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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2054.派遣先の常識

 「えっと、だから、その兵隊さんは、後方支援に回すか、早くバルバツム連邦へ帰った方がいいと思います」

 「星光新聞の記者さんもそうです。植込みから充分な距離を保っていたにも拘らず、土魚(どぎょ)が跳びついたのは、あなたの魔力と無防備さのせいですよ」

 呪符使いの青年とラズートチク少尉が言うと、現場指揮官の先任軍曹は拳を握って部下を見詰め、バルバツム本社からの特派員記者は膝から力が抜けてその場に(くずお)れた。


 オリョールが、聖アルブム教会の司祭に向き直る。

 「ルフス神学校では昔から、神学生全員に魔力検査するって聞いたけど、司祭様は何で自分に魔力があるって知らなかったんです? まさかモグリ?」

 「違います」

 年配の司祭は蒼白な顔で即答した。


 オリョールが共通語で言ったせいで、バルバツム兵たちは困惑と疑心に満ちた目で、同胞の記者と現地の聖職者を見る。


 小学校から偵察用小型無人機(ドローン)が戻った。通信車から兵士が降りて回収する。

 「あ、まだ居たんだ。ちょっとこれ、光ってないの、持ってくれる?」

 オリョールが、子供のように泣きじゃくる兵士から手を放し、小型無人機(ドローン)を抱えた通信兵に【魔力の水晶】が入ったビニール袋を突き付ける。通信兵は路上にへたり込んだ同僚を見下ろし、無言で先任軍曹を見た。


 「ここでは必要なコトだ。入国直後にやってりゃ、犠牲者を出さずに済んだかもしれんな」

 「あの、何ですか? これ?」

 通信兵が、上官に不安な目を向ける。

 「心配すんな。俺も触った。他の連中も呼んで、全員に触らせろ」

 「了解」


 通信兵が首を傾げながら車輌へ戻ると、オリョールは司祭に聞いた。

 「じゃあ、なんで自分の魔力を知らなかったんです? 魔力があったら、特別な司祭って奴になれるのに」

 年配の司祭は何か言いかけて口を噤んだ。目を閉じ、ゆっくり吐いて答える。

 「私は半世紀の内乱中、ラニスタに疎開(そかい)してあちらの神学校で学んだからです」

 「へぇー、アーテル支部の中じゃ格下なんだ?」


 ……聖職者の名簿が手に入れば、学歴から対象者を絞れそうだな。


 魔装兵ルベルはラズートチク少尉を横目で窺った。上官は何食わぬ顔で、バルバツム連邦陸軍の先任軍曹に聞く。

 「彼は、この先どうなるのですか?」

 「前例がない。取敢えず上には報告する。俺個人としては、呪符使いに賛成だ」

 魔力が発覚した兵士は、涙と鼻水に(まみ)れた顔を上げたが、言葉は出ない。通信兵たちが【魔力の水晶】を手に取ったが、魔力を持つ者は一人も居なかった。


 少尉が作業服のポケットから小袋を出し、【操水】で鎮花茶を煮出す。茶器一杯分くらいのお茶が宙で沸き立ち、辺りに甘い芳香を振り撒いた。兵士が泣き止み、特派員記者と司祭の顔色がややマシになる。

 「司祭様と記者さん、それから、そこの兵隊さん。これまで、お酒を飲んだ経験はありますか?」

 「慰めに宴会でもしてくれるってか?」

 答えない三人に代わって、先任軍曹が作り笑いで少尉に聞く。

 「いいえ。重要な質問です」

 「どうしてです? もしかして、それも魔法と関係が?」

 フリージャーナリストも食いついた。


 作業服姿の四人が同時に頷く。

 呪符使いの青年が目を丸くして、キルクルス教徒たちを見回した。

 「えっ? この辺では常識ですが、みなさん、ご存知ないのですか?」

 「俺たちを子供だと思って教えてくんねぇか?」

 「情報料、戦闘糧食(レーション)二人前一食分」

 呪符使いが片手を差し出すと、現場指揮官は苦笑して了承した。


 「おい、お前。質問に答えろ。酒呑んだコトあんのか、ないのか」

 「宗教上の理由で、飲み会は全て断っています」

 「宗教? お前、キルクルス教徒じゃないのか」

 先任軍曹が意外そうに聞くと、兵士は立ち上がって答えた。

 「母方はキルクルス教徒で、俺も信仰の誓いをしました。父方は高祖父(ひいひいじい)さんがルニフェラ共和国からの移民で、母や俺たちに信仰の押し付けとかはないんですが、禁酒だけは厳しく言われます」

 「それこそ、信仰の押し付けってんじゃないのか」

 先任軍曹が苦笑する。

 「母方の身内は全員、酷い下戸(げこ)なので、その件に関して何も言いません。俺も、体質的に飲まない方がいいと思っています」


 「はい。あなたは絶対にお酒を飲んではいけません」

 呪符使いに視線が集まり、フリージャーナリストが質問する。

 「どうして?」

 「魔力が暴走するからです。最悪の場合、本人の肉体がその場で崩壊するだけでなく、周囲も巻き込みますし、その遺体は異界の扉になりやすいのです」

 「両輪の国では、力なき民にのみ飲酒を許可する所もありますが、魔法使いの飲食物にアルコールを混入する事件やテロが、時々発生していますよ」

 ラズートチク少尉が言うと、バルバツム兵たちは魔力が発覚した同僚から一歩離れた。


 「あんたたち、一滴も呑んだコトないのか」

 先任軍曹が感心し、少尉は頷いた。

 「死にますからね。三界の魔物がこの地に至る前の古い時代には、安全に飲酒できる護符があって、呑みたい人は刺青したそうですが、今はその術が失われて、誰も呑みませんよ」

 「えっ? そんな術あったんだ?」

 オリョールも知らなかったらしい。ルベルも初耳だ。


 少尉が残る二人に向き直る。

 「司祭様と記者さんはどうですか?」

 「若い頃、一口でとても具合が悪くなったので、それ以来、一滴も口にしていません」

 「私も」

 バルバツム本社の特派員記者は短く答え、大きく息を吐いた。


 「バルバツム人でも、魔力ある奴が居るってわかったろ。全員検査して、引っ掛かった奴は早く帰国させた方がいい」

 「検査だ? その水晶細工が何個要ると思ってんだ? そんな予算ねぇぞ」

 オリョールに言われ、先任軍曹が自嘲気味に反論した。

 「最低一個でできる。当たりの人が居ても、充填された魔力を使い切ればいい」

 「俺たちゃ魔法なんざ使えねぇ」

 「使い減りしない魔法の道具でもいい。彼みたいに【護りのリボン】を巻いて、【水晶】を握ればあっと言う間だ」

 オリョールは、呪符使いの青年に顎をしゃくった。


 「そいつは幾らだ? どこで手に入る?」

 先任軍曹が呪符使いに聞く。青年は相棒への湖南語訳を中断して答えた。

 「ランテルナ島の地下街です。今の相場なら、銀の弾丸五個か六個くらいだと思います」

 「そのお店、案内してくれないか? 勿論(もちろん)、ガイド料は出すけど」

 呪符使いの青年は、フリージャーナリストの求めに応じ、特派員とルベルたちを見た。

☆特別な司祭……「810.魔女を焼く炎」「811.教団と星の標」「0953.怪しい黒い影」参照

☆ラニスタに疎開してあちらの神学校で学んだ/アーテル支部の中じゃ格下……「924.後ろ暗い同士」参照

☆信仰の誓い……「592.これからの事」参照

☆魔力が暴走する……「1975.飲酒の危険性」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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