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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2075.待機中の不安

 「えッ? こんなにたくさん作って下さったんですか」

 呪医プーフが目を(みは)った。

 第二十九診療所に身を寄せる患者たちも、緑髪の薬師(くすし)アウェッラーナに驚いた眼を向ける。


 アウェッラーナは、魔獣と戦ってこれから搬送されるであろう自警団員らを思うと、素直に喜べなかった。

 「乳脂(バター)とラードがないので、濃縮傷薬にはできなかったんですけど」

 「傷薬がこれだけあれば、大勢の人が助かります。今も、胃薬と併せて消化器系の患者さんを何人も完治させられたんです」

 呪医プーフに続いて、元患者たちが明るい顔で口々に礼を言う。


 「自警団から連絡は」

 「いえ、まだ全然、音沙汰ありません」

 力ある民の女性看護師が、首を横に振った。服の(えり)には【花の耳】が一枚ある。アウェッラーナの視線に気付いて説明してくれた。



 ネモラリス共和国駐アミトスチグマ王国大使館が、中古の【花の耳】を掻き集めて、難民キャンプの各診療所に配布した。

 花弁(はなびら)を何枚も紛失した品ばかりで、多い所でも五枚中二枚しかない。中心と合わせても、相互に連絡できるのは三人だ。

 最低限、診療所と自警団が一人ずつ持てば事足りる。

 また、それなりの魔力がなければ、道具の効果を発動させられない為、魔法使いでも、使いこなせる者は多くなかった。



 「まさか、全滅……とか?」

 患者のひとりがポツリと呟き、診療所内に不安と動揺が一気に広がった。

 「何で誰も何も言ってこないんだ?」

 「自警団、食われちまったのか?」

 「もうおしまいだ!」


 「えっと、自警団の人が応援を呼ぶって言ってましたし、魔装警官だったボランティアの人が一人、現場へ行ってくれましたよ。【花の耳】を落としたか何かで、連絡できないだけ……かも」

 アウェッラーナは、患者たちを落ち着かせようと、安心できそうな情報を口にしたが、自分でも全く自信がなく、次第に声が小さくなって語尾が消えた。


 「そのボランティアの人もやられたんじゃあ」

 「駐在武官にもらってから、レカールスタヴァさんに連絡入ってたんですよ」

 「自警団が現場から、怪我人が何人とかどんな具合だとか、ちょくちょく」

 「それがない頃も、自警団は戦いの途中に【跳躍】で怪我人を運んでたんだ」

 常連の患者たちが、いつもの出動との違いを並べ、不安を口にする。


 呪医プーフが、廊下の奥を見遣って話題を変える。

 「すみませんが、まだ、素材があるようでしたら、何か作っていただいていいですか?」

 「今。魔獣の消し炭を粉にしてもらってるところで、それを分離したら、他の素材と合わせて腎臓病の薬を作ります」

 「有難うございま……えっ? お若いのにそんな高度な術まで?」

 「私、長命人種なんです」

 「失礼しました。よろしくお願いします」


 「あのー、私、もう完治したそうなんで【操水】でできるコトがあれば、お手伝いしますよ」

 年配の女性に声を掛けられ、アウェッラーナは【飛翔する(フクロウ)】学派の呪医プーフを見た。呪医は元患者に会釈して言う。

 「有難うございます。ご無理のない範囲で、お願いします」

 「診療所のみなさんには、いつもお世話になってますから」

 女性がにっこり笑って先に調剤室へ向かう。

 薬師(くすし)アウェッラーナも慌てて後を追った。



 「薬師のお姉さん、傷薬の名札、みんな付け終わりました!」

 「有難う。これ、名札が見える向きで重ねて、この棚に仕舞ってくれるかな?」

 「はーい!」

 弟が元気よく応じ、傷薬を入れたレジ籠を抱えて棚の前に移動した。


 「私は何しましょうかね?」

 「擂り潰した魔獣の消し炭を結晶と粉に分けて、この瓶に入れてもらっていいですか?」

 「お安いご用よ。お水はどこかしら?」

 「そこ」

 兄が木槌で部屋の隅を示す。


 年配の女性は、水瓶の中身に力ある言葉で命じ、大皿に盛られた魔獣の消し炭を掬い取った。片手鍋一杯分程の水塊が、あっという間に黒く濁る。まず、赤い結晶を瓶型プラ容器に排出させた。


