2085.断たれた知識
「残り一個、【光の矢】は、俺が力ある言葉で唱えたら、術が発動して危ねぇからやめとくけど、いいな?」
「光ノ剣ではなくて、光の矢なんですね?」
星光新聞の記者が初めてプートニクに質問した。
「そうだ。これを組んだ術者は、接近戦は剣でできるから、遠隔攻撃の機能と、刃に【光の矢】の効果を持たせて、魔物にも攻撃しやすくしたんだろうな」
「ん? 他の術と差し替えられるんですか?」
星道の職人ザーイエッツが食いついた。
「術同士の相性があるから、何でもアリってワケじゃねぇが、【頑強】の代わりに【防錆】とか、【光の矢】の代わりに【氷の刃】とか組合せは色々あるな」
弟子が、前掛けのポケットから手帳を出してメモし、神学生らしき青年も、タブレット端末をつつく。
新聞記者はタブレット端末で動画を撮りながら聞いた。
「ほかの組合せは、聖典にも載っていますか?」
「え? さぁ? 知らんな」
「えっ?」
「俺が読んだコトあんの、【飛翔する鷹】学派の魔導書だぞ」
「えっ? でも、さっき」
ザーイエッツの弟子が、師匠とレフレクシオ司祭、完全武装のプートニクに視線を忙しなく巡らせる。
「さっき見たとこは、魔導書の丸写しだった。他のページに何が載ってるかまでは知らん。魔導書にはいろんな武器や防具の作り方が載ってる」
プートニクが言い直すと、中学生くらいの弟子は頷いてザーイエッツを見た。
レフレクシオ司祭が共通語で何事か言う。プートニクには単語の断片しか拾えなかったが、アーテル人たちは何やら納得した顔で、フラクシヌス教徒の魔法使いを見た。
「何て言ったんだ?」
「今日、この会にあなたが来てくれたのは、我々が聖なる星の道から足を踏み外さないようにとの、天の配剤でしょう、と」
「俺たちはそう言うの、水の縁って言うんだ」
「みずのえにし……?」
「何か薄そう」
若者たちが薄く笑って首を傾げる。
「この世の生き物はみんな、水なしじゃ生きられん。ここはずっと昔、砂漠だったが、パニセア・ユニ・フローラ様たちが旱魃の龍を封印して、今も水を作り出して下さってるから、ラキュス湖があるんだ」
「そんな荒唐無稽なお伽話」
数人が鼻で笑う。
「ホントに魔法の仕組み、何も知らねぇんだな」
「知るワケないでしょう」
「穢れた力のコトなんて知りたくないですよ」
「現にネモラリスは、悪しき業で三界の魔物の再来になりかねない化け物を作ったじゃないですか」
「でも、聖典には」
弟子の弱々しい一言で、アーテルの若者たちは口を噤んだ。
年配の参加者は無言で見守る。
「この剣に付いてる【魔力の水晶】や【魔道士の涙】は、魔力を蓄えるだけでなく、特定の術を魔力が尽きるまで実行し続けるんだ」
「えーっと、それは、つまり?」
「一回の詠唱で、術の効果を発揮し続ける。繰返し詠唱して術者の魔力を追加すれば、効果が強くなって更に持続する」
「例えば、どんなものがあるのでしょう?」
講師のザーイエッツが、講座参加者を代表して質問する。
「今言った通り、ラキュス湖の水だ。パニセア・ユニ・フローラ様の【魔道士の涙】に【水呼び】の術を掛けて、毎日大量の水を産み出して下さってる」
「見たんですか? それ?」
若者たちの疑わしげな視線が刺さる。
「大神殿に安置されてるが、旱魃の龍は今も呪詛を吐き続けてるからな。王族並みに強くねぇと、近付いただけで干上がって死ぬ」
「一般人を近付けない為の方便じゃねぇの?」
受講生の一人がせせら笑う。
「力ある民なら、大神殿の祭壇の間に入っただけで、ヤバい気配を感じ取れるんだがな」
「そんな危ない神殿に一般人を参拝させるのですか?」
神学生らしき青年が、小さく手を挙げて質問した。
「大神殿の祭壇に入れてもらえンのは、漏れ出た呪詛から身を守れる奴だけだ」
「では、力なき民の信者は」
「力なき民でも、強力な護符を持ってりゃ入れる」
「そうなんですね。話を戻しますが、魔力がなくなったら、水が止まるんですよね?」
「ん? 若い奴ぁそれも知らねぇのか?」
