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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2085.断たれた知識

 「残り一個、【光の矢】は、俺が力ある言葉で唱えたら、術が発動して危ねぇからやめとくけど、いいな?」

 「光ノ剣ではなくて、光の矢なんですね?」

 星光新聞の記者が初めてプートニクに質問した。


 「そうだ。これを組んだ術者は、接近戦は剣でできるから、遠隔攻撃の機能と、刃に【光の矢】の効果を持たせて、魔物にも攻撃しやすくしたんだろうな」

 「ん? 他の術と差し替えられるんですか?」

 星道の職人ザーイエッツが食いついた。

 「術同士の相性があるから、何でもアリってワケじゃねぇが、【頑強】の代わりに【防錆】とか、【光の矢】の代わりに【氷の刃】とか組合せは色々あるな」


 弟子が、前掛けのポケットから手帳を出してメモし、神学生らしき青年も、タブレット端末をつつく。

 新聞記者はタブレット端末で動画を撮りながら聞いた。

 「ほかの組合せは、聖典にも載っていますか?」

 「え? さぁ? 知らんな」

 「えっ?」

 「俺が読んだコトあんの、【飛翔する(タカ)】学派の魔導書だぞ」

 「えっ? でも、さっき」

 ザーイエッツの弟子が、師匠とレフレクシオ司祭、完全武装のプートニクに視線を(せわ)しなく巡らせる。


 「さっき見たとこは、魔導書の丸写しだった。他のページに何が載ってるかまでは知らん。魔導書にはいろんな武器や防具の作り方が載ってる」

 プートニクが言い直すと、中学生くらいの弟子は頷いてザーイエッツを見た。


 レフレクシオ司祭が共通語で何事か言う。プートニクには単語の断片しか拾えなかったが、アーテル人たちは何やら納得した顔で、フラクシヌス教徒の魔法使いを見た。


 「何て言ったんだ?」

 「今日、この会にあなたが来てくれたのは、我々が聖なる星の道から足を踏み外さないようにとの、天の配剤(はいざい)でしょう、と」

 「俺たちはそう言うの、水の(えにし)って言うんだ」

 「みずのえにし……?」

 「何か薄そう」

 若者たちが薄く笑って首を傾げる。


 「この世の生き物はみんな、水なしじゃ生きられん。ここはずっと昔、砂漠だったが、パニセア・ユニ・フローラ様たちが旱魃(かんばつ)の龍を封印して、今も水を作り出して下さってるから、ラキュス湖があるんだ」

