありがと」

  蔓草細工の帽子から【魔力の水晶】を外して渡し、軽くなった帽子で(あお)ぐ。

 「大丈夫か?」

 「このくらいなら、まだ何とか」

 幼馴染の気遣いが心に沁みる。


 これだけ暑くても、木陰には人が居ない。

 客はどんどん露店を回り、スクートゥム王国から来た行商人も、屋台の店番をするランテルナ島民も、みんな平気な顔だ。


 「そうかい。難民キャンプは材料があっても作れないのか」

 「まとめて売りに出してくれたら、買取るけどね」

 「あっちの人、ここまで来られない? 次、二十五日だけど」

 「うーん……魔法薬を作れる人も、目利きできる人も、忙し過ぎて無理だと思います」


 レノは、薬師(くすし)アウェッラーナの困った声で振り向いた。

 魔法薬の素材屋らしい。近くの露店から商人が寄って来て、難民キャンプのことをあれこれ質問する。


 「難民キャンプって、アミトスチグマのどこにあるんです?」

 「大森林の中です」

 スクートゥム商人たちは一様に驚いた。

 「えッ? あそこ、住めるんですか?」

 「魔獣の(ぬし)、居ませんでした?」


 スクートゥム王国には、アミトスチグマ王国の情報があまり届かないらしい。

 薬師(くすし)アウェッラーナは素材屋にひとつひとつ丁寧に応じる。


 「森の(ぬし)は、何百年も前にやっつけて、もう居ないそうです」



 だが、多くのアミトスチグマ人は現在も、大森林を恐れて近付かない。(きこり)や狩人は(かなめ)の木を恐れ敬い、開発に反対する者が多かった。


 王国政府としては、それでも開発を進めたいらしい。

 難民キャンプは、大森林から木材を伐り出して丸木小屋を建て、土地を拓きながら作られた。

 今夏からアミトスチグマ王国の産官学合同調査隊が、難民キャンプ最奥に拠点を設け、本格的な調査を開始。魔獣狩りなども行って、資源や植生、動物や魔獣の分布なども詳細に調べる。



 「(かなめ)の木?」

 「精霊が宿る樹木です。木に気に入られた人が何人も、心を異界に連れてゆかれて大変なんだそうです」

 「取り返せないんですか?」

 デレヴィーナ市の薬師(くすし)が眉を(ひそ)める。

 「一人だけ【渡る雁金(カリガネ)】学派の学者さんが居て、その人が精霊と交渉して、返してもらえる時もあるけど無理な時もあって、とにかく大変だそうです」

 「アミトスチグマの王様は、そんなとこに難民を住まわせてんのかい?」

 「四十万人以上居ますから、みんなを街で受容れるのは難しいと思いますよ」

 「あー……」

 湖西地方から来た商人たちが、すっかりわかった顔でネモラリス人たちに同情を向けた。


 「ところで、大森林で採れる素材って、どんなものがあるんです?」

 沈んだ空気が、その質問で(にわ)かに活気を取り戻した。


 薬師(くすし)アウェッラーナが指折り数え、マリャーナ宅と第二十九診療所で処理した素材を挙げてゆく。デレヴィーナ市の同業者とスクートゥム王国の素材屋は、熱心にメモを取った。


 「そんなに色々あるなら、現地で処理しきれない分、買取りに行ってもよさそうですね」

 「どんな魔獣が出るんです?」

 「私がお薬を作りに行った日に出たのは、樹棘蜥蜴(キシトカゲ)です」

 「樹棘蜥蜴が……他にはご存知ありませんか?」

 「知合いの【青き片翼】学派の呪医(せんせい)は、患者さんから色々聞いたと思います」

 「その呪医(せんせい)、難民キャンプに住んでるの?」

 「通いのボランティアですけど、忙しくて話す時間は取れないと思います」

 「他に詳しそうな人にお心当たりありませんか?」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、少し考えて答えた。

 「ネモラリスの駐在武官……えっと、アミトスチグマ王国に駐在する外交官? 私が行った日、その人が樹棘蜥蜴をやっつけてくれたんで、夏の都にあるネモラリス大使館に聞けば、教えてくれるかもしれません」

 「大使館か……ちょっと敷居が高いな」

 「他に心当たりありませんか?」

 「パテンス神殿信徒会の人たちも、色々ご存知かもしれません」

 「有難うございます。教団を通じて問合せてみます」


 レノは、DJレーフとラゾールニクが「経済が動く」と言った意味をようやく実感した。

☆食パン一斤が元の五十倍近くにまで暴騰した件……「780.会社のその後」参照

☆魔獣の主/森の主……「701.異国の暮らし」参照

☆樵や狩人は要の木を恐れ敬い……「1184.初対面の旧知」「1185.変わる失業率」、樵や狩人「1593.意識的に視る」「1594.精神汚染の害」参照

☆アミトスチグマ王国の産官学合同調査隊……「1921.産官学調査隊」~「1923.調査隊の目的」「2025.研修の休養日」参照

☆一人だけ【渡る雁金】学派(中略)精霊と交渉……「1610.食害された畑」~「1614.まとめる情報」参照


☆マリャーナ宅と第二十九診療所で処理した素材

 マリャーナ宅……「1997.報道されない」「1998.擂り潰す素材」参照

 第二十九診療所……「2073.出られない間」~「2075.待機中の不安」参照


☆私がお薬を作りに行った日……「2075.待機中の不安」参照

☆DJレーフとラゾールニクが「経済が動く」と言った……「2087.経済を動かす」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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