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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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213/3500

0212.自治区の様子

 調査団の軍用ヘリが灰を巻き上げ、リストヴァー自治区の産業道路に着陸した。

 ラキュス湖岸沿いに建ち並ぶ工場群は無傷だ。現在も、塩湖の淡水化プラントなど、幾つかの工場が稼働する。


 道路の西側、貧しい人々のバラックが、足の踏み場もない程に犇めいた地域は、三十年前のあの日と同じ更地に戻った。


 調査団長のラクエウス議員が、変わり果てた選挙区に降り立ち、呆然と見回す。

 焼け焦げたコンクリートブロックが点々と転がり、一帯を灰と炭が覆い尽くす。


 ずっと南、クブルム山脈の東端に近い地域には、一群のバラックが焼け残った。

 手前には、西の団地地区に通じる四車線道路がある。道が防火帯となり、あの一画を守ったのだ。

 見張りを残し、隊長と政府の職員、航空カメラマンらと共にそちらへ向かう。


 西の斜面に広がるシーニー緑地も、三分の一あまりが焦げ、黒く塗り潰された。

 その上に建つ団地や、自治区の西側を占める農地は全くの無傷で、生存者を受け容れると言う。


 工員の生き残りで、勤務先が無事だった者は、工場の寮に詰め込まれた。残りの一部は農家の納屋などを借り、農作業の手伝いにも出る。

 ラクエウス議員は迎えの車を待つ間、工場長の一人が(まく)し立てる説明に耳を傾けた。受け容れ先が決まらない人々は、まだ公民館などで分散して避難生活を送る。



 ここにあった暮しが失われ、ついでに(けが)れも焼き(はら)われた。

 焼け跡に残された(わず)かな【魔道士の涙】は、とっくに回収されただろう。

 ラクエウス議員は胸の前で、聖なる星の道の楕円(だえん)を描いた。そっと目を閉じ、祈りを捧げる。


 乾いた風が、焦げ臭さを置いて去った。

 目を開け、防火帯となった道路から、焼け残ったバラック地帯を見る。

 ここも、生存者を受け容れたらしい。急拵(きゅうごしら)えの小屋が、僅かな隙間を埋める。

 トタンやコンクリートブロックなどの僅かな建材が、隣のバラックに寄りかかって道を塞ぎ、生活空間を作る。


 広々とした焼け跡に建てないのは、埋もれた人骨が魔物を呼び寄せるのを恐れるからだ。

 三十年前、ここに移住したばかりの頃は、そんなことが日常茶飯事だった。

 誰かが居なくなれば、魔物に捕食されたものとして、捜すこともなかった。


 実体を持たない魔物は、魔法でなければ倒せない。

 魔物が人を喰らい、力を付け、実体を得て魔獣となれば、力なき民でも倒せるようになる。


 ここでは、危険を排除する為に犠牲(いけにえ)が必要だった。


 魔獣なら、魔法を使わない普通の武器で、この世の肉体を破壊するだけで、元居た異界に送還できるからだ。



 迎えの車に乗り込み、自治区の庁舎に移動する。

 西の丘を少し上るだけで、目の前が平和な光景に変わった。

 何事もなかったかのようにキレイな街並が、車窓を流れる。


 公園にはテントとコンテナが並び、焼け出された人々が、バラック街に居た頃よりマシな暮しを送る。

 団地地区のちょっとした空き地や、農村地区の休耕地は、避難者用のテントで埋め尽くされ、ヘリコプターが着陸できる場所はなかった。



 区庁舎の応接室に通され、ソファに腰を落ち着ける。

 「ラクエウス先生、ご無事で何よりです」

 「この度の(わざわい)、亡くなられた同朋にお悔やみ申し上げます。区長さん方も、ご無事で何よりです」

 型通りの挨拶もそこそこに、区長は落ち着かない様子で切り出した。

 「早速ですが、お願いしたいことが……」


 東部は残念なことになったが、幸い、大工場はほぼ無事だ。

 働き口はあるが、人が極端に減り、住宅も(ほとん)どが失われた。

 生存者の代表で話し合い、火災や自然災害にも強い街に生まれ変わらせようと、復興計画を立てたが、予算が全く足りない。

 企業からの見舞金や寄付だけでは、到底、(まかな)い切れず、如何(いかん)ともし(がた)い。


 香草茶にも手をつけず、自治区長が早口で(まく)し立てた。

 「そこで、その……ラクエウス先生の方からも、中央へ掛けあっていただきたいのです」


 調査団長のラクエウスは、リストヴァー自治区で唯一の国会議員だ。

 自治区長は壮年の男で、ラクエウス議員より十五、六歳ばかり若い。

 今は戦時で、全国的にも選挙どころではない。ラクエウス議員の身に何もない限り、自治区では当面、改選は行われないと見た方がいい。


 区長は媚びた声で自治区の苦境を訴えた。

 中央政府から派遣された役人が記録する。


 孤児は、自力で逃げられた中学生以上の者が多い。

 元々学校に行かず、工場の下働きで家計を支えた子ばかりで、今も農家や工場で働いて(くち)(のり)する。

 学校も焼失してしまい、彼らの教育もままならない。


 「校庭には可燃物なんてないだろうに、避難していた者は……」

 学校周辺にも一車線の車道がある。校舎は道路のすぐ(そば)ではなく、敷地の(ふち)には果樹が植えてあった。あれでは防火帯に足りなかったのか。


 「火災旋風(かさいせんぷう)と言う奴ですよ……何でしたら、後でご覧になりますか?」


 竜巻のような突風が起こった。

 炎の渦に巻き込まれたバラックが、燃えながらバラバラになって宙を舞い、木々は根こそぎにされ、校舎も破壊されて燃えた。

 校庭に避難した人々が、そんなものに耐えられる訳がない。

 周囲は燃え盛るバラック街。火災旋風は、何もかもを破壊しながら、校庭を蹂躙し、逃げ場のない人々を襲った。


 東教区の生存者は大部分が、シーニー緑地に逃げ込めた人々と、夜勤の工員、山に近い地区の住人だ。

 元の人口が不明で、どれ程の命が失われたか不明だ。団地地区では生存者の全てを収容しきれない。


 「無秩序なバラック建設を許せば、また、同じことが起こります」

 「そうだな」

 「ですから、都市計画を立てました。幸いにして命を失わずに済んだ同朋の為、早急に集合住宅や、雇用を創出しなければなりません」

 区長は青焼(あおやき)図面を広げ、取りまとめられた計画の分厚いファイルを重ねた。

☆調査団長のラクエウス議員……「0181.調査団の派遣」「0200.魔獣の支配域」参照

☆誰かが居なくなれば、魔物に捕食されたもの……「0051.蔓草の植木鉢」参照

☆公民館などに分散して避難生活……「0054.自治区の災厄」参照

☆復興計画を立てた……「0156.復興の青写真」参照

☆シーニー緑地に逃げ込めた人々……「0054.自治区の災厄」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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