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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2082.旧王国の人材

 質疑応答の会は二時間の予定だったが、追加質問などがあり、三時間半掛かってやっと終わった。


 「お食事はこちらでどうぞ」

 神官の案内で、北神殿の食堂に通された。

 既に昼食の時間は過ぎたが、信徒らしき男女が忙しく働いて配膳する。


 同じ食卓に着いたのは、質疑応答を提案した神官とアナウンサーのジョールチ、パドールリクとクルィーロ父子、薬師(くすし)アウェッラーナ、ソルニャーク隊長、そしてデレヴィーナ市商工会議所の会頭(かいとう)だ。

 八人掛けの卓で、もう一人座れるが、他の神官たちは別の卓に腰を落ち着けた。


 「お疲れさまでした。この度はお忙しいところ、お手数お掛け致しまして恐れ入ります」

 「会員企業の者がご迷惑をお掛け致しまして、申し訳ございません」

 神官と会頭に緑の頭を下げられ、移動放送局の五人は恐縮した。


 卓上には心尽くしの魚料理が並ぶ。

 「遠慮なさらず、どんどんお召し上がり下さい」

 「みなさんもお忙しいでしょうから、食事をしながら話しましょう」

 「先程の情報収集の件ですね?」

 アナウンサーのジョールチが確認する。

 会頭は、拳大の緑青(ろくしょう)パンを一口齧って頷いた。

 「そうです。ここは首都に近いですからね。外国の話はなかなか入って来ませんが、国内の事でしたら、そこそこ耳に入るのですよ」

 「お聞かせ願えませんか?」

 ジョールチが促すと、会頭は二つ返事で応じた。


 クルィーロは、食卓の下でタブレット端末の録音アプリを起動する。


 「今、クレーヴェルでは、新しい国造りの準備が進んでいます」

 「神聖復古に向けて、法整備をしているそうですね」

 「流石ジョールチさん。お耳が早い」

 会頭が感心する。


 ……こっちがどのくらい知ってるか、把握して解放軍に伝える気か?


 クルィーロは会頭の顔をじっくり見たが、愛想笑いの下で何を考えるか、全く読めなかった。

 長く生きて商売を続ける会頭は、生まれて二十数年しか経たないクルィーロより一枚も二枚も上手(うわて)だ。

 父を横目で見たが、聞く態勢で魚料理を頬張り、口を挟む様子がない。クルィーロも、父に倣って(ナマズ)の揚げ煮を口に入れた。


 「今、首都にはネモラリス各地から、旧王国時代に文官だった人が続々と集まっています」



 神政を現代の統治機構として復活させるなら、現役の官僚の他、かつてを熟知する者が加わった方が作業を進めやすい。半世紀の内乱を経て生き延びた長命人種の元文官となると、数は知れたものだが、その知識と影響力は計り知れなかった。


 ネミュス解放軍のクリュークウァ支部長カピヨーは、旧王国時代には騎士で、クリュークウァ地方を収める領主でもあった。現在もかつての城に住み、地方の名士として信頼を寄せる住民が多い。政治などにも強い影響力を保つ。


 旧王国時代の文官にも、同様の者は居るだろう。

 カピヨーら、旧王国時代に支配層だった者たちが人脈を駆使すれば、かつての文官たちとの接触は造作もない筈だ。


 ラキュス・ネーニア家のシェラタン当主は未だに行方不明だが、ネミュス解放軍には、ウヌク・エルハイア将軍ら有力な分家が居る。

 このまま不在が続けば、シェラタン当主を廃し、ウヌク・エルハイア将軍を新たな当主……神政を担う国王に祭り上げる動きが出てもおかしくなかった。


 ……こんな時に限って、ラゾールニクさん居ないんだもんな。


 だが、リストヴァー自治区を訪問中の国連人権査察団の動きを探るのも重要だ。

 終戦に向けて、国連がネモラリス共和国とアーテル共和国の間に入るかもしれない。


 国連常任理事国の大半は、キルクルス教国だ。

 ネモラリス共和国にとって、不利な講和条件を突き付けられる可能性は高いが、多くの国民は、それで平和になるなら何だって喜んで受容れるだろう。


 「ネミュス解放軍の許には、現役の官僚や政治家も集まっています」

 「私たちも行く先々で、神聖を望む市井(しせい)の声に接してきました」

 「民主派の中には、シェラタン様が民主主義を宣言なさったので、撤回なさらない限り、ご意向に従うと言う人も居ました」

 ジョールチと父パドールリクが言うと、デレヴィーナ市民の二人は、当然だと言いたげな顔で余所者を見た。


 「本当に自ら望んで、民主主義を維持する国に居る者が、あるいは逆に、神政の地に留まる者が、どれだけ居るでしょうね」

 ソルニャーク隊長が夏野菜のサラダを食べ終えて言う。湖の民のサラダには緑色のドレッシングが掛けてあるが、陸の民の分は野菜の味そのままだ。


 「商売をする身なのでよくわかりますが、そう簡単に引越し……商圏の開拓に踏み切れるものではありませんね。お(かみ)がどうあれ、商いを続けられて日々食べてゆければ、それで充分と言う人も多いのです」

 「信仰についてもそうです。自らリストヴァー自治区へ移住した者はともかく、子供は親に従わざるを得ず、自治区で産まれた子には、選択肢すらありません」

 「そうですね。信仰も政体も、自分が生まれた場所のものに合わせざるを得ませんからね」

 緑髪の神官がソルニャーク隊長に頷く。


 会頭も、フォークを置いて言った。

 「親から経済的に自立し、建前では自由に転居や転職できるようになっても、実際は仕事の都合などでなかなか難しいものです」

 「ラクリマリス王家の神聖を望む者でも、()の地に身内が居ない力なき陸の民は帰化できません」

 父の言葉を受け、ソルニャーク隊長が続ける。

 「転居の自由は、自治区にはなく、フラクシヌス教徒も自治区には移住できません。他地域でも様々な事情で転居が容易ではありません。()して、政体が異なる外国となると」


 「だから、半世紀の内乱が起きたんでしょうね」

 薬師(くすし)アウェッラーナが、緑青(ろくしょう)ドレッシングのサラダを見詰めて呟いた。

☆他の神官たちは別の卓に腰を落ち着けた……この神官と食べ物の好みが合わないから「1863.地を割る威力」参照

☆会員企業の者がご迷惑……「2079.質疑応答の会」参照

☆鯰の揚げ煮……普段はこの神官が作る「1862.調理法と経済」参照

☆ネミュス解放軍のクリュークウァ支部長カピヨー……「0956.フリグス基地」「0960.支部長の自宅」「0984.簡単なお仕事」「0985.第二位の与党」参照

☆ラキュス・ネーニア家のシェラタン当主は未だに行方不明……「1741.当主の養い子」「1742.継承権者たち」参照

※ シェラタン当主の居場所……「684.ラキュスの核」「685.分家の端くれ」参照

☆現役の官僚や政治家も集まっています……「1540.欺かれた人々」「1541.競い合う双子」「1544.固有の経済圏」「1714.妨げになる者」「1716.奥様方の噂話」参照

☆シェラタン様が民主主義を宣言……「1650.民主制の堅持」「1651.緑髪の民主派」「1712.確認したい件」「1713.逃げ場の国家」参照

☆彼の地に身内が居ない力なき陸の民は帰化できません……「0222.通過するだけ」「0271.長期的な計画」「675.見えてくる姿」「0997.居場所なき者」「1991.流れゆく民草」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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