2067.魔法薬の搬入
「本日は、パテンス神殿信徒会も、診療所へ物資を運んで下さるそうです」
アサコール党首が、支援者マリャーナ宅の朝食の席で、タブレット端末を見ながら言った。
昨夜届いたメールを読み上げる。
テキストは、後で極限られた関係者だけがアクセス可能なクラウドに上げ、この件に関して整理した情報は、信徒会が自前のホームページに掲載予定だ。
パテンス神殿信徒会は、飲料メーカーから空缶を寄付された。
潰してある為、再び蓋を閉められる缶でも、水筒代わりには使えない。
金属素材としては使えるが、難民キャンプでも日々、缶詰から空缶が出る。鍋や槍の穂先、ボウガンの矢などに加工するが、職人の数が足りず、使い切れない空缶が溜まる一方だ。
一方、チヌカルクル・ノチウ大陸東部の国々では金属需要が急増し、側溝の蓋などが盗まれる事件が発生する程だと言う。
パテンス神殿信徒会は、寄付された空缶を会員の伝手で企業に売却。その資金で【無尽袋】と【保存】の箱を調達した。冬の都農業協同組合から寄付された規格外の野菜は、こうして手に入れた【保存】の箱に下拵えして詰め、各診療所に配布するのだ。
現在は、ホームページで寄付を呼掛ける。
古着は既に充分ある為、空缶や保存食、書籍などを募る。
パテンス神殿信徒会本来の支援対象は、パテンス市内の生活困窮世帯、高齢や生まれつきの障碍、慢性疾患などで生活支援が必要な個人だ。
例えば、アミトスチグマ王国では、半視力を生まれつきの身体障碍と看做す。
彼らが防壁で守られた場所の外へ行く際、霊視力を持つ信徒会会員が付き添う。半視力は力なき民にしか生まれない為、【魔除け】などでちょっとした護衛を兼ねた外出支援を行うのだ。
……難民キャンプの支援ばかりできないのは、どこも同じなのね。
薬師アウェッラーナは、食後のお茶を飲みながら、こっそり溜息を吐いた。
「印を付けた区画が、魔法薬を作れる人が住んでるとこです」
ファーキルが簡易地図をくれた。他の組は、タブレット端末に地図を入れてあると言う。
アミエーラにも、同じ地図の別の箇所に印を付けたものを渡す。
「私はジェルヌィさんと一緒に、追加のスパイスと薬用茶を持って行くんです」
今日持って行くのは、熱中症予防のお茶だと言う。
順番待ちの脱水予防だ。通院患者にマグカップを持参してもらい、ボランティアが一定時間置きにお茶を出す。
新規の患者や忘れた者には、紙コップを出すが、急患以外は大抵、誰かから教えられて自分のマグカップを持ってきた。
「私は魔法薬と中間素材なんですけど、作れる人が居る区画が五カ所しかないなんて」
第七、十八、二十七、二十八、二十九区画の五カ所で、【飛翔する梟】学派の呪医はたった一人、残りは【思考する梟】学派の薬師だ。
森に近い区画ばかりなのは、薬草などの素材を調達しやすいからだろう。
他の区画でも、畑やプランターで薬草を栽培するが、巡回医療者の薬師が訪れた際、力なき民の医療者にも扱える魔法薬を作ってもらう為だ。
他の三組は、手分けして各区画を回り、アウェッラーナが作った魔法薬と広告収入で購入した医薬品を納品し、カルテと在庫状況を撮影する。
「信徒会の方々は今回も、下拵え済みの野菜を届けて下さるそうです」
ファーキルが、タブレット端末で前回の写真を見せてくれた。切って下茹でした南瓜を箱詰めする台所風景だ。
生物は、【無尽袋】に入れられない。
種子を蒔けば発芽する果実系の野菜や豆類、根を植えれば茎や葉が伸びる葉物野菜や芋類などは、一度に大量輸送できないのだ。だが、加工して「死んだ野菜」なら入れられる。
種子や再生可能な根などは、別の袋で届ける予定だ。
夏の都防壁門を出た所で、薬師アウェッラーナは、アサコール党首、アルキオーネ、ファーキルと手を繋いだ。
「難民キャンプは初めてなので、【跳躍】よろしくお願いします」
「こちらこそ、今日も一日、よろしくお願いします」
アサコール党首が呪文を唱えると、軽い目眩に続いて風景が変わった。
夏草が生い茂る草原に一筋の道が走る。
幌付きのピックアップトラックが、アウェッラーナたちの前で停まった。
「おはようございます! 熱中症のお薬、持ってきました」
「おはようございます。有難うございます」
「今日も一日、ご安全に」
背後のテントから次々と人が現れ、荷下ろしを始めた。
「パテンス神殿信徒会の皆さんです」
薬師アウェッラーナは、アサコール党首の一言で思い出した。
熱中症の魔法薬は日持ちしない為、信徒会の会員が毎朝、届けてくれるのだ。
アサコール党首が、パテンス神殿信徒会の腕章を巻いた女性に薬師アウェッラーナを紹介する。
「魔法薬と中間素材を作って下さった方です。今日は、できれば、中間素材の説明だけで、治療の手伝いをせずに回れますよう、よろしくお願いします」
「手伝ってたら今日中に回れませんものね……徽章は仕舞って下さいな」
「あッ! は、はい!」
女性に指摘され、アウェッラーナは慌てて徽章を襟の中に押し込んだ。コートのポケットから地図を出して広げる。
「今日はこの五カ所を回りたいんです。よろしくお願いします」
「いえいえ、たくさん作っていただいて助かります。アルキオーネさんもお手伝いしたんですって?」
「虫、擂り潰しましたよ。今日は荷物持ちですけどね」
アルキオーネは【軽量】の袋に干し杏十キロとオリーブ油一リットル瓶を五本入れて来た。
最近ユアキャストに実装された「投げ銭」昨日で、ファンから寄付を受けて買ったものだ。
「じゃ、熱中症の患者さんが来る前に行きましょう」
女性は二人と手を繋ぎ、【跳躍】を唱えた。




