2049.生命より信仰
ビジネスホテルから徒歩五分のスーパーマーケットで、食料品を買う。
財布はフリージャーナリストだ。作業服姿の青年とラズートチク少尉の三人で、客と商品が疎らな店に入った。
魔装兵ルベルと星光新聞記者、魔獣駆除業者の少女は、店舗入口のショッピングカート置場で待つ。
「おじさんに『魔獣がわんさか居るのわかってて、どうして丸腰で来たの』って聞いてくれます?」
少女は共通語がわからないらしい。
「聞いてどうするんだ?」
「護符をボッタクリ価格で売り付けてみよっかなーなんて」
どこまで本気かわからない軽口が返る。
「さっきの様子だと、買わないんじゃないかな?」
「そっかな? 私たちを雇ってるお兄さん、気前いいよ?」
「あんな気前いいの、あの人だけじゃないかな?」
魔獣駆除業者に扮したルベルは、店内に目を遣った。棚の間に入ったらしく、三人の姿は【索敵】なしでは捉えられない。
星光新聞のバルバツム連邦本社から来た記者は、湖南語で話す駆除屋二人を苦々しい顔で見た。
「共通語で話していただけませんか?」
「君、共通語どのくらいわかる?」
「挨拶と単語が少ししかわかんない。お兄さん、共通語ぺらぺらでスゴいよね」
ルベルは記者に向き直った。
「彼女は共通語がわからないそうです。先程の会話は他愛ない雑談ですよ」
「雑談の内容は?」
記者の声に小さな棘が生える。
「あなた方は何故、危険だと分かっている場所に丸腰で来たのか。それと、彼の気前のよさ」
「私はジャーナリストで、彼は例外です。連邦軍に不信心な指揮官が居て、現地の魔法使いを傭兵として部隊に組込みましたが、本来、あってはならない不祥事なのです」
ルベルは面食らった。
「えぇッ? アーテル軍もバルバツム軍も、俺たちが声を掛けたら、是非一緒に戦って欲しいって、一度も断られたコトないんですけど?」
「彼らは所詮、戦争屋です。勝つ為なら手段を選びません」
星光新聞記者の瞳の奥で、不吉な光が揺らめく。
ルベルは得体の知れない感覚に襲われ、肝が冷えたが、平静を装って質問した。
「でも、魔獣に負けたら、食べられて死ぬんですよ? 現にあなただって先輩が通り掛らなければ、危なかったんですよね?」
「彼は、私が頼んでもないのに魔獣を殺しました」
「えぇッ? 目の前で、人間が魔獣に襲われていたら、普通、助けますよ!」
ルベルは驚いて声が裏返った。
記者は表情を動かさずに言う。
「親切の押し売りのせいで、私の信仰は穢されてしまいました」
「えぇッ? じゃあ、あなたが魔獣に生きたまま食べられるのを見殺しにした方がよかったって言うんですか?」
駆除屋の少女は、共通語で遣り取りする二人をぼんやり眺める。スーパーに新規の客はなく、通りを歩く人の姿もなかった。
「そうです」
「えぇッ?」
ルベルは記者の答えに耳を疑った。
「そんな……でも、それじゃ仕事になりませんし、ご家族だって悲しむでしょ」
「仕事は……そうですね。しかし、今回は社会部と生活部も記者を出しました。総合的に考えれば、現地取材は何とかなるでしょう。アーテル支社の地元記者だけでは、要領を得ない記事しか上がりませんでしたが、私たち本社取材班が現地入りしてからは、アクセスが大幅に伸びています」
「でも、死んでしまったら、記事、書けませんよ」
ルベルは、話の噛み合わなさに背筋を悪寒が駆け上がった。
店内に目を遣ると、会計が終わったところだ。
「私の訃報も、記事になります」
「でも、ご家族は」
「家族は、私が悪しき業の力で助かったと知れば、苦しみます。妻が離婚を申し出れば、私には拒めません。子供たちも、罪を負った父と暮らすより、無原罪で清らかな母と暮らす方がいいでしょう。妻が何も言わなくても私から離婚をお願いします」
「え……えぇえぇえぇ……?」
ルベルの理解の範疇を超え、言葉にならない。
「罪を負ったことを明かさず、以前と同じ暮らしを送れば、家族を騙すことになります。子供たちを傷付けないように、どう説明して離婚を切り出せばいいか」
「ちょ、ちょっと待って下さい。先輩が助けたせいであなたの家庭が崩壊するってコトですか? どうして?」
バルバツム人の新聞記者は、人差し指を立て、胸の前で楕円を描いて言った。
「聖者キルクルス・ラクテウス様。闇に呑まれ塞がれた目に知の灯点し、一条の光により闇を拓き、我らと彼らを聖き星の道へお導き下さい。説明したところで、異教徒のあなたに理解できるとは思えません」
「説明なしじゃ、もっとわかりませんよ。今後の為にも、教えていただきたいものですね。魔獣に襲われたキルクルス教徒を見殺しにした方がいい正当な理由があるんでしたら」
「何、物騒なコト言ってるんですか。ちゃんと護衛して下さいよ」
買物を終えたフリージャーナリストが、ルベルに怯えた目を向け、星光新聞記者の顔色を窺う。
「私に限らず、連邦軍の兵士たちも、現場指揮官の勝手な判断で魔法使いの傭兵を部隊に組込まれ、精神的に疲弊しているのですよ」
「今朝、取材した現場もそうでしたけど、彼らが来なければ、土魚はバルバツム軍の攻撃で却って強化されてたし、特殊部隊の隊員も、四眼狼の群に食い殺されるとこだったんですよ」
フリージャーナリストが、駆除屋の少女と青年を掌で示す。
「私は一応、人として最低限の礼儀として、お礼はきちんとしますが、信仰上の罪を背負わされるくらいなら、食い殺された方がマシでした。バルバツム兵の中でも、私と同じ真っ当な信徒は心に不調を来し、ルフス光跡教会の星の囁きでレフレクシオ司祭に罪を告白して、帰国後、メンタルケアを受けています」
星光新聞のバルバツム連邦本社から来た記者の言葉は、ルベルの知る世界とはあまりにもかけ離れ、理解できなかった。
☆アーテル軍もバルバツム軍も(中略)是非一緒に戦って欲しい
アーテル軍……「1779.神学校の被害」~「1786.中庭の掃討戦」参照
バルバツム軍……「1852.援軍の戦闘力」~「1856.この地の常識」参照
☆今朝、取材した現場……「2040.異邦人の記者」~「2046.差異を埋める」参照
☆特殊部隊の隊員も、四眼狼の群に食い殺されるとこだった……「2042.異郷の戦い方」参照
☆星の囁き……「1428.客寄せの司祭」参照
☆レフレクシオ司祭……「1859.伝えない情報」参照