 「そんな荒唐無稽なお伽話」

 数人が鼻で笑う。


 「ホントに魔法の仕組み、何も知らねぇんだな」

 「知るワケないでしょう」

 「穢れた力のコトなんて知りたくないですよ」

 「現にネモラリスは、()しき(わざ)三界(さんかい)の魔物の再来になりかねない化け物を作ったじゃないですか」

 「でも、聖典には」

 弟子の弱々しい一言で、アーテルの若者たちは口を(つぐ)んだ。


 年配の参加者は無言で見守る。


 「この剣に付いてる【魔力の水晶】や【魔道士の涙】は、魔力を蓄えるだけでなく、特定の術を魔力が尽きるまで実行し続けるんだ」

 「えーっと、それは、つまり?」

 「一回の詠唱で、術の効果を発揮し続ける。繰返し詠唱して術者の魔力を追加すれば、効果が強くなって更に持続する」

 「例えば、どんなものがあるのでしょう?」

 講師のザーイエッツが、講座参加者を代表して質問する。


 「今言った通り、ラキュス湖の水だ。パニセア・ユニ・フローラ様の【魔道士の涙】に【水呼び】の術を掛けて、毎日大量の水を産み出して下さってる」

 「見たんですか? それ?」

 若者たちの疑わしげな視線が刺さる。

 「大神殿に安置されてるが、旱魃の龍は今も呪詛を吐き続けてるからな。王族並みに強くねぇと、近付いただけで干上がって死ぬ」

 「一般人を近付けない為の方便じゃねぇの?」

 受講生の一人がせせら笑う。


 「力ある民なら、大神殿の祭壇の間に入っただけで、ヤバい気配を感じ取れるんだがな」

 「そんな危ない神殿に一般人を参拝させるのですか?」

 神学生らしき青年が、小さく手を挙げて質問した。

 「大神殿の祭壇に入れてもらえンのは、漏れ出た呪詛から身を守れる奴だけだ」

 「では、力なき民の信者は」

 「力なき民でも、強力な護符を持ってりゃ入れる」

 「そうなんですね。話を戻しますが、魔力がなくなったら、水が止まるんですよね?」

 「ん? 若い奴ぁそれも知らねぇのか?」

 「それとはどれでしょう?」

 神学生風の青年が上目遣いに聞く。次々質問を繰り出すのは、それだけ関心が高いからだ。


 「王都ラクリマリスは全体が聖域……デカい魔法陣だ。場に居る奴の魔力を少しずつ回収して、封印の維持と女神の涙に魔力を供給してるんだ」

 「えッ?」

 「政府がキルクルス教を禁教指定して、力なき陸の民の居住も制限すンのは、半世紀の内乱時代に下がった水位を回復させる為だ」


 アーテル人たちは初耳だったらしい。不信の眼差しが、完全武装の魔法戦士を射抜いた。


 「半世紀の内乱が終わってすぐ、観光に力を入れ始めたのも、それだ。目的が巡礼だろうが観光だろうが、魔力持ってる奴が王都に滞在するだけで、水を産む力になるんだ」

 「それが本当なら、私たちはずっと、異教徒の信仰に支えられて生きてきたコトになります」

 神学生らしき青年が青褪める。


 「少なくとも俺は、あんたらの信仰を否定しねぇ。ただ、こっちの信仰は、この辺で暮らす生き物として、知っといて欲しい」

 「知って、どうせよと?」

 「別に。いい意味でほっといてくれりゃ、それでいい」

 「虫のいい話を! お前たちは内乱中、俺たちをずっと迫害してただろうが!」

 中年男性が拳を固める。


 「少なくとも俺は、自分や家族を守りはしたが、積極的に自分と違う属性の奴を攻撃しなかったがな」

 「口先だけなら何とでも言える」

 「死人に口なしだ」

 「そうか……今、言ったのは、お互い干渉しないでやってこうってだけで、あんたらにとってもいい話だと思うけどな」

 プートニクが言うと、数人は少し考えるような顔になった。


 「旧王国時代は、キルクルス教の信仰も容認されてたし」

 「えぇッ? キルクルス教徒が王族などに迫害されていたから、民主化されたのでは?」

 神学生らしき青年が声を上げ、レフレクシオ司祭と星道の職人ザーイエッツを見た。


 司祭が通訳を聞いて語る。

 「過去の証拠は入手困難です。仮に存在しても、一方の当事者にのみ都合のいいものしかないなら、他方の当事者はそれが本物であっても、却って信じたがらないでしょう」

 「まぁ、そうだけどよ。旧王国時代には、神々の祝日ってのがあって、フラクシヌス教徒もキルクルス教徒も、お互いの信仰を讃える曲を一緒に演奏してたんだ」

 「そんなバカな!」

 「信じられん」

 打てば響く勢いで、講習会の参加者から否定の声が上がる。


 プートニクは司祭に向き直った。

 「教会に楽譜とか残ってねぇか? こっちは無事だった神殿に残ってるけどよ」

 「アーテル支部の方々に調査を依頼します」

 レフレクシオ司祭の一言で、なんとなく終わる空気になり、星道の職人用の聖典による武器製造講習会は、お開きになった。



 「なんか、意外ですね」

 「何がだ?」

 レノが感想を漏らすと、素材屋プートニクはカウンターに身を乗り出した。

 「アーテル人が魔法使いの話をちゃんと最後まで聞いたのが」

 「まぁ、司祭と偉い職人がイイっつったのに、イヤとは言えんだろうよ」

 プートニクはニヤリと唇を歪めた。


 「レフレクシオ司祭が少し前の礼拝で、聖典に魔法が載ってるって言ったそうですから、講習会に参加した人たちは、元々関心が高かったんだと思いますよ」

 薬師(くすし)アウェッラーナに言われ、レノはロークたちがポスターを複写して貼って回ったのを思い出した。

☆パニセア・ユニ・フローラ様の【魔道士の涙】に【水呼び】の術……「684.ラキュスの核」参照

※ ラクテアも同様……「1487.島守と押問答」「1488.水呼びの呪歌」参照


☆王国政府がキルクルス教を禁教指定/力なき陸の民の居住も制限……「1642.所持の可能性」参照

☆神々の祝日……「0295.潜伏する議員」「0310.古い曲の記憶」「347.武力に依らず」「377.知っている歌」「560.分断の皺寄せ」参照

☆レフレクシオ司祭が少し前の礼拝で、聖典に魔法が載ってるって言った……「1993.祈りの時間に」~「1995.伝承の復元を」参照

☆ロークたちがポスターを複写して貼って回った……「1996.バラ撒く情報」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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