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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0210.パン屋合唱団

 ファーキルは、「レコード」が何かわからなかったが、彼らの様子から何か変わったことをするのだろうと思い、タブレット端末の動画撮影アプリを起動した。

 工員クルィーロの起動した発電機が唸りを上げる。女の子たちがノートを持って、トラックの横に並んだ。


 少し間があって、発電機の駆動音に負けない音量で音楽が流れた。

 初めて耳にするが、軽快なリズムに乗せて流れる旋律が心地よい。

 前奏が終わると、女の子たちが声を揃えて歌った。


 「届けるよ あなたの(もと)へ 焼きたてのおいしいパンを……」


 ファーキルは、息を詰めてタブレット端末を支え、ズームした。斜め後ろからのアングルで、三人の顔は写らない。

 適当に距離があるお陰で、歌声は発電機の駆動音に掻き消されなかった。演奏が終わっても、同じ曲が楽器を変えて何度も流れ、女の子たちは繰り返し歌う。


 日当たりがいい場所で、充電しながらとは言え、動画撮影は消耗が激しい。四回目、ギター演奏の途中で落ちた。


 仕方なく、充電器を日にかざしながら、女の子たちの歌に耳を傾ける。

 ギターが終わり、次に流れたハーモニカの素朴な音色にも同じように合わせ、三人は声を揃えて歌った。



 「届けるよ あなたの(もと)へ 焼きたてのおいしいパンを

 ふっくらとふくらむパンは 心満(こころみ)たして 笑顔を作る

 大きなトラック 幸せ積み込んで みんなで今日も街から街へ

 生地 ()ね上げて 今 発酵中

 生地 整えて 今 焼いてるよ


 おひさまの新しい光 昨日から今日に移ろう

 手から手へ幸せ分けて みんな笑顔で 一日生きる

 大きなトラック 幸せ積み込んで これから今日も街から街へ

 生地 ()ね上げて 今 発酵中

 生地 整えて 今 焼いてるよ


 パン 分け合って (みな) 幸せに

 パン おいしいよ 皆 分け合って


 生地 ()ね上げて 今 発酵中

 生地 整えて 今 焼いてるよ


 パン 分け合って 皆 微笑んで

 パン ふっくらと 皆 幸せに」



 ……ちっちゃい子も、歌……上手いな。


 先程は撮影に集中したが、聴くことに専念すると、その歌声の良さに気付いた。

 同時に、祖国アーテルの歌番組で見たアイドルを思い出し、心がささくれ立つ。


 外見も雰囲気も可愛い少女たちが、男の夢を詰め込んだ衣裳を(まと)い、歌って踊る偶像。

 勿論(もちろん)、競争率の高いオーディションに合格し、厳しいレッスンを受けたプロだから、歌も踊りも上手いし、熱狂的なファンも多い。

 大衆向けのわかりやすい歌詞は退廃的で、時にキルクルス教の聖職者や、信心深い大人たちは眉を(ひそ)めるが、(おおむ)ね好意的に受け入れられ、商業的には大成功を収める。


 だが、ファーキルはどうしても、流行りの曲を好きになれなかった。

 同級生が、アイドルの話題で盛り上がっても、話の輪に加わる気になれない。夕飯時に両親がテレビをつけるから、風景として視界に入るだけで、自発的に見たいとも思えない。

 単に好みの問題なのだろうが、ファーキルの心に響かず、興味を持てないのだ。



 今、目の前で歌う女の子たちの歌は、ファーキルの心を激しく揺さぶった。


 素人の女の子たちが、急いで作った(つたな)い歌詞だ。

 テレビ用の派手な演出も華美な虚飾と消費者への媚もない。

 歌詞は、単に自分たちがパンの行商だと告げるに過ぎない。


 ただそれだけの歌が、ファーキルに時の過ぎるのも忘れさせた。



 曲が全て終わり、草地には発電機の駆動音だけが、低く響く。

 魔法使いの工員クルィーロが、妹たちと何か話す。

 トラックの運転手が、満面に笑みを浮かべて拍手した。我に返ったファーキルと工員も加わり、女の子三人に喝采を送る。


 ファーキルは、言葉にできない感動を精一杯、拍手に籠めた。


 工員が発電機を止めに行き、女の子たちも荷台に戻る。

 何か作業をするらしいが、ファーキルは加わらず、充電中の端末を手に日当たりのいい場所へ移動した。



 森に目を向ける。

 薬草を採りに行った人たちが小さく見えた。

 トラックの運転手が国道の北を見張る。

 ファーキルは南を向いて、北へ行く車輌が来ないか、道の先に目を凝らした。


 南側には、ラキュス湖と森に挟まれた平野が広がり、地平線が見える。

 国道脇に淋しげに立つ標識が示す距離は、モールニヤ市まで二十キロ。


 国道の両脇は、見渡す限り枯れ野だ。日当たりのいい所だけ、水溜まりのように若葉が萌える。

 十分くらい眺めたが、北へ帰る渡り鳥の群の他は、何も見えなかった。


 ……そう言えば、昨日も今日も、アーテルの空軍機、見てないな。


 詳しい戦況はわからない。

 アーテルに居た昨日の朝までは、学校では普通に授業があり、大人たちは普通に仕事をして、店も普通に営業中だった。

 ネモラリス領に最も近いランテルナ島でさえ、活気に満ちていた。


 手元の端末を見る。充電切れで落ちた暗い画面に顔が写り込んだ。

 彼らとそう変わらない疲れた顔だ。こんな有様だから、彼らがファーキルの嘘にあっさり騙されたのだと今更ながら納得できた。



 ニュースサイトにアクセスしたい衝動を抑え、充電が溜まるのを待った。

☆アーテルに居た昨日の朝……「0173.暮しを捨てる」参照

☆ネモラリス領に最も近いランテルナ島……「0174.島巡る地下街」~「0176.運び屋の忠告」参照

☆彼らがファーキルの嘘にあっさり騙された……「0197.廃墟の来訪者」~「0199.嘘と本当の話」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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