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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2056.死線を彷徨う

 ボランティアの青年が、興奮気味に話す。

 「でかい蜥蜴(トカゲ)みたいのが五頭も出て、二頭倒して三頭どっか行って、動かすの無理そうな重傷の人が何人も居るんで、呪医(せんせい)に来て欲しいんですけど」

 「わかりました。彼の腕を繋いでから行きます」

 呪医セプテントリオーが応じると、青年はもどかしげに叫んだ。

 「おなか咬まれて内臓見えてる人も居るんですけど!」


 第十九区画診療所に居合わせた者たちが顔を(しか)めた。

 「彼の腕をこのままにしては、ここから魔物が涌く可能性があるのです」

 「押し問答の時間が勿体(もったい)ねぇ」

 「呪医(せんせい)、ちゃっちゃとくっつけて行って下さいよ」

 順番待ちの列から声が掛かり、ボランティアの青年は頷いた。


 呪医セプテントリオーは、受取った片腕を洗浄し、傷口を合せて【縫合】の呪文を唱えた。

 「命繕(いのちつくろ)狭間(はざま)の糸よ

  魔力(ちから)を針に この身繕(みつくろ)い 流れる血潮 現世(うつよ)(とど)

  黄泉路(よみじ)の扉 固く閉じ 明日(あす)に繋げよ この命」

 続いて接続した部分に【癒しの水】を掛け、魔力を帯びた水を内部に行き渡らせて、血管や神経などを修復した。


 ボランティアの青年は、【操水】で返り血を洗い流して呪医を()かした。

 「その人、もう大丈夫ですよね? 早く現場へ」

 「呪医(せんせい)! そのゴッツいの着てった方がいいんじゃねぇか?」

 「現場って、逃げた魔獣がまだ近くをウロついてるかもしれないんでしょ?」

 呪医セプテントリオーは、白衣を脱いで薬の段ボールに置き、軍医用の白衣に袖を通した。久々の重い感覚に身が引き締まる。


 ボランティアの青年が、呪医の腕を掴んで【跳躍】を唱え、第十九区画の中心部にある診療所から、大森林との境界にある畑へ跳んだ。



 ガルチーツァ製薬が雇った警備員の一人が、魔獣の死骸を焼却する。その(かたわ)らでは、比較的軽傷の者と、駆け付けたボランティアが重傷者に応急処置を施す。

 「あの人、あの人、一番ヤバいんで!」

 青年が呪医の手を引き、踏み荒らされたジャガイモ畑をどんどん進む。


 休憩用テントの手前に倒れた男性は虫の息だ。血塗(ちまみ)れの青年が彼の手を取り、何度も呼称を叫ぶ。

 呪医は傍らにしゃがんで【止血】を唱えた。【見診】する余裕はなく、【無尽の瓶】から滅菌処理済の水を引き出し、【癒しの水】で内臓の傷を修復してゆく。


 「血は血に 肉は肉に 骨は骨に あるべき姿に立ち返れ

  (そこ)なわれし身の内も外も やさしき水巡る

  生命の水脈(みを)(まった)き道に あるべき姿に立ち返れ」


 ボランティアたちが【操水】で一人ずつ負傷者を洗い、不純物を捨てた水を加熱して滅菌処理する。宙で煮え立つ水を薄く広げて放熱し、次の患者を洗った。


 呪医セプテントリオーは、重傷者の首筋に手を触れたが、顔は蒼白で脈拍が速く弱い。【縫合】で腹部の傷を塞いだが、まだ意識が戻らなかった。【見診】を掛けて診る。

 外傷はすべて癒えたが、失血が多いせいでショック状態に近かった。

 「呪医(せんせい)、何でコイツ、治ったのに起きないんですかッ?」

 彼の呼称を叫び続けた難民が、泣きながら詰め寄る。

 「出血が激しかったせいです」

 「輸血! 俺、血液型一緒なんで、幾らでも使って下さい!」

 「設備がありません」

 「そんな……! 何でもするから助けて下さい! 兄弟同然で育った幼馴染なんです!」


