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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0209.森と枯れ野で

 メドヴェージが速度を緩めた。

 冷たい風が荷台の隅々まで吹き込む。窓を全開にしたらしい。


 「こんにちはー」

 メドヴェージが朗らかに挨拶する。

 対向車も速度を緩めた。

 「あぁ、こんにちは。どちらへ?」

 「パンを寄付しに行って、戻るとこでさぁ」

 「そうかー、御苦労さーん」

 対向車の声が遠ざかる。


 メドヴェージは速度を上げ、更に南へ向かった。


 ……そっか。「行く」じゃなくて「戻る」って言えば……?


 クルィーロは、メドヴェージの意外な演技力に感心した。

 救援物資を運ぶトラックの運転手は、こんな子供騙しの頓智(とんち)で誤魔化せたが、検問所はどうだろう。幼馴染の姉妹がガムテープで(こしら)えたパン屋のロゴで、誤魔化せるとは思えない。


 ……だからって、強行突破ってワケ、いかないよなぁ。


 万が一、捕まった場合を考える。

 クルィーロたち兄妹は、少なくとも、ネモラリスの首都クレーヴェルに父が居る筈だ。何とかして、ガルデーニヤ市ではなく、ネモラリス島へ送ってもらえないだろうか。身元引受人の指定でどうにかならないものか。


 ……あ、ダメだ。出張先の住所とかわかんねぇ。


 しかも、テロと空襲の後、父がずっと同じ所に留まるとは思えない。

 ゼルノー市内にあった父の勤務先は、星の道義勇軍のテロで焼失した。その後、ゼルノー市やその周辺地域は、政府が立入制限区域に指定した。


 父も、自宅や家族がどうなったのか、知る手段がない。


 ……俺たちきっと、もう死んだと思われてるよな。何とかして、生きてるって伝えたいけど……どうすりゃいいんだ?


 クルィーロは、思考が堂々巡りして焦燥感が募るばかりで、何も思いつけなかった。



 「あ、あの、すみません。ちょっと停めてもらっていいですか?」

 少年兵モーフの知人アミエーラが、小部屋に声を掛けた。レノがメドヴェージに取次ぎ、すぐ停車する。


 荷台が開くと、アミエーラはみんなを見回して言った。

 「ちょっと早いですけど、そろそろお昼にして、ついでに少し森に行って、薬草とか蔓草(つるくさ)とか採って、少しでも売り物を増やした方がいいかなって、思うんです」


 枯れ野の東側には森が広がる。道路からは、二百メートル程しか離れていない。

 クルィーロが見回すと、道路沿いにポツポツ【魔除け】の呪印が刻まれた石碑や距離表示の標識があった。


 モールニヤ市まで、あと二十キロらしい。

 ソルニャーク隊長と運転手のメドヴェージも気付いたのか、針子アミエーラの案に同意した。



 焼魚と堅パンで軽く済ませ、二手に分かれる。

 森へ行くのは、薬師(くすし)アウェッラーナ、ソルニャーク隊長、少年兵モーフ、高校生ローク、針子アミエーラ、パン屋のレノの六人。クルィーロを含む半数は、トラックで見張りをすると決まった。


 「お兄ちゃん、いってらっしゃーい」

 明るい場所だからか、エランティスは笑顔で手を振ってレノを送り出した。レノも安心した笑顔で手を振り返す。


 ここには、ネモラリス領のような死の気配はなく、空襲の心配もない。

 森へ行くと言っても、枯れ野との境界だけで、木立の中へは入らない。

 それでも念の為、ソルニャーク隊長と少年兵モーフは、護身用にカッターナイフを握り、他の者も(はさみ)を持って行った。


 「お兄ちゃん、天気予報のお歌、聴かせて。今だったらトラック停まってるし、いいでしょ?」

 「えっ?」

 アマナに手を引かれ、クルィーロはメドヴェージを振り返った。

 運転手は、瞳を輝かせてねだる女児に柔和な笑み向け、クルィーロに聞く。

 「兄ちゃん、あの発電機はレコード一回、回すのにそんなたっぷり燃料食うのかい?」

 「いえ……そんなには……」

 「だったら、聴かせてやれよ」


 運転手の大きな(てのひら)が、クルィーロの肩を叩く。そのぬくもりに押され、荷台へ戻った。

 発電機を起動し、係員用の小部屋でレコードの再生機を操作する。盤面に針を落とし、前奏が流れるのを聞き届けて荷台を降りた。



 アマナとエランティス、ピナティフィダがノートを広げ、トラックの前に立つ。

 前奏が終わり、主旋律が流れると、三人は声を合わせて歌い始めた。


 「届けるよ あなたの(もと)へ 焼きたてのおいしいパンを……」


 メドヴェージが、おどけた身振りでクルィーロに静かにするよう示す。

 クルィーロは頷き返し、足音を忍ばせてピナティフィダの背後に回る。

 女子中学生の肩越しにノートを覗くと、妹のアマナの字で、歌詞が清書してあった。

 三人は歌詞を追うのに夢中で、クルィーロに気付かない。


 クルィーロはファーキルがどうしているかと思い、首を巡らせて姿を探した。

 少し離れた所でタブレット端末を充電する。太陽光発電のパネルになるべく日が当たるよう、端末をこちらに向けた姿勢で動かず、歌に聞き入るようだ。


 妹たちが作った歌詞は、リズムに合わない箇所も幾つかあるが、他は元からこうだったようにぴったりだ。



 最初のインストゥルメンタルが終わり、少し間を置いて、ピアノの単独演奏が流れる。女の子たちは先に話し合ったらしく、これにも合わせて歌った。

 ピアノ、フルート、ギターの単独演奏が次々と流れ、ハーモニカでA面が終わってレコードが止まる。


 三十分近く同じ歌を歌い続けた女の子たちは、息を大きく吐き出して、上気した顔を見合わせた。

 弾かれたように身を(ひるがえ)し、アマナが驚く。

 「……お兄ちゃんッ? いつから居たの?」

 「最初から」

 レノの妹たちも驚いた顔を向けたが、すぐにはにかんだ。


 「……どうでした? 今の?」

 ピナティフィダに感想を求められ、クルィーロは感じたまま答えた。

 「上手かったよ。元々こう言う歌詞だったのかと思った」

 「おう、ホントの歌手みてぇだったぞ」

 メドヴェージが拍手する。


 クルィーロとファーキルも拍手に加わると、照れたアマナが抱きついてきた。

 「このお歌ね、パンを売る時に歌うの」

 「そっか。行商のパン屋さんか。スゴイこと思いついたな」

 妹の金色の髪を撫で、パン屋の姉妹に笑顔を向ける。


 「これで買ってもらえるかどうかわかりませんけど、何もしないより、できるだけのコトはしたいなって……」

 ピナティフィダが、道の先に目を遣る。

 南の街モールニヤ市は、まだ見えない。


 「そうだよな。じゃあ、段ボール切って、看板も作ろうか」

 クルィーロは妹の肩を叩き、パン屋の姉妹も促した。

☆首都クレーヴェルに父が居る……「0040.飯と危険情報」「0060.水晶に注ぐ力」参照

☆政府が立入制限区域に指定……「0168.図書館で勉強」参照

☆天気予報のお歌……「0177.レコード試聴」「0178.やさしき降雨」参照

☆レコード……「0114.ビルの探索へ」「0115.昔の音の部屋」「0122.二度目の食堂」参照

☆妹たちが作った歌詞……「0207.妹の営業努力」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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