表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2125/3516

2074.下処理の分業

 「俺たち、看護師の息子です。父にお姉さんたちを手伝えって言われました」

 十五、六歳の少年が言い、十歳くらいの少年が頷いた。


 「えっと、じゃあ、そのお薬を診察室へ持って行って、魔獣の消し炭を下処理する道具、革袋と木槌がどこにあるか、教えてもらえるかな?」

 薬師(くすし)アウェッラーナが、魔獣の消し炭が詰まったビニール袋を抱えて聞くと、茶髪の兄弟は元気よく返事した。傷薬と咳止めを入れたレジ籠を持って、診察室へ駆けてゆく。


 アルキオーネが、眉を(ひそ)めて看護師の息子たちの背中を見送る。

 「今まで呪医(せんせい)の手伝い、してなかったってコト?」

 「さあ? でも、まだ子供ですし」

 「でも、パン屋のコたちは、小学生でもあなたの手伝い、してるんでしょ?」

 「えぇ、まぁ、やむを得ず手伝ってもらったコトはありますけど」

 「あ、別に責めてるんじゃないの。ここも人手不足なのにどうして手伝わせないのかなって」

 「採取と枯葉取りと、水抜きまでは手伝ってもらってるみたいですよ」


 他所の事情など、(はた)から見てわかるものではない。そして、世の中には知らない方がいいコトもあるのだ。


 兄がバケツくらいある直方体の缶を抱えて戻り、作業机の脇に十八リットル入りの四角い缶を置いた。

 「これ、菜種油です。昼前にモルコーヴ議員が来て、いつもの補充の他に寄付があったって」


 弟は少し遅れてタオルを持ってきた。畳んだタオルを机に乗せて言う。

 「魔獣の消し炭潰す時、革袋の下に敷いて下さいって」

 机の抽斗(ひきだし)から木槌と革の巾着袋を出し、アウェッラーナに手渡した。

 「有難う。えっと、まだ、怪我人は来てない?」

 よく似た顔の少年二人は同時に頷いた。


 患者が診療所から溢れ、台所まで入ったが、今は落ち着いた様子で静かだ。


 兄の方に聞いてみる。

 「あなたは、魔獣の消し炭を下処理したコトある?」

 「全然。虫とか薬草とか採って、枯れたとこ捨てるのしか」

 「力なき民だし」

 弟が兄の後ろに隠れて言った。


 「そう。乳鉢と乳棒って、もう一組ある?」

 「呪医(せんせい)一人だから多分、一個しかないと思います」

 「そう。じゃあ、魔獣の消し炭をこぼさないようにビニール袋の中で割って、革袋に入れて口を(くく)って、木槌でそっと叩いて粉々にしてもらっていい?」

 「はい!」

 兄は元気よく返事して、早速、袋越しに消し炭を掴んで割り始めた。


 弟が兄を羨ましそうに見る。

 「僕は何したらいいですか?」

 「まず、この容れ物の蓋を開けて机に並べて、この紙にこう書いて……蓋と本体に挿し込んでくれるかな?」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、先程と同じ直方体のプラ容器をひとつ見本にして、机に置いた。

 「今から傷薬を入れるから、蓋してレジ籠に入れて欲しいんだけど、いい?」

 「はい!」

 弟は段ボール箱からプラ容器を幾つも出して机に並べ、名札用紙に「傷薬:加工日」と今日の日付を書き始めた。(つたな)いが、丁寧な字だ。

 薬師アウェッラーナは、棚から薬草が詰まった四十五リットルのビニール袋を四つ取り、十八リットル入りの油缶を開封した。


 「元は根を張る仲間たち 土に根を張る仲間たち

  油ゆらゆら たゆたい馴染め

  緑の仲間と生命結(いのちゆ)い 溶け合い結ぶ生命の()

