2059.芋畑の後始末
駐在武官セルジャントがどこからか駆け付け、瞬く間に樹棘蜥蜴の群を屠る。剣を抜き、死骸の尾を落とすと、別の生き物のように跳ねて血飛沫を撒き散らした。
「尾の肉は、食用になるのですよ」
「えぇ……?」
九死に一生を得た難民たちが、露骨に嫌な顔をする。
命懸けで救助に加わったアミトスチグマ王国の環境省職員レーシィだけが、興味津々で質問した。
「調理方法はどんな感じですか? 煮る焼く揚げる、何でも大丈夫ですか?」
「独特の臭みがありますからね。どの調理方法でもしっかり血抜きして、香草などをたっぷり使わなければ、厳しいですね」
「尻尾……凄く……大きいです」
「いや、それより早くお肉屋さん呼ばないと、死肉から新手が涌くって」
軽傷の難民たちが騒然とし、呪医セプテントリオーは八月の暑さを思い出した。
学生ボランティアがタブレット端末をつつき、すぐ目当ての情報をみつけて叫んだ。
「お肉屋さん、呼んできます!」
学生は早口に呪文を唱え、どこかへ跳んだ。
「えっ? 居場所、わかるんですか?」
レーシィが驚いて、ジャガイモ畑に残った学生ボランティアに聞く。学生も、驚いた顔で聞き返した。
「あれっ? 知りません? 専門家の名簿があるんですけど」
「初耳です」
「私も知りませんでした」
呪医セプテントリオーが言うと、駐在武官セルジャントも頷いた。
「どこの区画の何番の小屋に住んでるかだけで、呼称まではないんですけど」
「ほう。どこで手に入れたのです?」
セルジャントが学生に近付いて聞く。
呪医セプテントリオーは、後でファーキルに確認しようと、治療を再開した。
「治療が終わっても、帰らないで下さい」
「どうしてです?」
「感染の惧れがあります。診療所で化膿止めの魔法薬を飲んで下さい」
「そう言うコトですか」
「わかりましたけど、作業しても大丈夫ですか?」
「出血が酷かった方はやめて下さい。打撲だけだった方は、無理しない程度にどうぞ」
負傷者たちが何やら諦めた顔で頷く。
「パテンス神殿のボランティアセンターで登録したら、ダウンロードさせてもらえますよ」
「成程。誰でも登録できるのですか?」
「一応、身元の確認とかはありますけど、詳しいコトはパテンス神殿信徒会の偉い人に聞いて下さい」
セルジャント駐在武官が、学生から信徒会の連絡先を聞き出し、手帳に控える。
アミトスチグマ王国の役人レーシィもタブレット端末でメモし、荒れ果てたジャガイモ畑を見回して溜息を吐いた。
「また酷いコトに」
「収穫の最中だったんで、茎とかはもういいんですけどね」
「あぁ、そうでしたか。では、戦える人が居る間に全部掘りましょう」
「えッ? 手伝って下さるんですか?」
傷が癒えた軽傷の難民たちが、農具を拾って顔を綻ばせる。
「私は、畝が無事な所を全部出してきます」
「崩れた所は手作業になるんですね」
難民たちが畑を見回す。荒らされたのは三分の一程の面積だ。
「いえ、【操水】で土と芋を振り分けるんですよ。警備員さーん!」
レーシィが手を振る。
「すみませーん! ちょっと作業するんで、森の警戒、お願いしまーす!」
「いいですよー!」
警備員三人を雇ったのは、アミトスチグマ政府ではなくガルチーツァ製薬株式会社だが、快く応じて畑の端へ散った。
セルジャント駐在武官が、樹棘蜥蜴の尾を切り落として血抜きする。
「魔力を貸しましょう」
呪医セプテントリオーは、学生ボランティアと信徒会の女性を呼び、彼らに【魔力の水晶】を出させた。小さなものは、少し触れただけで魔力が満ち、強い輝きを宿す。
レーシィが【操水】による芋掘りのコツを教え、自分は無事な畝へ走った。
難民たちは散らばった芋を収穫籠に集める。
収穫に使うのは、太い蔓草で編んだ背負い籠と、スーパーマーケットが寄付した中古のレジ籠だ。
ボランティアたちは、森の傍にぶちまけられた水を回収し、畑に潜らせて土ごと浮かせた。水の力で芋と土が面白い程あっさり分離される。
掘り出した芋を傷が癒えた難民たちが、籠で拾い集めた。
学生ボランティアが、第十九区画の肉屋を連れて戻った。【弔う禿鷲】学派の術者が、セルジャント駐在武官に聞く。
「これが、ホントに食べられるんですか? 魔獣ですよね?」
駐在武官がレーシィにした説明を繰返す。
肉屋は納得して、動かなくなった樹棘蜥蜴の尾に触れた。
「でもこれ、鱗が硬くて呪文を書き込めませんね」
「では、剥がしましょう」
駐在武官セルジャントは、身と皮膚の間に剣を差し込み、手際よく剥いてゆく。
レーシィが、無事な畝の端にしゃがんで呪文を唱えると、ジャガイモの茎が自ら抜け、芋を地上に晒した。
難民たちが、ショッピングカートにジャガイモを積んで居住区へ運ぶ。復路では収穫の人手が増えた。
レーシィは畝一本につき、一度の詠唱で一気にジャガイモを収穫する。
「スゴい魔法ですね」
「これは【畑打つ雲雀】学派の【根堀り】の術で、芋の他、ニンジンなどの根菜類も掘り出せますが、コツさえ飲み込めば、【操水】で代用できますからね」
「えぇッ? でも、水汲みしなくていい分、便利そうですけど」
「どの途、芋を洗わなくてはいけませんから、手間はそう変わりませんよ」
【畑打つ雲雀】学派の術者レーシィは自嘲した。
「ちょっと会社に戻って【無尽袋】前借りしてきます」
警備員の一人が【跳躍】した。
芋を掘り出し終えたレーシィが、残った警備員に言う。
「こんな群が来るなんて、もっと護りを固めた方がよさそうですね」
「近くに巣ができてたんですよ」
「えぇッ?」
畑仕事中の難民が一人、樹棘蜥蜴に咥えられて連れ去られた。
彼が追跡したところ、ヘシ折った大木を鳥の巣のように組み合わせた物を発見。中には幼体が数匹居た。
難民が生餌として与えられる寸前で取り返したのだと言う。
「獲った餌が居なくなったから、また獲りに来たのかなって思います」
「巣はどうしたんです?」
「救助だけで精一杯で、何もしてません」
「冬の都大学に連絡して、魔獣の専門家に見てもらいましょう。樹棘蜥蜴の巣って発見例が少ないんですよ」
「えッ? 今日ですか?」
警備員が、疲れた顔に勘弁して欲しそうな表情を浮かべる。
環境省の職員レーシィは、同じく疲れた顔で頷いた。
「今日は……本省にも連絡して、調査期間をもっと延ばしてもらえないか相談します。専門家がすぐ来られるかわかりませんし」
呪医セプテントリオーは、畑に残った負傷者の治療をようやく終え、大きく息を吐いた。だが、まだ、先に診療所へ搬送された者たちの治療もある。
「怪我していたみなさーん! 集まって下さーい! 診療所へ跳びます!」
治療済の負傷者にも、化膿止めの投与が必要だ。
まずは呼び集めた八人と手を繋いで跳んだ。
☆また酷いコト……前回は南瓜畑がボロボロ「1966.救援の調査隊」「1967.官吏と南瓜畑」参照
☆専門家の名簿……「1972.命を繋ぐ食事」「1973.自治の難しさ」参照