 重傷者の幼馴染が懇願する。軽傷だと思ったが、彼の右足もあらぬ方へ曲がり、右腕と右足の裂傷から血が流れ続ける。


 「生命力を分け与える術がありますが、先にあなたを治療します」

 「先にコイツを」

 「共倒れになりますから」

 呪医セプテントリオーは有無を言わさず、【骨繕(かわらつくろ)う糸】と【癒しの水】で治療した。【見診】すると、彼も衰弱が激しい。

 「五秒間だけ、彼にあなたの生命力を移します」

 「呪医(せんせい)、もっと」

 「無理です。あなたまで生命が危うくなります」

 「そんな……」

 青年は、幼馴染の呼称を繰返して再び泣きだした。 


 「そのまま、手を握っていて下さい」

 呪医セプテントリオーは、二人の手に自分の手を重ね、力ある言葉を唱えた。


 「開け門 個の垣越え 高きから低きへ 命の水脈(みお)流れよ」


 呪医は声に出して数える。

 「一、二……」


 【白き片翼】学派の【活力移送(かつりょくいそう)】の術だ。強い方から弱い方へ生命力を移送し、均等化するが、両者の差が開けば開く程、初期の短時間で流入する生命力の量が多くなる。【家守(いえも)(コウノトリ)】学派の【精力移送(せいりきいそう)】以上に提供者の負担が大きかった。


 「……五!」

 呪医セプテントリオーは手を放して立ち上がり、辺りを見回した。

 学生ボランティアたちが【操水】で水を担架にして、動けない重傷者を近くに運んで待つ。軽傷者たちも自力で呪医の周囲に集まった。

 一度に五頭の魔獣が出現した畑は、ざっと見ただけでも、重傷者が二十人は下らない。軽傷者は更に多かった。


 「呪医(せんせい)! もっと」

 「これ以上はあなたの身が持ちません。脈拍と呼吸を見て、衰弱が進んだら教えて下さい」

 呪医セプテントリオーは縋りついた手をそっと放し、意識が戻らない青年の首筋に添えた。

 幼馴染二人組から離れ、中年男性の千切れかけた足に【癒しの水】を掛ける。ひとまず先に骨以外の部位だけ接続し、【骨繕(かわらつくろ)う糸】は後回しだ。


 警備員が枝を拾い、畑に大きな円を描いて負傷者全員を囲む。【簡易結界】を掛けた上から【魔除け】を重ねる。

 水の担架を支える学生ボランティアが、魔力切れの【水晶】をウエストポーチに戻し、新しい物を握った。



 八月の空は晴れ、足下に落ちる影は濃い。

 呪医セプテントリオーは意識のない患者から順に【止血】を掛け、【癒しの水】と【縫合】で取敢えず傷を塞いでゆく。


 警備員が【軽量】を唱え、畑の隅からカーテンを縫い合わせた日除(ひよ)けテントを運んだ。

 傷が塞がり、ひとまず生命の危機を脱した重傷者を中に入れる。軽傷者たちは大型テント外側の日陰に避難した。だが、日が高く昇り、入れない者の方が多い。


 意識不明の重傷者七名は傷を塞ぎ終え、学生ボランティアに診療所への搬送を依頼した。

 「魔力がキツい人は、診療所で【水晶】を借りて、すぐ戻って下さい」

 「わかりました」

 「まだ、治療、まだ時間掛かりますよね? 飲み物持ってきます」

 学生三人が、まだ意識の戻らない重傷者たちを一人ずつ抱えて跳ぶ。


 「あの人はいいんですか?」

 「急変に備えて、まだ私の傍に居た方がいいのです」

 警備員に応え、呪医は意識のある重傷者の治療に取り掛かった。

☆ガルチーツァ製薬が雇った警備員……「1921.産官学調査隊」「1922.久々の昼休み」参照

☆【家守る鸛】学派の【精力移送】……「1589.最初から難民」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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