  (もと)はひとつの生命の根 結び(とど)めよ 現世(うつよ)の内に」


 袋から次々と薬草を掴み出しては、宙で生き物のように動く菜種油に取り込ませる。兄弟の手が止まり、緑色に染まった油を目を丸くして見詰める。


 「早く蓋開けて容れ物並べて」

 アルキオーネから声が飛び、弟が慌てて蓋を開ける。

 二袋分の薬草と菜種油が霊的に結合して溶け合い、緑色の軟膏になった。弟の並べた容器を傷薬が次々に満たしてゆく。

 兄が木槌を置き、傷薬に蓋をしてA5判くらいの容器を重ねた。空いた場所に弟が空き容器を並べるが、並べる端から傷薬で満ちる。

 アルキオーネが床にレジ籠を並べ、兄が蓋を閉めた容器を入れる。


 「急がなくていいので、さっきみたいに読みやすい字で書いて、名札を付けて下さいね」

 「は、はい、頑張ります」

 弟が顔を引き攣らせてペンを取る。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、油缶に蓋をして、再び大皿いっぱいになった地虫の粉を熱冷ましに変えた。それでも、瓶型プラ容器はまだまだ余裕がある。


 「アルキオーネさん、魔獣の消し炭を粉にしてもらっていいですか?」

 「いいわよ」

 黒髪の歌姫は、少年から革袋を受取り、深皿に中身を出した。

 「この赤い粒は何?」

 アルキオーネが、胡麻の半分くらいの大きさの赤い粒を指差す。

 「魔力が結晶化したものです。【魔道士の涙】になる途中で、これも別の中間素材になります。【操水】で分離するので、気にせず擂り潰して下さい」

 「わかったわ」

 革袋を少年に返し、作業に取り掛かる。


 弟は名札を付け終えた傷薬を別のレジ籠に移し始めた。

 兄が革袋の口を左手で握り、右手の木槌で軽く叩いて魔獣の消し炭を細かく割ってゆく。


 アウェッラーナは、瓶型プラ容器を二本取り、それぞれ「魔獣の結晶」「魔獣の消し炭」の名札を挿し込んだ。少し考えて「魔獣の消し炭(結晶含有)」の瓶も二本用意する。

 机の空いた場所に蓋を外したプラ容器を並べた。

 「残りの油も傷薬に変えます。蓋とかお願いしますね」

 「俺がするから、お前は名札書いとけ」

 「うん」

 兄は革袋の中身を深皿にあけ、調剤室の隅からプラ容器を段ボール箱ごと持ってきた。


 アウェッラーナは、力ある言葉で菜種油に命じ、宙に浮かせて薬草を取り込ませる。たった二回の処理で、植物油十八リットル分もの傷薬を調合できるようになったのは、ドーシチ市の屋敷とネモラリス島北部の村で、大量生産の経験を積んだお陰だ。

 アガート病院で働いた平和な頃とは、同じ術でも魔力の巡らせ方が変わった。


 ……このやり方、大学で教えてくれればよかったのに。


 だが、アウェッラーナ自身、この感覚を他人に伝える言葉が見つからない。


 兄弟が息の合った連携で、充填済みの容器をレジ籠に片付け、空容器を机に並べる。アルキオーネは黙々と魔獣の消し炭を擂り潰し続けた。


 アウェッラーナは緑色の軟膏を容器に移し終え、大皿に盛られた魔獣の消し炭の粉を【操水】で、赤い結晶と黒い粉末に分離する。それぞれ別の瓶型プラ容器に収め、きっちり蓋をした。

 赤い結晶は、魔法薬そのものの素材ではなく、加工時の触媒になる。

 魔獣の消し炭の粉末は、魔法薬としては劇薬に指定される。腸炎や腎臓病など、魔法薬の中間素材だけでなく、呪符用インクの基本素材でもあった。


 単に擂り潰しておくだけでも、呪医プーフの負担はかなり減るだろう。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、名札を付け終えた傷薬の籠を持って診察室へ出た。

☆俺たち、看護師の息子……「1591.区画間の格差」「1592.勉強しない訳」「2025.研修の休養日」参照

☆ドーシチ市の屋敷……「0230.組合長の屋敷」~「0232.過剰なノルマ」、「0245.膨大な作業量」「0262.薄紅の花の下」「0266.初めての授業」参照

☆ネモラリス島北部の村……「1271.疲弊した薬師(くすし)」「1284.過労で寝込む」~「1286.接種状況報告」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