2086.二カ所の物価
レノと薬師アウェッラーナは、持て余した猪の皮で、思いも寄らない情報を手に入れた。
何度も礼を言って、プートニクの素材屋を後にする。
「忘れない内にメモをまとめたいので、ちょっとそこでお茶でも」
「そうですね」
二人は以前、クルィーロたちと行ったカフェに入った。
平日だが、一階は満席で、二階へ案内される。
二人はお茶が来るまで黙々とペンを走らせた。
手帳をチラ見すると、薬師アウェッラーナはレノの何倍も速く書き、一ページ当たりの情報料も多い。あっという間にページが埋まった。
……俺、書く必要あんのかな?
自信がなくなったが、誰かに別視点の情報も必要だと聞いたのを思い出し、懸命に行を埋める。だが、ひとつのコトを詳しく書こうとすると、他がどんどん記憶から抜け落ちてゆく。
取敢えず箇条書きにして、後で別のページに詳しくことにした。
クルィーロとアナウンサーのジョールチは、昨日の質疑応答の情報を携え、アミトスチグマ王国の夏の都へ跳んだ。
タブレット端末で録音した音声もあるが、質疑応答に加わった薬師アウェッラーナ、ジョールチ、パドールリク、クルィーロ、ソルニャーク隊長がそれぞれメモを取り、昨夜は遅くまで掛かって情報を整理した。
レノは放送用の情報収集には何度も出たが、いつも断片的な情報をメモするだけだ。まとめるのは、パドールリクとソルニャーク隊長、放送原稿の執筆はアナウンサーのジョールチかDJレーフに任せきりだ。
学校では作文以外で長い文章を書いたことがなく、卒業後はやっと文章を書くことから解放されたと思った。
……やっぱ俺、アタマ使う作業、向いてないんだな。
香草茶が来て、ささくれかけた気持ちが落ち着いた。
一時間くらいでアウェッラーナのまとめが終わり、魔法薬の素材専門店へ足を運んだ。
「魔獣の消し炭か……今、在庫いっぱいあるから、安いですよ」
「えっ?」
「えぇ。他の素材と交換するより、自分で使った方がいいと思いますけどね」
「そんなに余ってるんですか?」
店主に言われ、レノは思わず聞いた。
「今、アーテルに魔獣がいっぱい居て、あちこちの駆除屋が出稼ぎしてるんですよ」
二人とも初めて耳にしたフリで聞く。
「でも、あっちじゃ買取ってくれないから、ここや駆除屋さんの地元で売り捌いてて、かなり安くなってますね」
「じゃあ、呪符とか安くなってたりします?」
店主はレノの思い付きを聞いて苦笑した。
「黒インクだけ安くなっても、そんな急に完成品は安くなりませんよ」
「あー……そっか。羊皮紙とか、他のが値上がりしてたら一緒か」
「教えて下さって有難うございます。今回はお邪魔しました。また来ます」
薬師アウェッラーナは、一礼して店を出た。少し離れた所で早速メモする。
「プートニクさんのお店は、自分で獲ったのがあるからだと思ったんですけど、他所もそうなんですね」
「ネモラリスの呪符屋さんとかに売った方がいいのかな?」
「そうですねぇ」
二人は情報収集と割り切って、様々な業種に声を掛けてみたが、どこも同じだった。レノは主要商品の値札を覚え、店を出てからメモする。
魔獣の消し炭で物々交換に応じる店には、身分証を云々するポスターがない。だが、電子マネーやクレジットカードを扱う店には漏れなく貼ってあり、ゼルノー市の市民証を提示すると、申し訳なさそうに取引を断られた。
アウェッラーナは、その件も詳しくメモする。
二人とも、電子マネーとクレジットカードがどんな物かわからないが、ファーキルに聞けば、調べてくれるだろう。
結局、難民キャンプでもらった魔獣の消し炭では何も買えず、夕飯前にネモラリス島のデレヴィーナ市へ戻った。
「そうですか。では、アウェッラーナさん」
「なんでしょう?」
「明日は傷薬を作っていただけませんか?」
「いいですけど、どうするんです?」
夕飯後、ジョールチに聞かれ、薬師アウェッラーナが疲れた顔で応じる。
「明後日、ランテルナ島での交換品にしたいのです。レノ店長、食料品の買出しにお付き合いいただけませんか?」
「え? えぇ、俺でよければ」
魔獣の消し炭は擂り潰し、結晶と炭の粉に分離することになった。メドヴェージと老漁師アビエースが作業を引受ける。
「ついでなので、手持ちの素材全部お薬にしますね」
何種類もの薬になるものは、素材のままの方が取引しやすいそうだが、今日の感触では、完成品の魔法薬の方がよさそうだ。
二日後、レノたちはデレヴィーナ市商工会議所へ出向いた。
会頭たちと型通りの挨拶を交わすと、先に今回ランテルナ島へ案内する報酬を渡された。
「えっ? こんなおっきいの、いいんですか?」
クルィーロが目を瞠る。大人の親指の半分くらいもある【魔力の水晶】だ。
会頭は重々しく顎を引いた。
「国内がこんな状況ですからね。販路の開拓はそれだけ重要なのですよ」
レノは責任の重さに身が引き締まると同時に胃が重くなった。
デレヴィーナ市の西門から、七人で手を繋いで跳んだ先は、カルダフストヴォー市の西門だ。
「地下街の方が広くて店も多いんですけど、どっち見ますか?」
「それでは、地下街で……よろしいですね?」
いかにも抜け目なさそうな年配の女性が、商工会議所の会員たちに聞く。緑髪の男性三人は誰も異を唱えなかった。
「場所をしっかり覚えれば、次から自力で来られますからね」
一人が古ぼけたフィルム式カメラに辺りの風景を収めた。
門を潜った湖の民四人は、お上りさんよろしく地上の街を見回す。元々腥風樹に対抗する為に作られた要塞のような都市だ。どちらを向いても、防護関係の呪文や呪印の刻まれた石柱やタイルが視界に入る。
クルィーロは一番近い階段を降りた。
初めて訪れた四人が、緑の瞳を輝かせて煉瓦敷の通路を見回す。
パソコンやタブレット端末などを扱う店は、ネモラリス島にはない。品定めの基準などわからない筈だが、四人とも熱心に見学する。
様々な業種で足を止め、品揃え、品質、値段などを手帳に控えた。
ここでも、駆除業者が魔獣の消し炭との交換をやんわり断られる声が耳に入る。
「やっぱり、魔獣の消し炭はどこもダブついてるんですね」
商工会議所の四人は客と店員の遣り取りに聞き耳を立て、交換品の推定レートを書き込んだ。
☆クルィーロたちと行ったカフェ
レノ……「1276.腹の探り合い」~「1279.愚か者の灯で」参照
アウェッラーナ……「1676.掴まれた情報」参照
☆別視点の情報も必要だと聞いた……ナウチールス候補「1505.市外の支援者」、ソルニャーク隊長「1792.多角的な視点」参照
クラウストラ→アウェッラーナ……「1680.丁寧な報告書」参照
☆昨日の質疑応答……「2079.質疑応答の会」~「2082.旧王国の人材」参照
☆身分証を云々するポスター
アミトスチグマ王国……「1864.買物に身分証」「1865.波及する影響」参照
ラクリマリス王国……「1893.王家と商売人」「1895.制裁への反発」参照
☆電子マネーやクレジットカードを扱う店……「1897.物資納品作業」「1982.商取引の進化」参照




