0212.自治区の様子
調査団の軍用ヘリが灰を巻き上げ、リストヴァー自治区の産業道路に着陸した。
ラキュス湖岸沿いに建ち並ぶ工場群は無傷だ。現在も、塩湖の淡水化プラントなど、幾つかの工場が稼働する。
道路の西側、貧しい人々のバラックが、足の踏み場もない程に犇めいた地域は、三十年前のあの日と同じ更地に戻った。
調査団長のラクエウス議員が、変わり果てた選挙区に降り立ち、呆然と見回す。
焼け焦げたコンクリートブロックが点々と転がり、一帯を灰と炭が覆い尽くす。
ずっと南、クブルム山脈の東端に近い地域には、一群のバラックが焼け残った。
手前には、西の団地地区に通じる四車線道路がある。道が防火帯となり、あの一画を守ったのだ。
見張りを残し、隊長と政府の職員、航空カメラマンらと共にそちらへ向かう。
西の斜面に広がるシーニー緑地も、三分の一あまりが焦げ、黒く塗り潰された。
その上に建つ団地や、自治区の西側を占める農地は全くの無傷で、生存者を受け容れると言う。
工員の生き残りで、勤務先が無事だった者は、工場の寮に詰め込まれた。残りの一部は農家の納屋などを借り、農作業の手伝いにも出る。
ラクエウス議員は迎えの車を待つ間、工場長の一人が捲し立てる説明に耳を傾けた。受け容れ先が決まらない人々は、まだ公民館などで分散して避難生活を送る。
ここにあった暮しが失われ、ついでに穢れも焼き祓われた。
焼け跡に残された僅かな【魔道士の涙】は、とっくに回収されただろう。
ラクエウス議員は胸の前で、聖なる星の道の楕円を描いた。そっと目を閉じ、祈りを捧げる。
乾いた風が、焦げ臭さを置いて去った。
目を開け、防火帯となった道路から、焼け残ったバラック地帯を見る。
ここも、生存者を受け容れたらしい。急拵えの小屋が、僅かな隙間を埋める。
トタンやコンクリートブロックなどの僅かな建材が、隣のバラックに寄りかかって道を塞ぎ、生活空間を作る。
広々とした焼け跡に建てないのは、埋もれた人骨が魔物を呼び寄せるのを恐れるからだ。
三十年前、ここに移住したばかりの頃は、そんなことが日常茶飯事だった。
誰かが居なくなれば、魔物に捕食されたものとして、捜すこともなかった。
実体を持たない魔物は、魔法でなければ倒せない。
魔物が人を喰らい、力を付け、実体を得て魔獣となれば、力なき民でも倒せるようになる。
ここでは、危険を排除する為に犠牲が必要だった。
魔獣なら、魔法を使わない普通の武器で、この世の肉体を破壊するだけで、元居た異界に送還できるからだ。
迎えの車に乗り込み、自治区の庁舎に移動する。
西の丘を少し上るだけで、目の前が平和な光景に変わった。
何事もなかったかのようにキレイな街並が、車窓を流れる。
公園にはテントとコンテナが並び、焼け出された人々が、バラック街に居た頃よりマシな暮しを送る。
団地地区のちょっとした空き地や、農村地区の休耕地は、避難者用のテントで埋め尽くされ、ヘリコプターが着陸できる場所はなかった。
区庁舎の応接室に通され、ソファに腰を落ち着ける。
「ラクエウス先生、ご無事で何よりです」
「この度の禍、亡くなられた同朋にお悔やみ申し上げます。区長さん方も、ご無事で何よりです」
型通りの挨拶もそこそこに、区長は落ち着かない様子で切り出した。
「早速ですが、お願いしたいことが……」
東部は残念なことになったが、幸い、大工場はほぼ無事だ。
働き口はあるが、人が極端に減り、住宅も殆どが失われた。
生存者の代表で話し合い、火災や自然災害にも強い街に生まれ変わらせようと、復興計画を立てたが、予算が全く足りない。
企業からの見舞金や寄付だけでは、到底、賄い切れず、如何ともし難い。
香草茶にも手をつけず、自治区長が早口で捲し立てた。
「そこで、その……ラクエウス先生の方からも、中央へ掛けあっていただきたいのです」
調査団長のラクエウスは、リストヴァー自治区で唯一の国会議員だ。
自治区長は壮年の男で、ラクエウス議員より十五、六歳ばかり若い。
今は戦時で、全国的にも選挙どころではない。ラクエウス議員の身に何もない限り、自治区では当面、改選は行われないと見た方がいい。
区長は媚びた声で自治区の苦境を訴えた。
中央政府から派遣された役人が記録する。
孤児は、自力で逃げられた中学生以上の者が多い。
元々学校に行かず、工場の下働きで家計を支えた子ばかりで、今も農家や工場で働いて口に糊する。
学校も焼失してしまい、彼らの教育もままならない。
「校庭には可燃物なんてないだろうに、避難していた者は……」
学校周辺にも一車線の車道がある。校舎は道路のすぐ傍ではなく、敷地の縁には果樹が植えてあった。あれでは防火帯に足りなかったのか。
「火災旋風と言う奴ですよ……何でしたら、後でご覧になりますか?」
竜巻のような突風が起こった。
炎の渦に巻き込まれたバラックが、燃えながらバラバラになって宙を舞い、木々は根こそぎにされ、校舎も破壊されて燃えた。
校庭に避難した人々が、そんなものに耐えられる訳がない。
周囲は燃え盛るバラック街。火災旋風は、何もかもを破壊しながら、校庭を蹂躙し、逃げ場のない人々を襲った。
東教区の生存者は大部分が、シーニー緑地に逃げ込めた人々と、夜勤の工員、山に近い地区の住人だ。
元の人口が不明で、どれ程の命が失われたか不明だ。団地地区では生存者の全てを収容しきれない。
「無秩序なバラック建設を許せば、また、同じことが起こります」
「そうだな」
「ですから、都市計画を立てました。幸いにして命を失わずに済んだ同朋の為、早急に集合住宅や、雇用を創出しなければなりません」
区長は青焼図面を広げ、取りまとめられた計画の分厚いファイルを重ねた。




