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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2059.芋畑の後始末

 駐在武官セルジャントがどこからか駆け付け、瞬く間に樹棘蜥蜴(キシトカゲ)の群を(ほふ)る。剣を抜き、死骸の尾を落とすと、別の生き物のように跳ねて血飛沫を撒き散らした。


 「尾の肉は、食用になるのですよ」

 「えぇ……?」

 九死に一生を得た難民たちが、露骨に嫌な顔をする。

 命懸けで救助に加わったアミトスチグマ王国の環境省職員レーシィだけが、興味津々で質問した。

 「調理方法はどんな感じですか? 煮る焼く揚げる、何でも大丈夫ですか?」

 「独特の臭みがありますからね。どの調理方法でもしっかり血抜きして、香草などをたっぷり使わなければ、厳しいですね」

 「尻尾……凄く……大きいです」

 「いや、それより早くお肉屋さん呼ばないと、死肉から新手が涌くって」

 軽傷の難民たちが騒然とし、呪医セプテントリオーは八月の暑さを思い出した。


 学生ボランティアがタブレット端末をつつき、すぐ目当ての情報をみつけて叫んだ。

 「お肉屋さん、呼んできます!」

 学生は早口に呪文を唱え、どこかへ跳んだ。

 「えっ? 居場所、わかるんですか?」

 レーシィが驚いて、ジャガイモ畑に残った学生ボランティアに聞く。学生も、驚いた顔で聞き返した。

 「あれっ? 知りません? 専門家の名簿があるんですけど」

 「初耳です」

 「私も知りませんでした」

 呪医セプテントリオーが言うと、駐在武官セルジャントも頷いた。

 「どこの区画の何番の小屋に住んでるかだけで、呼称まではないんですけど」

 「ほう。どこで手に入れたのです?」

 セルジャントが学生に近付いて聞く。


 呪医セプテントリオーは、後でファーキルに確認しようと、治療を再開した。

 「治療が終わっても、帰らないで下さい」

 「どうしてです?」

 「感染の(おそ)れがあります。診療所で化膿止めの魔法薬を飲んで下さい」

 「そう言うコトですか」

 「わかりましたけど、作業しても大丈夫ですか?」

 「出血が酷かった方はやめて下さい。打撲だけだった方は、無理しない程度にどうぞ」

 負傷者たちが何やら諦めた顔で頷く。


 「パテンス神殿のボランティアセンターで登録したら、ダウンロードさせてもらえますよ」

 「成程。誰でも登録できるのですか?」

 「一応、身元の確認とかはありますけど、詳しいコトはパテンス神殿信徒会の偉い人に聞いて下さい」

 セルジャント駐在武官が、学生から信徒会の連絡先を聞き出し、手帳に控える。


 アミトスチグマ王国の役人レーシィもタブレット端末でメモし、荒れ果てたジャガイモ畑を見回して溜息を()いた。

 「また酷いコトに」

 「収穫の最中だったんで、茎とかはもういいんですけどね」

 「あぁ、そうでしたか。では、戦える人が居る間に全部掘りましょう」

 「えッ? 手伝って下さるんですか?」

 傷が癒えた軽傷の難民たちが、農具を拾って顔を(ほころ)ばせる。


 「私は、(うね)が無事な所を全部出してきます」

 「崩れた所は手作業になるんですね」

 難民たちが畑を見回す。荒らされたのは三分の一程の面積だ。

 「いえ、【操水】で土と芋を振り分けるんですよ。警備員さーん!」

 レーシィが手を振る。

 「すみませーん! ちょっと作業するんで、森の警戒、お願いしまーす!」

 「いいですよー!」

 警備員三人を雇ったのは、アミトスチグマ政府ではなくガルチーツァ製薬株式会社だが、快く応じて畑の端へ散った。


 セルジャント駐在武官が、樹棘蜥蜴(キシトカゲ)の尾を切り落として血抜きする。


 「魔力を貸しましょう」

 呪医セプテントリオーは、学生ボランティアと信徒会の女性を呼び、彼らに【魔力の水晶】を出させた。小さなものは、少し触れただけで魔力が満ち、強い輝きを宿す。

