2050.信仰より実利
「ねぇ、お兄さん。新聞記者の人、さっきから何て言ってるの?」
「えーっと……」
魔装兵ルベルは、魔獣駆除業者の少女に作業服の袖を引かれ、湖南語で簡潔に説明した。
「は? 何それ?」
「私が悪いのか?」
少女とラズートチク少尉が困惑する。
「ここだと商売の邪魔になります。移動しましょう」
作業服姿の青年に促され、六人は取敢えずスーパーマーケットを出た。
フリージャーナリストが星光新聞記者に聞く。
「取材先へ向かう途中で襲われたんですよね? 行かなくていいんですか?」
「社用車は燃料不足で使えない。タクシーすら走れないなんて知りませんでしたよ。ルフスの取材は社用車が使えたのに都市間移動禁止で本数の少ない路線バスしか移動手段がないなんて、こんなことバルバツムじゃ有り得ない」
バルバツム連邦の本社からアーテル共和国に派遣された記者は、フリージャーナリストに見向きもせず、口の中で早口に呟く。
魔装兵ルベルは、ラズートチク少尉を見た。上官は肩を竦め、困った顔をするだけで何も言わない。
フリージャーナリストが再び言った。
「取材先に行くか、支社へ戻るかした方がよくないですか?」
「取材! そうだ! 取材……アーテル支社の無能共には書けなかったこの惨状を! 信仰の真実を! 世界の信徒に伝えなければ!」
「えぇ……? 何このおじさん? こわーい」
新聞記者が青い瞳をギラつかせて歩調を上げ、駆除屋の少女が相棒の後ろに隠れる。少尉が速足で記者に並び、魔装兵ルベルは二人の後ろについた。
作業服の【魔除け】で、少なくとも土魚に襲われる心配はなくなる。
日が高く昇り、影が短くなった。
正午までまだ間はあるが、地面に降り注ぐ夏の陽射しで、魔獣の動きが鈍る。
「取材先ってどこですか? 俺もご一緒させてもらっていいですか?」
フリージャーナリストが小走りで追いつき、新聞記者に聞く。
三人並んで歩道を塞いでも、咎める通行人は居ない。
「聖アルブム教会です。幼稚園と小学校が併設され、聖職者も教壇に立つそうですが、現在は休校中です。本日午前十時から、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊の第百七一分隊及び第百七二分隊、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の隊員三名、これにバルバツム陸軍の通信支援部隊を加えた三十名が、礼拝堂と校舎を占拠する怪物を討伐するので、この作戦を取材します」
新聞記者は早口に言って、更に歩調を上げた。
一行が聖アルブム教会に到着した時には、風に濃い硝煙と血臭が混じっていた。
フル装備の陸軍兵は汗だくで、教会の門を注視する。
前庭は芝生だったようだが、乱雑に耕されたように荒れ果て、茶色く枯れた部分が多い。門から礼拝堂までは、大人が二人並べる幅の石畳が敷いてある。だが、中央付近は爆発で大穴が穿たれ、跡形もなかった。
穴の中で、大型の土魚が焦げ目の付いた同類の死骸を貪る。
兵士の一人が、空になった発射筒を肩から降ろして吐き捨てた。
「対戦車擲弾を喰らって無傷だと?」
「化け物め」
「聖者様、我らに知の灯を!」
共通語で絶望を呟くバルバツム兵は、ルベルたち六人の接近にも気付かない。
年配の司祭が気付いて声を掛けた。
「ここは危険です。早くお帰り下さい」
「私は、星光新聞本社の国際部記者です。軍の取材許可はあります」
新聞記者がジャケットの内ポケットから記者証を出した。首に掛けたストラップを目一杯伸ばして突き付ける。
もう一人の記者も、首から提げた記者証を示した。
「俺はフリージャーナリストですが、取材許可は得ました。この人たちは魔獣駆除業者と通訳で、俺が個人的に雇いました」
バルバツム兵が作業服姿の四人に向ける目は様々だ。恐怖、安堵、不安、期待、嫌悪……それらが入り混じった複雑な表情を浮かべる者が多い。
ラズートチク少尉が共通語で説明する。
「我々は魔獣を狩り、素材を採って生計を立てています。ここの魔獣、いただいてよろしいですね?」
「そ……素材?」
兵士の口から共通語で疑問がこぼれる。
青年が、作業ズボンの腿ポケットから呪符の束を取り出した。
「俺は呪符使いです。例えば、魔獣を焼いた消し炭は、呪符用の黒インクになります」
「我々は素材屋や呪符屋、魔法の道具屋などに素材を売却します」
少尉が言うと、現場指揮官らしき中年の兵士が一歩前に出て聞いた。
「お前たちなら、対戦車擲弾をまともに喰らわせても、傷ひとつ付かん化け物を消し炭に変えられるってのか?」
「あなた方は、教会の敷地に悪しき業を用いる者たちを入れる気ですか?」
新聞記者が鋭く声を発する。
先任軍曹の階級章が付いた現場指揮官らしき男は、全く動じず、せせら笑った。
「お祈りで倒せるなら、そこの司祭が我が軍に泣きつく必要などなかったと思うがね?」
「これは魂の問題なのです。神聖な祈りの場に悪しき業を用いる者たちを入れれば、信仰が穢されます」
新聞記者が言うと、数人のバルバツム兵は頷いたが、光ノ剣を携えた特殊部隊の隊員と、聖アルブム教会の司祭は反応しなかった。
「先日、ルフス神学校の理事長は大喜びで我々を雇ってくれましたよ」
少尉の言葉で司祭が目を見開き、バルバツム兵に動揺が走った。
先任軍曹が鼻で笑う。
「この国の連中は信仰の限界をよくわかってる。今を生き延びたい奴にとって、あるかないかわからん死後のコトなんざ、どうでもいいんだよ」
「なッ……なんてことをッ」
新聞記者が拳を握って肩を震わす。
「ここに派遣されて、魔法使い共がキルクルス様を“力なき聖者”呼ばわりする意味が、骨身に染みてよくわかった。記者さんも今にわかる」
「あなたは聖者様を侮辱するのですかッ?」
先任軍曹は記者に応えず、作業服の四人に顔を向けた。
「おい。あんたたち、予算の都合で報酬は出せんが、それでもよけりゃ入っていいぞ」
「今日はこの人に雇われていますから、お代は結構ですよ」
ラズートチク少尉が、先任軍曹に微笑で応じる。
司祭が無言で顎を引くと、新聞記者はタブレット端末を取り出し、猛烈な速さで何事か入力し始めた。
☆ルフス神学校の理事長は大喜びで我々を雇ってくれました……「1779.神学校の被害」~「1781.成立した契約」参照




