2066.僅かな魔法薬
二週間以上掛けてやっと難民キャンプ用の魔法薬が完成した。
途中で三度、素材の補充があった為、予定がずれてしまった。
素材の多くは、難民キャンプで採れたものだ。
薬包紙とプラ容器は、マリャーナがポケットマネーで用意してくれた。
マリャーナ宅の一室は、完成した薬を入れた木箱と、分配用の段ボール箱、空になった材料や容器の箱でいっぱいだ。
下拵えを手伝ったアルキオーネとタイゲタが、一覧表で確認しながら、診療所用の段ボール箱三十五個に詰めてゆく。
各診療所へ分配用する箱は、救急箱より一回り大きい程度で片手でも持てる。
「あんな頑張ったのに均等に分けたら、こんなちょっとにしかならないなんて」
「これで一万人分なんて、絶対足りるワケないわよね」
箱の蓋を交互に組みながら、歌手の少女二人がボヤく。
「でも、昨日、ファーキルさんとアサコール党首が、先に濃縮傷薬だけ納品しに行ってくれましたし」
薬師アウェッラーナも箱詰めしながら言うが、二人はそれでも足りないと言う。
難民キャンプは区画の大きさが不揃いだ。
人口もまちまちで、少ない区画は七千人余り、多い所では一万二千人余りが入居し、全三十五区画で約四十万人が暮らす。
ファーキルが動画の広告収入で購入した分と、企業や一般人などからの寄付を合せても、全く足りないコトくらい、薬師アウェッラーナも承知の上だ。
「でも、完璧にできないなら何もしないって言うのは、少しでも助かる筈の人たちを切捨てて、誰も助からなくなるから、全然足りなくても、無駄なワケじゃないんですよ」
「それはまぁ、そうなんですけど」
「たったこれだけで、何人助かるのかなって」
歌手の少女二人は、釈然としない表情で作業を続ける。
「助かるのは、治療を受けた本人だけじゃありませんよ」
「えッ?」
少女二人の手が止まり、緑髪の薬師を不思議そうに見詰めた。
アウェッラーナは作業を続けながら言う。
「その人の家族や友達、同じ小屋で暮らす人たちは、みんな支えあって暮らしてますから」
「あぁ、そう言うコト」
「水汲みや畑仕事できる人が減ったら、残った人がキツいですもんね」
アルキオーネが拍子抜けし、タイゲタは納得して作業を再開した。
「作業の負担だけじゃなくて、気持ちの上でも」
薬師アウェッラーナは続きを飲み込んだ。
歌手の少女たちは、故郷や家族、友人などを自らの意思で一切捨てて来たのだ。
「そうね。私だって、アルキオーネちゃんたちが居なくなったらヤだもん」
「そうねぇ」
二人のしんみりした声にホッとして作業を続ける。
今、箱詰めする魔法薬は、十一種類ある。
毒消しが二種類。蛇用と蜂などの虫用をそれぞれ一回分ずつプラ容器に入れた。
科学の抗毒血清は、海蛇やコブラなど小種別や毒の種類別に必要だが、魔法薬なら「蛇毒」と言う大きな分類で対応できる。
飲み薬で、意識不明の患者でも【操水】で投与でき、温度管理の心配もない。
科学の抗毒血清は、薬液を注射で血管内に注入する為、素人や魔法使いの医療者には扱いが難しい。
化膿止めは、魔獣や野生動物による被害や、農作業中の負傷など、必要な症例が多い。
歌手の二人に翅を毟ってもらった虫は、血栓を溶かす薬にした。脳梗塞など幅広い症例に使える粉薬で、投与時には別の水薬と混ぜる。
地虫由来の熱冷ましは粉薬だ。作用が穏やかで量を加減しやすく、他の薬とも併用しやすい。一回分ずつ薬包紙に包み、ひとつずつ品名と内容量を書いた。
虫綿で作った咳止めも粉薬なので、薬包紙を熱冷ましとは別の紙袋に詰め、混入を防いだ上で箱に入れる。
降圧剤は、複数の素材を組合せて作る丸薬だ。症状や体質、体格などに応じて一回一錠から三錠服用する。プラ容器に入れ、本体と蓋両方にラベルを貼った。
一回一錠の患者だけなら一箱二百回分になるが、三錠の患者が多ければ、百回分にも満たない。しかもこれは、何カ月も服用を継続しなければならないのだ。
……でも、何もないより、ずっといいのよ。
不整脈を調整する心臓病の薬も錠剤だ。降圧剤とは違う色のプラ容器に詰め、誤用を防ぐ。
結石を溶かす薬は久し振りに作ったが、材料を無駄にせずできた。副作用で高熱が出る為、入院して内科医か【白き片翼】学派か、【飛翔する梟】学派の呪医の管理が必要だ。
胃薬は、胃酸過多用と胃酸不足用の二種類。間違って逆に使うと大変なことになる。これも誤用防止に容器の色を別にし、片方の錠剤には食紅で薄く着色して、蓋と本体にその旨、注意書きも貼った。
先に搬入してもらった濃縮傷薬と合せ、十二種類の魔法薬が完成した。
余った材料は、中間素材に加工する。品名、どんな処理をしたか、加工日のメモを添え、紙袋やプラ容器に詰めて木箱に収めた。
こちらは、【飛翔する梟】学派の呪医か【思考する梟】学派の薬師が常勤する診療所に渡す。
日中は忙しく、睡眠時間を削って魔法薬を作り、巡回医療者や、医学生のボランティアが来た日には、多少長く眠れると聞いた。
この僅かな魔法薬と中間素材で、魔法薬の作り手たちがどのくらい休めるのか。
……でも、私もずっと難民キャンプの支援ばかりはできないのよ。
この先、首都クレーヴェルに入って、ネミュス解放軍に協力すると言って兄アビエースと袂を分かった親戚を捜すのだ。
会ってどうするか、まだ心は定まらない。
何か決めたところで、実際に会えばどうなるか、全く予想できなかった。
そもそも、生存情報が昨年一月で最後なのだ。
見習いが作った小容量の【無尽袋】五枚に分けて入れる。
中間素材の木箱は少し説明が必要な為、アウェッラーナが持って行く。
残りは、アサコール党首、モルコーヴ議員、クラピーフニク議員、ジェルヌィの分に収めた。
「お疲れ様でした。有難うございます」
「私たちは全然」
「アウェッラーナさんこそ、お疲れ様でした」
歌手の少女二人も、手の肉刺が潰れるなどして、疲れなかった筈がない。だが、顔には全く疲労の色を出さなかった。
「明日、それ持ってくの私もついてっていいですか?」
「え? 私は構いませんけど、大丈夫ですか? 魔法」
「呪歌の手伝いで何回も行ってますから」
明日は、黒髪の歌姫アルキオーネと一緒に診療所回りに行くと決まった。
☆下拵えを手伝ったアルキオーネとタイゲタ/あんなに頑張った……「1998.擂り潰す素材」参照
☆人口もまちまち……「1927.細工物の先生」参照
☆ネミュス解放軍に協力すると言って兄アビエースと袂を分かった親戚……「825.たった一人で」~「827.分かたれた道」参照
☆生存情報が昨年一月で最後……「1620.学生らの脱出」「1621.得た手掛かり」参照
☆呪歌の手伝い……「928.呪歌に加わる」「929.慕われた人物」「1748.道守り見習い」~「1750.ないよりマシ」参照




