0211.森で素材集め
魔法使いは各組に一人ずつ居た方がいい。
薬師アウェッラーナは薬草の同定係として森へ、クルィーロは居残り組だ。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフは用心棒、パン屋のレノは、薬草を摘むついでに食材を探す。
自治区民のアミエーラは、細工物の素材として蔓草を採り来た。
ロークが採取組に加えられたのは、単に【魔除け】を持つからだ。
六人が森の手前に着くと同時に、天気予報の曲が流れた。
妹にせがまれて、クルィーロがレコードをかけたらしい。
女の子たちは横一列に並んで曲を聴く。その後ろにクルィーロ。メドヴェージと端末に充電するファーキルは、少し離れた場所で聴くようだ。
ロークが森の奥を覗くと、下生えの影に雑妖が犇めくのが視える。日射しを避けて身を寄せ合い、押し合いへしあい、押し出されたモノが、日に当たって声もなく消えた。
視える範囲に魔物や魔獣は居ないようだ。
ロークは少し安心して、アウェッラーナの指示通りに薬草を摘み始めた。最初の説明以外、誰も喋らず、天気予報の歌に耳を傾けながら、黙々と草を摘む。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフは、交代で見張りと薬草摘みをする。
アミエーラは絡み合う蔓草を引っ張り、根元付近を鋏で手際良く切った。葉をこそぎ落とし、蔓だけにしてゴミ袋に集める。
ロークは、森の中で何か物音がする度にびくりとして顔を上げる。
ヴィユノークがくれた【魔除け】のお陰で、雑妖は寄って来ないが、それでも怖いものは怖い。何ともないと分かるまで薬草摘みを再開できなかった。
レコードが終わり、クルィーロが発電機を止める。辺りが急に静かになった。
新品のゴミ袋五枚分の薬草と、一枚分の蔓、もう一枚には、レノが集めた食べられる草がいっぱいに詰まった。
アウェッラーナが術で薬草の水分を抜き、その水でみんなの手を洗ってくれる。青臭さは少し残ったが、緑色の染みはキレイに落ちた。
ゴミ袋二袋分に嵩を減じた薬草を前にして、女性二人が話し合う。
「油が足りないので、これ全部はお薬にできませんけど……」
「油と容れ物はお客さんに用意してもらって、アウェッラーナさんが目の前で作れば、安心して買ってもらえそうですよ」
「薬草単体では売れないものなのか?」
「お薬を作れない人が、薬草だけ買っても何にもなりませんし……」
ソルニャーク隊長の質問に湖の民の薬師が残念そうに答える。
レノが明るい声で言った。
「でも、食べられる草もいっぱい採れたから、今夜は野菜スープをたらふく食べられるぞ」
……雑草スープが、野菜スープ扱いになっちゃうんだ。
ロークは、先月までの普通の暮らしとの落差に愕然とした。
「すっげぇ! ご馳走だ!」
「よかったな」
少年兵モーフが無邪気に喜び、隊長は微笑ましげに目を細める。
どうやら、レノの目利きを労う為ではなく、彼らには本気で、雑草スープがご馳走に見えるらしい。
「自治区では、これ、どう料理してんだ?」
「そのまま食う!」
「うちは、塩で揉んで食べてました」
レノが聞くと、モーフが元気いっぱいに答え、アミエーラは控えめに言った。
「兄ちゃんちじゃ、どうやって食ってたんだ?」
「パン生地に混ぜて焼いたり、スープに入れたり、油で揚げたり、色々だな」
問い返した少年兵に答えながら、パン屋の青年の瞳が僅かに翳った。
「今は油が足りないから、揚げ物は無理だけど、それ以外ならできるよ。いっぱいあるし、全部作ろうか?」
レノの提案に、少年兵モーフが小躍りして早く帰ろうと隊長を急かす。苦笑を浮かべ、撤収の手を早めた。
……あれっ? パン屋さんも雑草食べてたのか?
レノの実家の椿屋は、ヴィユノークが教えてくれた「スカラー区のおいしいパン屋さん」だ。
あんなおいしいパン屋なのに雑草を食べなければならない程、生活が苦しかったのだろうか。
……まぁ、一個の値段が安かったしなぁ。
自治区に出入りする隠れ信徒から聞かされた酷い話を思い出した。
あの頃は、彼らの話がどこまで本当なのか、確める術がなかった。
今は違う。
雑草をご馳走だと喜ぶ笑顔のあまりの眩しさに、ロークは我知らず目を伏せた。
「そろそろ戻ろう」
ソルニャーク隊長に声を掛けられたが、ロークは顔を上げられず、黙ってついて行った。
トラックに戻ると、メドヴェージとファーキルが見張りに立ち、他の四人は荷台で何かする。
「ただいまー」
レノが声を掛けると、ピナティフィダとエランティスが飛び出した。
兄に抱きつき、無事を喜ぶ。
「あのね、今ね、パン屋さんの看板作ってるの」
「パン屋さんの看板?」
「うん!」
兄に聞かれ、小学生の妹は荷台に飛び乗った。作りかけの看板を手に駆け戻る。
段ボール箱の蓋を土台にして、文字やパンの形に切り抜いたコピー用紙を貼り付けてある。白いコピー用紙は、段ボールの茶色の上でよく目立った。
「それでね、今ね、パン屋さんのお名前、どうしようかって言ってたの」
「店の……名前……」
レノの唇から、魂が漏れだすような声が滲み出た。
……あっ……!
ロークは言葉を失い、兄妹を見た。
彼らの実家の店は、星の道義勇軍によるテロで焼失した。
……店名ったって、パン作んの、あの兄妹だし、元の店名でいいんじゃないか?
「あのね、おうちのお店じゃなくって、みんなでトラックのお店をするから、何か、お兄ちゃんにイイお名前考えて欲しいなって」
大地の色をした髪が、まだ冷たい春風にふわりと揺れた。
三兄姉妹の真ん中、ピナティフィダは黙って兄と妹を見守る。
「俺が決めちゃって、いいのか?」
レノがみんなを見回す。
真っ先に、工員クルィーロとアマナの兄妹が頷いた。
湖の民の薬師アウェッラーナと、自治区民の針子アミエーラにも異論はないらしく、こくりと首を縦に振る。
メドヴェージは「兄ちゃん、店長だろ。任せたぜ」と笑い、少年兵モーフは、ソルニャーク隊長が首肯するのを見て、頷いた。
ラクリマリス人のファーキル少年は、半ば部外者気分なのだろう。身振りで「どうぞ、どうぞ」と促す。
パン屋の姉妹ピナティフィダとエランティスが、兄を見詰めて返事を待つ。
最後にロークがレノの目を見て小さく頷くと、パン屋の青年は、考えながら口を開いた。
「えーっと……それじゃあ、店名は……」
☆ヴィユノークがくれた【魔除け】……「0048.決意と実行と」「0068.即席魔法使い」「0096.実家の地下室」参照
☆ヴィユノークが教えてくれた「スカラー区のおいしいパン屋さん」……「0034.高校生の嘆き」参照
☆自治区に出入りする隠れ信徒から聞かされた酷い話……「0035.隠れ一神教徒」参照
☆店は、星の道義勇軍によるテロで焼失……「0021.パン屋の息子」「0022.湖の畔を走る」参照