 レーシィが【操水】による芋掘りのコツを教え、自分は無事な(うね)へ走った。


 難民たちは散らばった芋を収穫籠に集める。

 収穫に使うのは、太い蔓草(つるくさ)で編んだ背負い籠と、スーパーマーケットが寄付した中古のレジ籠だ。


 ボランティアたちは、森の傍にぶちまけられた水を回収し、畑に潜らせて土ごと浮かせた。水の力で芋と土が面白い程あっさり分離される。

 掘り出した芋を傷が癒えた難民たちが、籠で拾い集めた。



 学生ボランティアが、第十九区画の肉屋を連れて戻った。【(とむら)禿鷲(ハゲワシ)】学派の術者が、セルジャント駐在武官に聞く。

 「これが、ホントに食べられるんですか? 魔獣ですよね?」

 駐在武官がレーシィにした説明を繰返す。

 肉屋は納得して、動かなくなった樹棘蜥蜴(キシトカゲ)の尾に触れた。

 「でもこれ、鱗が硬くて呪文を書き込めませんね」

 「では、()がしましょう」

 駐在武官セルジャントは、身と皮膚の間に剣を差し込み、手際よく()いてゆく。


 レーシィが、無事な(うね)の端にしゃがんで呪文を唱えると、ジャガイモの茎が自ら抜け、芋を地上に晒した。

 難民たちが、ショッピングカートにジャガイモを積んで居住区へ運ぶ。復路では収穫の人手が増えた。


 レーシィは畝一本につき、一度の詠唱で一気にジャガイモを収穫する。

 「スゴい魔法ですね」

 「これは【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】学派の【根堀り】の術で、芋の他、ニンジンなどの根菜類も掘り出せますが、コツさえ飲み込めば、【操水】で代用できますからね」

 「えぇッ? でも、水汲みしなくていい分、便利そうですけど」

 「どの(みち)、芋を洗わなくてはいけませんから、手間はそう変わりませんよ」

 【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】学派の術者レーシィは自嘲した。



 「ちょっと会社に戻って【無尽袋】前借りしてきます」

 警備員の一人が【跳躍】した。

 芋を掘り出し終えたレーシィが、残った警備員に言う。

 「こんな群が来るなんて、もっと護りを固めた方がよさそうですね」

 「近くに巣ができてたんですよ」

 「えぇッ?」


 畑仕事中の難民が一人、樹棘蜥蜴(キシトカゲ)(くわ)えられて連れ去られた。

 彼が追跡したところ、ヘシ折った大木を鳥の巣のように組み合わせた物を発見。中には幼体が数匹居た。

 難民が生餌として与えられる寸前で取り返したのだと言う。


 「獲った餌が居なくなったから、また獲りに来たのかなって思います」

 「巣はどうしたんです?」

 「救助だけで精一杯で、何もしてません」

 「冬の都大学に連絡して、魔獣の専門家に見てもらいましょう。樹棘蜥蜴(キシトカゲ)の巣って発見例が少ないんですよ」

 「えッ? 今日ですか?」

 警備員が、疲れた顔に勘弁して欲しそうな表情を浮かべる。

 環境省の職員レーシィは、同じく疲れた顔で頷いた。

 「今日は……本省にも連絡して、調査期間をもっと延ばしてもらえないか相談します。専門家がすぐ来られるかわかりませんし」 


 呪医セプテントリオーは、畑に残った負傷者の治療をようやく終え、大きく息を吐いた。だが、まだ、先に診療所へ搬送された者たちの治療もある。


 「怪我していたみなさーん! 集まって下さーい! 診療所へ跳びます!」

 治療済の負傷者にも、化膿止めの投与が必要だ。

 まずは呼び集めた八人と手を繋いで跳んだ。

☆また酷いコト……前回は南瓜畑がボロボロ「1966.救援の調査隊」「1967.官吏と南瓜畑」参照

☆専門家の名簿……「1972.命を繋ぐ食事」「1973.自治の難しさ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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