「それとはどれでしょう?」
神学生風の青年が上目遣いに聞く。次々質問を繰り出すのは、それだけ関心が高いからだ。
「王都ラクリマリスは全体が聖域……デカい魔法陣だ。場に居る奴の魔力を少しずつ回収して、封印の維持と女神の涙に魔力を供給してるんだ」
「えッ?」
「政府がキルクルス教を禁教指定して、力なき陸の民の居住も制限すンのは、半世紀の内乱時代に下がった水位を回復させる為だ」
アーテル人たちは初耳だったらしい。不信の眼差しが、完全武装の魔法戦士を射抜いた。
「半世紀の内乱が終わってすぐ、観光に力を入れ始めたのも、それだ。目的が巡礼だろうが観光だろうが、魔力持ってる奴が王都に滞在するだけで、水を産む力になるんだ」
「それが本当なら、私たちはずっと、異教徒の信仰に支えられて生きてきたコトになります」
神学生らしき青年が青褪める。
「少なくとも俺は、あんたらの信仰を否定しねぇ。ただ、こっちの信仰は、この辺で暮らす生き物として、知っといて欲しい」
「知って、どうせよと?」
「別に。いい意味でほっといてくれりゃ、それでいい」
「虫のいい話を! お前たちは内乱中、俺たちをずっと迫害してただろうが!」
中年男性が拳を固める。
「少なくとも俺は、自分や家族を守りはしたが、積極的に自分と違う属性の奴を攻撃しなかったがな」
「口先だけなら何とでも言える」
「死人に口なしだ」
「そうか……今、言ったのは、お互い干渉しないでやってこうってだけで、あんたらにとってもいい話だと思うけどな」
プートニクが言うと、数人は少し考えるような顔になった。
「旧王国時代は、キルクルス教の信仰も容認されてたし」
「えぇッ? キルクルス教徒が王族などに迫害されていたから、民主化されたのでは?」
神学生らしき青年が声を上げ、レフレクシオ司祭と星道の職人ザーイエッツを見た。
司祭が通訳を聞いて語る。
「過去の証拠は入手困難です。仮に存在しても、一方の当事者にのみ都合のいいものしかないなら、他方の当事者はそれが本物であっても、却って信じたがらないでしょう」
「まぁ、そうだけどよ。旧王国時代には、神々の祝日ってのがあって、フラクシヌス教徒もキルクルス教徒も、お互いの信仰を讃える曲を一緒に演奏してたんだ」
「そんなバカな!」
「信じられん」
打てば響く勢いで、講習会の参加者から否定の声が上がる。
プートニクは司祭に向き直った。
「教会に楽譜とか残ってねぇか? こっちは無事だった神殿に残ってるけどよ」
「アーテル支部の方々に調査を依頼します」
レフレクシオ司祭の一言で、なんとなく終わる空気になり、星道の職人用の聖典による武器製造講習会は、お開きになった。
「なんか、意外ですね」
「何がだ?」
レノが感想を漏らすと、素材屋プートニクはカウンターに身を乗り出した。
「アーテル人が魔法使いの話をちゃんと最後まで聞いたのが」
「まぁ、司祭と偉い職人がイイっつったのに、イヤとは言えんだろうよ」
プートニクはニヤリと唇を歪めた。
「レフレクシオ司祭が少し前の礼拝で、聖典に魔法が載ってるって言ったそうですから、講習会に参加した人たちは、元々関心が高かったんだと思いますよ」
薬師アウェッラーナに言われ、レノはロークたちがポスターを複写して貼って回ったのを思い出した。
☆パニセア・ユニ・フローラ様の【魔道士の涙】に【水呼び】の術……「684.ラキュスの核」参照
※ ラクテアも同様……「1487.島守と押問答」「1488.水呼びの呪歌」参照
☆王国政府がキルクルス教を禁教指定/力なき陸の民の居住も制限……「1642.所持の可能性」参照
☆神々の祝日……「0295.潜伏する議員」「0310.古い曲の記憶」「347.武力に依らず」「377.知っている歌」「560.分断の皺寄せ」参照
☆レフレクシオ司祭が少し前の礼拝で、聖典に魔法が載ってるって言った……「1993.祈りの時間に」~「1995.伝承の復元を」参照
☆ロークたちがポスターを複写して貼って回った……「1996.バラ撒く情報」参照




