2087.経済を動かす
三日後、ラゾールニクがデレヴィーナ市に戻った。
「お待たせー。何か変わったコトあった?」
ジョールチが質疑応答の件を伝えると、フリージャーナリストに成りすましてリストヴァー自治区の取材をした彼は悔しがった。
「そんな面白そうなコトがあったのか」
「面白ぇか?」
少年兵モーフが器用に片眉を下げる。
「ネモラリスとアーテルは国交がない。ランテルナ島とも、内乱後は取引が途絶えたのに、経済制裁をきっかけに民間交流が活発化してるんだぞ。面白いと思わないか?」
モーフはラゾールニクをじっと見詰めたが、うんともすんとも言わない。
レノにも、それの何が面白いか、わからなかった。
「経済制裁が発動したのは、アーテルのポデレス大統領がバルバツム連邦のデュクス大統領に泣きついたからだ」
二人は、DJレーフの助け舟で同時に頷いたものの、まだピンとこない。
ラゾールニクが目顔で続きを促した。
「ネモラリスを経済的に締め上げて、戦争の幕引きに持ち込みたかったのかもしれないけど、逆にアーテル領のランテルナ島とネモラリスの民間人の交流が強化されたよね」
「あッ……」
敵国を経済破綻させるつもりが、藪蛇になったのだ。
アーテル本土では現在も、魔獣が我が物顔で闊歩する。周辺国から流入した魔獣駆除業者が、ランテルナ島や周辺国で魔獣の消し炭をはじめとする素材を大量に売り捌いた為、一部の商品が値崩れした。
ネモラリス共和国では、経済制裁のせいで高騰した品が、ランテルナ島では安く手に入るのだ。
スクートゥム王国との取引は、ラクリマリス王国の湖上封鎖の影響で、経済制裁前から激減したが、そちらも、ランテルナ島を介して増加傾向にある。
「そう言えば、明日は、スクートゥム商人の市に案内する日でしたね」
「へ? 何それ?」
レノが何の気なしに言うと、ラゾールニクが食いついた。
ジョールチが掻い摘んで説明する。
「ネモラリスとスクートゥムの商人、取材しよっかなー?」
「えッ? 案内を手伝うんじゃなくて、取材ですか?」
ピナが驚き、隣でティスも同じ顔をする。
「素の取引を知りたいんだ。質問されたら、知ってるコトくらいは言うけど」
「えっと、じゃあ、俺たちとは関係ないフリするんですか?」
「それしようと思ったら、【化粧】の首飾りが要るなぁ」
レノが聞くと、ラゾールニクは思案顔になった。
クルィーロが確認する。
「明日、行くのは行くんですよね?」
「勿論。パルンビナ株式会社にとっても、必要な情報だ。記事書いて湖南経済に売るか、ファーキル君にSNSで拡散してもらえたら、湖南地方全体の経済が動くかもよ?」
「えッ?」
急に話が大きくなって、レノは途端についてゆけなくなった。少年兵モーフも首を捻る。
「ネモラリス共和国とスクートゥム王国はどっちもインターネットがないから、湖上封鎖以降の情報が、殆ど外国に伝わらなくなった。これは……わかるよな?」
ラゾールニクに聞かれ、レノとモーフはこくりと頷いた。
DJレーフが話を引き取る。
「どっちもこの辺じゃ、そこそこ大きい国だから、商売のネタになりそうな……経済制裁の穴がみつかったら、そこにヒト、モノ、カネが集まるだろ?」
「あっ」
「そっか。ウチはともかく、スクートゥムは戦争で生産が止まってるワケじゃないですからね」
レノがようやく理解したことを口にすると、レーフとラゾールニクは満足げな笑みを浮かべた。
印暦二一九三年八月十五日。
レノたちはデレヴィーナ市商工会議所の有志と共にランテルナ島へ跳んだ。
ジョールチ、クルィーロ、アウェッラーナが、それぞれ【魔力の水晶】を握り込み、商工会議所の会員四人ずつと手を繋いで【跳躍】の呪文を唱える。
レノはクルィーロと手を繋いだ。他のみんなは魔法使いで、【水晶】を介して魔力を融通できる為、一人くらい力なき民が居ても、術者の負担は大きくない。
昨夜、クルィーロに「乾電池を直列繋ぎするみたいなカンジ」と言われた。
レノにはピンとこなかったが、今、五人も連れて跳んだクルィーロには、疲れた様子がなかった。
午前八時過ぎ。
カルダフストヴォー市の西門は、廃港で釣り糸を垂れる地元民や、次々跳んで来る商人で、いつもより賑やかだ。
「市は地上の広場で開かれます」
ジョールチは、数人がフィルム式カメラに周囲の景色を収めるのを待って、移動を促した。
デレヴィーナ市民はみんな湖の民だが、【編む葦切】学派と【渡る白鳥】学派、薬師アウェッラーナと同じ【思考する梟】学派で、戦う力を持つ者は一人も居ない。
……自分で魔獣狩りとかできないから、他所から仕入れるしかないんだよな。
素材屋プートニクの働きと、政府軍に徴発されて立入制限区域で活動させられた魔獣駆除業者の帰郷で、デレヴィーナの森はやや安全性がマシになった。だが、まだまだ非戦闘員が単独で、薬草やキノコなどの素材採取に行ける状況にない。
今日のレノは、食料品の買出し担当だ。
アウェッラーナが作ってくれた傷薬などで、なるべく色々な食材を買う。
スクートゥム王国から来た行商人たちが石畳に絨緞を広げ、売り物を手際よく並べてゆく。
先に出たラゾールニクは、【化粧】の首飾りで顔を変えたので、会っても黙っていればわからない。準備が着々と進む広場を見回したが、彼と同じ服装の者は見当たらなかった。
クルィーロが連れて来たのは、四人とも【編む葦切】学派の職人だ。
薬師アウェッラーナは早速、同業者四人と一緒に素材を並べる露店へ行った。
契約関係の【渡る白鳥】学派の者たちは、ジョールチと共に準備中の広場を回る。
農産物や加工食品を扱う行商人が多いようだ。
広場にはどんどん人が入って来る。
……ネモラリスから買出しに来る人が、増えてきたからだろうな。
レノたちも同じだ。
職人の一人が、準備が整ったばかりの露店に声を掛けた。
☆フリージャーナリストに成りすましてリストヴァー自治区の取材……「2061.自治区の査察」~「2065.交通も食料も」参照
☆ポデレス大統領がバルバツム連邦のデュクス大統領に泣きついたから……「1841.奏者への質問」「1842.武器禁輸措置」参照
☆ネモラリス共和国とスクートゥム王国はどっちもインターネットがない……「1768.真偽の見極め」参照
☆素材屋プートニクの働き
交渉……「1916.誰も損しない」「1917.組合との交渉」「1942.労働人口流動」参照
実働……「1946.森林へ至る道」~「1958.豊かな森の糧」参照
☆魔獣駆除業者の帰郷……「2032.暑さを伝える」「2033.戦わない理由」参照




