2083.素材屋の乱入
ラゾールニクは、フリージャーナリストのフリでリストヴァー自治区へ行って、まだ戻らない。
抜け目のない彼は、ネミュス解放軍の自治区侵攻時も上手く立ち回って切り抜けた。今回は二度目の自治区行きで、戦闘に巻き込まれる心配は多分ないだろう。
質疑応答の翌日、レノは薬師アウェッラーナと二人で、王都ラクリマリスに跳んだ。
薬師アウェッラーナは数日前、難民キャンプに魔法薬と中間素材を届けた。
だが、第二十九区画の畑に魔獣が出て帰れなくなり、現地でも魔法薬を作った。
駆け付けた駐在武官の話によると、死者は農作業中の難民六人と、救助に行った自警団二人、負傷者は【癒しの風】だけで事足りる軽傷も含め、百人近くに上ると言う。
彼女も夕方まで第二十九診療所で治療にあたり、死者を現場での即死だけに抑えた。
帰り際、自警団がせめてものお礼にと、パテンス神殿信徒会とアウェッラーナに魔獣の消し炭と猪の皮をくれた。
猪の皮は【弔う禿鷲】学派の肉屋が【防腐】を掛け、毛と脂身を取除いただけのものだ。加工途中で、続きの処理をしなければ何も作れない。だが、移動放送局にはその道具も薬品もない。しかも、酷い臭いだ。
皮鞣しの処理ができそうな心当たりは、郭公の巣のクロエーニィエ店長と、王都で店を構える素材屋プートニクだけだ。
今回は、情報収集と買出しを兼ねて王都に来た。
「すみません。これで何か売っていただけませんか?」
「何かって、何買うか決めずに来たのか?」
プートニクが半笑いで聞く。
臭い皮をカウンターに置いたレノと、声を掛けたアウェッラーナは恐縮した。
「えっと、魔法薬になる素材の在庫があれば、これで買えるだけ」
「それか、何かこれで話せるくらいの情報があれば」
「ははぁ。さては交換品でもらったコイツを持て余してるな?」
「……はい」
二人は諦めて首を竦めた。
プートニクはニヤリと笑って皮を手に取る。
「お、ちゃんと【防腐】してあるんだな。今、薬になる素材は魔獣の消し炭しかないんだが、アーテルの情報とどっちがいい?」
レノはアウェッラーナと顔を見合わせた。
「消し炭は大丈夫なので、アーテルの話を聞かせてもらっていいですか?」
「立ち話でよけりゃ」
「お願いします」
プートニクは悪臭を放つ皮を奥の部屋に片付け、すぐカウンターに戻った。
「こないだ、アーテル領へ狩りに行ったら、バス停に面白いポスター貼ってあったんだ」
「何のポスターですか?」
「星道記講習会。アーテルの武器職人が、聖典に載ってる武器の作り方とかについて一般人に説明する会だとよ」
「聖典の武器って、確か、特別な職人以外、作っちゃダメって聞きましたよ」
レノは、クルィーロがタブレット端末で見せてくれた報告書や、ソルニャーク隊長たちの話を思い出して聞いた。
「キルクルス教徒の基準は知らねぇが、俺も【飛翔する鷹】学派の武器職人の端くれだからな。ちょっと見に行ったんだ」
「えッ? 行ったんですかッ?」
レノとアウェッラーナの声が揃う。
プートニクは、心外そうに言った。
「アーテルの連中も驚いてたけどよ、ポスターにゃ別に余所者や魔法使いはダメなんざ一言も書いてなかったからな」
「ポスター作った人は、まさか外国人の魔法使いが聖典の講習会に来るなんて、思わなかったんじゃないんですか?」
レノは思わず指摘したが、素材屋プートニクは強面に笑みを広げて応じた。
「外国から大勢、駆除屋が出稼ぎ行ってんのに、想定しねぇ方が悪い」
「会場、入れてもらえたんですか?」
アウェッラーナの声は、質問ではなく確認だ。
「あぁ。受付の奴がゴチャゴチャ言ってるとこに聖職者と主催者が来て、入れてくれた」
「えぇッ? ……あっ、その司祭って、大聖堂のレフレクシオ司祭じゃありませんか?」
「あー……何かそんな名前だったかな? 物わかりのいい若者で、俺にも武器の解説して欲しいって、講師として飛び入り参加してきた」
「えぇえぇえぇえぇえぇー?」
二人とも驚きを言語化できなかった。
……あ、でも、レフレクシオ司祭はローク君たちと何回も会ってるし、この間は王都の神殿にもお参りしたらしいから、【飛翔する鷹】学派の解説、丁度良かったのかも。
