2079.質疑応答の会
質疑応答の当日、神官が会議室を開ける二時間も前から、北神殿に順番待ちの列ができた。
「整理券配って、待ってる間にお参りしてもらおう」
DJレーフの発案で、手書きの整理券を七十二枚作って先着順に配布し、仮予約の表を使って受付を済ませた。直行を命じられた社員たちは、ホッと表情を緩めて整理券を受取り、ぞろぞろ神殿へ入ってゆく。
先日渡した入場券を回収し、予約表にメモした座席番号を伝える。
「これは何の順番ですか?」
「予約確認順で一から七十二まで通し番号を振って、その番号で籤引きをして無作為に決めました」
どこかの経営者らしき緑髪の男性に聞かれ、アナウンサーのジョールチがさらりと応える。
北神殿の大会議室は、長机とパイプ椅子を並べただけの質素な部屋だ。二十分足らずで、百席余りがほぼ満席になった。
最後列の席は、フラクシヌス教団関係者、最前列の端はデレヴィーナ市商工会議所の会頭、他が質問を提出した企業と商店の代表者だ。
地元紙の記者は、写真撮影の都合で通路を自由に移動する。
回答は、主にアナウンサーのジョールチが読むが、情報の補助として、パドールリクとクルィーロ父子、薬師アウェッラーナ、ソルニャーク隊長が加わった。
「ラジオで質疑応答があるなんて言わなかったじゃないですか」
「放送終了後、大勢の方々から質問があり、急遽決定しました」
入場券のない男性が、受付に立つジョールチに抗議する。
「ウチはギリギリの人数で回してるから、放送の日に人を出せなかったのに」
「放送当日、急に決定し、会場の都合もあって事前に告知できませんでした」
「検閲通ったら、紙面に載りますよ」
「どうせ載らんでしょ。五回も放送したのに次の予定も、放送があったコトすら載らなかったじゃありませんか」
地元記者が声を掛けたが、年配の男性は引き下がらなかった。
一眼レフカメラを手にした記者は、緑髪の半分くらいが白髪の男性を硬い表情で睨み返す。
クルィーロは資料配布の手を止めるワケにゆかず、どうしたものかと父を見た。父も別の列に資料を配りながら、受付を注視する。アウェッラーナとソルニャーク隊長も、受付をチラ見しながら資料を配った。
薬師アウェッラーナと神官が居る場だ。最悪の場合、すぐ治療は受けられるが、何もないに越したことはない。
神官が、最後列の席から前の受付へ出た。
「一昨日の放送終了後、会場でちょっとした混乱が起きましたので、場を収める為に私が改めて質問の機会を設ける提案をしました」
「会議室の借り賃は、私が個人的に出したんですよ。なんせ急でしたからね」
商工会議所の会頭が言うと、男性は更に険しい顔になった。
「カネにモノ言わせてゴリ押ししたんですか」
「人聞きの悪いコト言わないで下さいよ。どう見ても会員企業全部は入れないでしょう。今日の内容は全部文字起こしして、会報の特別号に載せますから」
会頭が机上の小型テープレコーダーを指差す。
予約なしで来た男性はますますいきり立った。
「そんなの待ってられませんよ。それに全部刷るカネどうするんです? また特別徴収ですか? 出せないとこ程、この情報が欲しいのに渡さない気ですか!」
「放送の中でも、国連安保理決議の公式発表全文と、周辺国の対応をお伝えしました。各事業所で必要とする情報のすべてをお伝えするのは不可能ですが、事業所が独自に情報収集できる手掛かりはしっかりお伝えしてきました」
アナウンサーのジョールチが、眼鏡の奥から鋭い視線を向ける。
男性は一歩退がった。
「今年の会費、まだですよね? 戦争始まってから、一か月分ずつ分納できるようにしましたけど、年末までに一回も支払いがなかったら除名になりますよ」
「そんなコト言ったって、ウチはそんな余裕全然ないのに」
「開戦前と比べて利益が激減した会員は、帳簿と納税証明書を見せてくれれば、会費を割引いてます。休業中の事業所は会費を免除して支援してますし、今回の特別号も商工会議所で公開する予定です」
会頭が座ったまま落ち着いた声で言うと、男性は無言で会議室を出て行った。
空気がホッと緩む。
クルィーロは肩から力が抜け、大きく息を吐いた。
「あの人ンとこ、戦争前から従業員が居着かなくて、みんな新人みたいなモンだから、業績もなかなか上向かないんだよ」
「ウチに転職して来た若いコ、何かといちゃもん付けて給料差っ引かれてたって言ってたぞ」
「ウチの奴も、給料日前に辞めたら、その月の給料払ってくれなかったってよ」
「やたら安いのは、人件費まともに払わないからか」
「税金も、前から誤魔化してるから見せらんないんだろな」
「商売向いてないんだよ」
緑髪が草原のようにざわめき、クルィーロの心もざわついた。
資料配布が終わり、扉を閉めた。
ジョールチ、パドールリク、クルィーロ、薬師アウェッラーナ、ソルニャーク隊長が、昨夜急いでまとめた回答資料をファイルから出し、可搬式黒板を背にする席に着く。クルィーロは長机にタブレット端末を置いた。
「お待たせしました。只今より、質疑応答を始めます」
アナウンサーのジョールチが、ワイヤレスマイクを手にして言うと、場の空気が変わった。
「まずは、お手元の資料をご覧下さい」
紙の触れ合う音が大会議室に満ちる。
一枚目は、質問の集計結果。九十八パーセントが個別の物品に関する輸出入可否で、輸入の質問がやや多い。その他の質問は極僅かだ。
「重複する質問がかなり多かったので、まとめて回答します」
ジョールチは、質問件数の多い順で説明を始めた。
「まずは木材の輸出入です。一部の樹種は丸太が武器禁輸措置の対象外で、取引可能です」
「丸太? 板材や角材はダメなんですか?」
早速、席から質問が飛んだ。
「加工は枝打ちのみで、樹皮の剥ぎ取りも不可だそうです」
「樹種は何がイケますか?」
「水知樹は大丈夫ですか?」
ひとつ応じると、あちこちから追加質問が飛び出した。
「輸出入ともに糸杉とラキュス杉のみが可能です。水知樹は、魔法の道具にのみ使われる為、どの部位も禁輸対象です」
糸杉とラキュス杉は、この辺りの山地ではありふれた樹種だ。魔力保持力が低い為、魔法の加工を施さない安価な食器や家具、建材などに利用される。
山林の管理や伐採、輸送などに掛かる経費に対して販売価格が低い為、ちょっとした相場の変動で採算割れを起こしやすかった。
☆事業所が独自に情報収集できる手掛かり……「1986.体育館で放送」~「1989.情報に飢える」参照
☆個別の物品に関する輸出入可否……デレヴィーナ市で輸出入の多い物品「2001.回復する業績」~「2001.回復する業績」参照




