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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2071.見習いの焦り

 「胃薬は二種類用意しましたが、作用が逆なので、間違って処方しないよう、くれぐれも注意して下さい」

 「逆に飲んだら、どうなるんですか?」

 薬師(くすし)見習いの少年が、胸ポケットから手帳を出して聞く。


 薬師アウェッラーナは、知識を求めて輝く青い瞳に応えた。

 「消化不良対応の胃薬には、胃酸の分泌を促す作用があります。これを胃酸過多やストレスなどによる胃痛や胃炎、潰瘍などの患者さんに飲ませると……どうなると思います?」

 「えっ? えっと、悪化して胃に穴が開く……とかですか?」

 「そうです。胃酸は塩酸ですが、健康な胃は粘膜で保護されるので普段は無事です。でも、胃酸が出過ぎたり、病気やストレスに晒されたりすると、五秒くらいで潰瘍ができるコトがあります」


 少年は、真剣な表情で手帳にメモする。


 アウェッラーナは、改めて第十八診療所の調剤室を見回した。

 魔導書どころか、本が一冊もない。


 「お薬の作り方、どうやって習ってるんですか?」

 「夜遅くに作業しながら、その作業に関係あるコトを少しずつ教わってます。だから、いつでもメモできるようにボランティアの人がくれた手帳、ポケットに入れてるんです」

 「勉強の本、あった方がいいですよね?」

 「忙しくて、読む時間ないと思いますよ」

 少年が申し訳なさそうに目を伏せる。


 ……確か、ファーキルさんが応急処置と感染予防、ファイルにまとめてたわね。


 集会所での研修教材だが、見習の少年もこの忙しさでは、集会所へ行けないのだろう。

 アウェッラーナは、手帳にメモして言った。

 「診療所のお手伝いに必要な最低限のコトだけは、きちんと勉強した方がいいと思いますよ。後で仲間に頼んで持って来てもらいますね」

 「最低限のコトって、何ですか?」

 少年が、プロの薬師(くすし)に不安な目を向ける。


 「感染対策と素人でもできる応急処置です」

 「あッ……知らなかったらダメですよね。診療所で邪魔になるだけみたいな」

 「診療所のお手伝いをする信徒会の者も、事前に一通り研修を受けましたよ」

 パテンス神殿信徒会の女性が、薬草から枯葉を取除きながら言う。


 作業机の大皿には虫綿が盛られ、別の皿には水抜き済みの薬草が山盛りだ。


 「その研修資料は、ちゃんとした本じゃなくて、一般の人向けの情報を印刷してファイルに綴じただけですから、書込みしても大丈夫ですよ」

 「いいんですか?」

 「えぇ。アミトスチグマ王国の役所が、医学の勉強をしたコトがない人向けに、わかりやすくまとめて無料公開したものです。ページ数もそんなに多くないので、すぐ読み終わると思いますよ」


 少年の肩からほんの少し力が抜けた。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、魔法薬の種類と数量を少年と確認し、ひとつひとつ、効果と副作用などの注意点、必要な素材を説明する。

 少年は、乾いた砂に水が染み込むような貪欲さで知識を求めた。


 「これの下処理って、素人でもできますか?」

 「最初の、木の皮をナイフで削って細かくするのはできます」

 「最初の? 下処理っていっぱいあるんですか?」

 「モノによりますけど、これは細かくした樹皮を【操水】で加熱して成分を煮出しながら、【思考する(フクロウ)】学派の【抽出】の術で薬効成分を抜き取って、中間素材を作る工程がありますね」


 薬師アウェッラーナは、棚からプラ容器をひとつ取った。


 「この黄色い粉が、そうやって作った中間素材です。【操水】で熱と魔力の圧を掛けながら、同時に別の術を使って抽出するので、かなり訓練が必要です」

 「僕、できるようになるのかな?」

 少年のメモを取る手が止まる。


 「まだ、修業を始めたばかりですよね?」

 「は、はい。今年の六月一日に来たんですけど、手伝うどころか邪魔にしかなってない気がして、早く先生やみんなの役に立ちたいんです」

 少年の表情は、真剣を通り越して悲愴だ。


 「あなたが今できるコトをするだけで、先生はかなり助かってますよ。例えば、お掃除とか」

 「掃除が、ですか?」

 たかがそれしきのコトがと不信の眼差しを向けられたが、アウェッラーナは少年の視線を真っ直ぐ受け止めて言った。


 「調剤室に埃が溜まっていると、異物混入が発生しやすくなりますし、ダニとかが涌いて、素材を食べられてしまいます。混入した異物がダニの身体や糞なら、お薬を使った人にアレルギーの症状が出る危険性があるんですよ」

 「えッ……掃除、そんな重要だったんですか」

 少年の青い目が、驚きに見開かれる。


 「そうです。掃除は見た目をキレイにする為だけではなく、衛生管理の一環で、重要なお仕事です。大きい病院では、専門の業者が掃除と消毒をするんですよ。簡単な作業もそうです」

 「えッ? どうしてですか?」

 「薬草の虫綿と枯葉を取って仕分けするの、薬師(くすし)の先生が一人で全部したら、何日掛かると思いますか?」

 「えっ? あッ……!」

 少年が、その処理をする二人に目を向ける。


 水抜き済みの薬草は大皿に乗らなくなり、レジ籠に移してあった。それも二杯がいっぱいで、三杯目も半分近く埋まる。

 作業机の大皿二枚は、虫綿が山盛りだ。

 アルキオーネと信徒会の女性は黙々と手を動かす。

 干し杏の袋が、いつの間にか机に出してあった。


 「私が居た大きい病院でも、こう言う下処理をする専門のパートさんが何人も雇われていました。おカネを払ってでも、してもらいたい仕事です」

 「おカネを払う……仕事」

 「あなたが、魔法ではできない単純作業を手伝うから、先生は魔法でしかできない作業に集中できるんですよ」


 「今日、私たちが手伝って浮いた時間、勉強に回せばいいのよ。さっき聞いた話をノートに清書してまとめるとか」

 アルキオーネが立ち上がり、腰を伸ばして言う。


 信徒会の女性が、乾燥させた薬草の籠を棚の最下段に置き、机の下を指差した。

 「そこの籠四杯分は、枯葉を取っただけで未分類です」

 「見本はこれね」

 アルキオーネが、水薬用の空容器を花瓶代わりにして、虫綿付きの薬草を挿して机に置く。


 「水に挿しておけば、一週間か十日は(しお)れません。どの(みち)、植物油が足りませんから、焦らず、しっかり確認して仕分けましょう」

 アウェッラーナが言うと、少年は何故か泣きそうな顔で頷いた。

☆応急処置と感染予防、ファイルにまとめて……「1599.手に入る教材」参照

☆下処理をする専門のパートさん……「391.孤独な物思い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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