「聖典は古い共通語で書いてあったけどよ、剣の刻印とかは、力ある言葉そんまんまだったぞ」
星道記講習会の受講生は、神学生も居たが、大半は金属加工を生業とする普通の職人だ。
素材屋プートニクも、会場になった星道の職人ザーイエッツの工房で、キルクルス教の聖典を見せられた。
魔物や魔獣に対抗し得る武器製造を担う星道の職人用の聖典は、大部分が【飛翔する鷹】学派の魔導書を丸写しして、共通語訳したものだ。
章の扉ページには、徽章と同じ姿勢で飛ぶ鷹の細密画まである。
プートニクが首から提げた【飛翔する鷹】学派の証を見せると、キルクルス教徒たちは信じられない物を見るような目で驚いた。
「これこそが、聖者様が遺された正しき業……護る力なのです」
主催者のザーイエッツが一人で、レフレクシオ司祭の共通語を湖南語に、素材屋プートニクの湖南語を共通語に訳す。
「こちらが、昨日完成したばかりの光ノ剣です」
ザーイエッツが、真新しい剣をお披露目した。
「これが、あの光ノ剣」
「これで穢らわしい魔獣を倒せるようになるんですね」
キルクルス教徒たちは、様々な色の瞳を輝かせて手放しに喜んだ。
「こいつぁ、ラキュス・ラクリマリス王国騎士団の制式武器だな」
「何故、そう思うのです?」
「俺は長命人種で、旧王国時代、騎士団で武器の管理を担当してたからだ」
ザーイエッツが聞くと、プートニクはさらりと答えた。常命人種しか居ないキルクルス教徒たちが、プートニクに疑わしげな目を向ける。
プートニクは受講生を見回し、危なっかしく思ってひとつ忠告を与えた。
「力なき民が持っても単なる鉄の剣だ。危ねぇぞ?」
「何故です?」
受講生の一人、工員らしき青年が不満を隠そうともせずに聞いた。
「力なき民のあんたらが近接戦闘で倒せんのは、せいぜい土魚とか銀鱗の虫魚とか、弱いのくらいなモンだ」
「魔法使いは、違うんですか?」
青年は眉間の皺を深くした。
「俺は元騎士だ。魔獣由来の素材を狩りに来て、偶々ポスターみつけて顔出したんだよ」
「じゃあ、他の魔法使い……元騎士じゃない人はどうなんです?」
「普通に剣を振り回す筋力や体力も要るけどよ、魔力のある奴が握れば、【魔除け】【鋭利】【頑強】が発動する」
「それはどんな魔法なのですか?」
最前列で剣を見詰める神学生らしき青年も質問に加わった。
「雑魚が寄って来なくなって、切れ味が上がって、刃毀れし難くなる。それと、合言葉を唱えりゃ【光の矢】も飛ばせる」
「飛ばす……? 剣で遠隔攻撃もできるのですか?」
推定神学生が目を丸くする。
「ひとつずつ、詳しい解説をお願いしてもよろしいですか?」
レフレクシオ司祭に請われ、素材屋プートニクは快く応じた。
☆フリージャーナリストのフリでリストヴァー自治区へ……「2061.自治区の査察」~「2065.交通も食料も」参照
☆難民キャンプに魔法薬と中間素材を届けに行った日……「2066.僅かな魔法薬」~「2072.役に立つ道具」参照
☆第二十九区画の畑に魔獣/現地でも魔法薬を作った……「2073.出られない間」~「2075.待機中の不安」参照
☆彼女も夕方まで第二十九診療所で治療……「2076.癒し手の疲弊」参照
☆バス停にポスター……「1996.バラ撒く情報」参照
☆星道記講習会……「1995.伝承の復元を」参照
☆レフレクシオ司祭はローク君たちと何回も会ってる
一回目……「1108.深夜の訪問者」~「1110.証拠を託す者」参照
二回目……「1255.被害者を考察」~「1256.必要な嘘情報」参照
三回目……「1426.真夜中の湖畔」~「1429.拡散する楽譜」参照
四回目……「1688.三日月の密会」~「1691.夜の気晴らし」参照
五回目……「1806.ルフスの被害」~「1807.後任の補佐官」参照
六回目……「1858.南ザカート市」~「1860.金糸雀の呪歌」参照
☆この間は王都の神殿にもお参り……「1905.王都の来訪者」~「1907.祝日制定理由」参照
☆騎士団で武器の管理を担当……「1313.檻から出ても」参照