 薬師(くすし)アウェッラーナも【操水】で深皿一杯分の水を汲む。

 薬草を三束入れて宙で煮込んだ。調剤室に苦みのある草の匂いが充満する。出涸らしを捨て、更に煮詰めた汁を深皿に注ぐ。


 棚から中間素材の瓶を取り、薬匙(やくさじ)で計って小皿に盛る。

 樹皮から抽出した黄色い粉に魔獣の消し炭の黒い粉を足し、均等になるまでしっかり混ぜた。薬草の煮汁を薬匙で計って粉と混ぜ合わせる。

 粘土状になったところで、呪文を唱えた。


 「()(よろい) 魔の炭互物(ごぶつ) 一杯(ひとはた)の土に根を張る草の液

  (ひびら)く身 もつれ絡んだ糸の道 (ほど)き熱取れ 渾和(こんわ)せよ」


 皿の中で粘土状の薬が泡立ち、大豆の半分くらいの粒に分かれて丸くなる。

 小皿を軽く揺すると、暗灰緑の丸薬がコロコロ転がった。瓶型プラ容器に名札を付けて丸薬を入れる。


 ……流石にこれは、一気に大量生産するの、無理ね。


 この薬は、単に服用しただけでは薬効を発揮しない。それどころか、魔獣の消し炭による深刻な副作用が出る。

 一粒飲んでから、症状に応じて【飛翔する(フクロウ)】学派の術を掛けて、副作用を抑えつつ薬効を引き出す必要があった。

 この調合なら、大抵の腎臓病が即座に完治する。魔獣の消し炭と組合せる素材を変えれば、感染性腸炎の治療薬にもなるが、今はその素材がなかった。


 術と魔法薬、どちらか一方では効果を発揮しないが、腎不全も完治する為、呪医が存在する魔法文明圏では、科学文明圏のような臓器移植は実施する必要がなかった。人工透析は一部で実施するが、呪医の数が少ない為、治療の順番を待つ間の一時的なものだ。


 この一回で生成できた魔法薬は十五粒。腎臓病患者十五人の命が助かる。

 難民キャンプでは、この第二十九診療所にしか常勤の【飛翔する(フクロウ)】学派の呪医が居ない。

 他の区画に住む腎臓病患者は、対症療法で時間稼ぎして、巡回医の到着を待つしかないのがもどかしかった。


 ……でも、あるだけ全部作ろう。


 弟は傷薬を片付け終え、ビニール袋の中で魔獣の消し炭を割り始める。

 年配の女性が、水に混じった魔獣の消し炭の粉をプラ容器に排出し、清水を水瓶に戻した。木箱に腰を下ろして大きく息を吐く。

 「ちょっと……休憩させてちょうだいね」

 「どうぞ」

 アルキオーネが干し杏の袋を開けて差し出す。

 「えッ? いいんですか?」

 「どうぞどうぞ。君たちも」

 一人一個ずつ口に入れ、作業を続ける。

 口に広がる杏の甘酸っぱさで、ほんの気持ち程度、疲れが取れた。


 ……どうせここで作るんなら、【保冷布】で乳脂(バター)とか持って来ればよかった。


 パテンス神殿信徒会の女性は元魔装警官だと言ったが、退職から何年経ったか不明だ。戦闘の勘を取り戻せず、彼女が捕食されたら、魔獣が強化されて手が付けられなくなるだろう。


 第三十四診療所から、産官学合同調査隊に連絡できるが、警備員は大森林の奥地から引返せるのか。


 状況が全くわからず不安しかないが、今はとにかく、呪医プーフの負担を減らす為、魔法薬を作った。

☆魔装警官だったボランティア……「2073.出られない間」参照

☆科学文明圏のような臓器移植……「716.保存と保護は」参照

☆第三十四診療所から、産官学合同調査隊に連絡できる……「1966.救援の調査隊」参照

☆産官学合同調査隊……「1921.産官学調査隊」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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