表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2121/3518

2070.見習いと確認

 薬師(くすし)アウェッラーナは、パテンス神殿信徒会の女性に手を引かれ、患者でごった返す第七診療所を出た。【跳躍】用の広場まで無言で引っ張られ、問答無用で第十八区画へ跳ぶ。


 「お掃除まで、有難うございました」

 「いえ、お気になさらず。棚の裏に雑妖が居たものですから」


 小屋に掛けた【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の護法では、外部からの侵入は防げても、内部での発生は防げない。

 あの水の濁り具合からすると、診療所の完成以来、二年近く掃除すらできない忙しさだったようだ。


 「他もこんな調子ですから、診療は手伝わず、とにかくどんどん渡しましょう」

 「説明待ってる間にできるコトがあったらやっとくから」

 「有難うございます。急ぎましょう」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、信徒会の女性と黒髪の歌姫アルキオーネに応え、歩調を上げた。



 第十八診療所は、常勤薬師も診察で忙しい。

 「えッ? いつものとは別に補充? 有難うございます! 一番奥の部屋に見習いが居ますんで、その子に渡して下さい」

 常勤薬師は、早口に言ってすぐ患者へ向き直り、【見診】を唱えた。


 三人は朝食の跡片付けを邪魔しないよう、台所を素早くすり抜け、廊下の突き当りへ進む。ノックすると、中学生くらいの少年が顔を出した。

 「おはようございます。魔法薬と中間素材を持ってきました」

 「えっと、あの、先生は今、診察中で」

 アウェッラーナが来意を告げると、金髪の少年は、廊下の向こうに青い目を向けて、泣きそうな顔になった。

 二人の外見年齢は同じくらいだが、少年は長命人種の大人ではないようだ。


 「薬師(くすし)の先生にこの部屋へ置くように言われたんです」

 「納品を確認する間、素人でもできる作業があったら手伝うわよ」

 アルキオーネが言うと、少年は息を呑んで首を横に振った。

 「作業も修行の内なんで、手伝ってもらうなんてとんでもない」

 「えっ?ダメなの? じゃあ何もしないから早く通して」

 アルキオーネが少し残念そうに言うと、少年は扉を開放した。



 傷薬になる薬草の匂いが廊下に溢れ、(くさむら)に足を踏み込んだような心地になる。

 作業机には薬草が山盛りで、机の周囲には膨らんだ布袋が幾つも転がる。


 アルキオーネが目を丸くした。

 「えっ? これ全部、あなた一人で下処理するの?」

 「はい。薬草の目利きの練習も兼ねて、虫綿付きとそうじゃないのを分けて、虫綿付きを見本にして、持って来てくれたのが薬草か、似てるけど違う草か、見分けるんです」

 少年は机から一本ずつ取って、三人に見せた。虫綿がないものは、よく似た別の草だ。


 「仕分けが済んだ分の枯葉とか、取っとこうか?」

 「えッ? いえ」

 「その作業は、目利きも魔法も関係ありませんよ。それより、処理が遅れて(しお)れたら、傷薬の品質が下がりますから、早めに水抜きの工程に進んだ方がいいです」

 アウェッラーナがプロとして助言すると、少年は緑髪の少女をまじまじと見た。

 諦めて、(えり)の中から【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を引っ張り出す。

 「私、長命人種の大人です。先に納品の確認をお願いします」


 「仕分けが済んだのって、どれ?」

 アルキオーネが机の傍へ行く。

 パテンス神殿信徒会の女性が、部屋を見回して微笑んだ。

 「お掃除、頑張ってるんですね。凄くキレイです」

 「は、はい。そのくらいしかできないし、汚いとこで薬作るの、なんかヤバそうなんで」

 少年の困惑した顔に(かす)かな笑みが混じった。

 「では【操水】はきちんと使いこなせるんですね。枯葉を取り終わった分は、私が水抜きしましょう」

 信徒会の女性が言うと、少年は薬師(くすし)アウェッラーナの顔色を窺った。


 「納品確認でお時間いただきますから、その分、少しでも作業を進めた方がいいですよ」

 「は、はい。あの、すみませんけど、お願いします」

 少年は二人にぺこりとお辞儀して、スーパーマーケットのロゴが入ったレジ籠をふたつ指差した。

 「こっちは虫綿付きで、こっちはなしの薬草です。違うっぽいのはビニール袋に入れて、後で先生に見てもらいます」

 「虫綿、見本に一本だけ残して、他は外していいわよね?」

 「は、はい。お願いします」

 アルキオーネの口調は、質問ではなく確認だ。少年はこくこく頷いた。


 黒髪の歌姫アルキオーネが、【軽量】の袋を床に置き、オリーブ油を一本、少年に差し出す。

 「はい、傷薬の材料」

 「は、はい! 有難うございます」

 受取って棚に目を走らせるが、少年は一リットルのガラス瓶を抱えて動かない。


 「落として割らないようになるべく下の段で、横向きに置くといいですよ」

 アウェッラーナが空っぽの棚の最下段を指差すと、少年は言われた通り、瓶を横倒しで置いた。注ぎ口が棚板からはみ出し、通路に突き出る。

 「その向きだと、瓶の口に足を引っ掛けてしまうので、棚の中に収まるように横に向けた方が安全ですよ」

 「ご、ごめんなさい」

 少年がアウェッラーナに怯えた目を向ける。

 「いいんですよ。普通のお店やおうちは立てて置きますから、知らなくて当たり前です」


 アウェッラーナは、威圧感を与えないように微笑を浮かべて言うと、納品する箱を出した。

 少年に一覧表を渡し、何になる素材か説明しながら棚に片付ける。

 「先生は普段、足りない素材について、何か言ってませんか?」

 「昨日は植物油が欲しいって言ってました。ツナ缶の油は大豆油だけど、魚油が混ざって使えないからって」


 住民たちがせっせと傷薬の材料を持ち込むのは、それだけ負傷者が多いからだろう。呪歌【癒しの風】の歌い手が増えたとは言え、傷薬の方が呪歌より深い傷に対応できる。

 だが、植物油がなければ、傷薬は作れないのだ。

 手帳に控え、説明と片付けを続ける。

 少年は一覧表に鉛筆でメモしてから、中間素材を棚に収めた。



 「完成品の魔法薬は、確認だけしてすぐ診療所へ持って行きますね」

 「はい、お願いします」

 空のレジ籠に段ボール箱の中身を空けると、半分にしかならなかった。

 確認済みのものを別のレジ籠に移してゆく。


 「この紙袋は、熱冷ましの粉薬が標準使用量一回分ずつ、薬包紙(やくほうし)で小分けにして入ってます」

 「紙袋はどれも粉薬なんですか?」

 「そうです。どれも、大人の標準使用量一回分ずつです」


 間違えないよう、紙袋の色と、薬包紙に薬品名と加工日、内容量を書いたペンの色も変えてあった。

☆植物油がなければ、傷薬は作れない……「0009.薬師の手伝い」参照

☆濃縮傷薬……「619.心からの祈り」「620.ふたつの情報」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