2048.二人の報道人
「お店で謳うと、怒られるかもしれません。外で治療しましょう」
「見学させてもらっていいかな?」
「どうぞ」
作業服姿の青年が、魔獣駆除業者らしき少女から【魔力の水晶】を受取って席を立ち、バルバツム人の記者が一眼レフカメラを掴んで続く。
ラズートチク少尉の連れは、一言断ってビジネスホテル一階のカフェを出た。腿を押えたハンカチは血に染まり、夏物の綿ズボンもあちこち赤い。
三人は、この席からよく見える窓の前まで移動した。
青年が呪歌【癒しの風】を謳う。
卓に残った少女は、運ばれた料理を次々口に入れた。
「道端で、土魚の群に襲われているのをみつけて駆除した。魔獣の消し炭が手に入ったから、別にいいと言ったのだが、どうしても、人として最低限の礼くらいはしたいと食い下がられてな」
「その大きいカメラ……あの人も記者ですか?」
魔装兵ルベルが、タブレット端末に記したメモを見せながら聞くと、ラズートチク少尉は目玉焼きを頬張って首を傾げた。ルベルもパンを口に入れる。
「知らんな。単なる通りすがりだ。まだ何も聞いていない」
ドアベルが鳴り、バルバツム人記者が共通語で【癒しの風】の素晴らしさを捲し立てる声が、店内に広がる。
負傷者はすっかり治ったようだが、表情が暗い。血染めのハンカチを手に俯いて席に戻った。
「血の臭いは魔獣などを惹きつけます。早く洗って血液の成分を焼却処分した方がいいですよ」
ラズートチク少尉が共通語で言うと、男性はハンカチを卓上に落とした。
「コインランドリー……あぁ、着替えも、支局に戻らないと」
「支局ってどこですか? 途中でまた襲われますよ。魔法で洗いましょうか?」
男性は、ルベルの提案に息を止め、硬い表情でぎこちなく頷いた。
魔装兵ルベルは、中年男性の前に置かれたコップの水を【操水】で起ち上げた。負傷者は硬く瞼を閉じ、膝の上で拳を握ってピクリとも動かない。水が生き物のように動き、髪にこびりついた血痕を除去して服を洗った。
少尉が、作業服のポケットからビニール袋を出し、口を広げて持つ。ルベルは水に含ませた血液を袋に排出し、血に染まったハンカチを水で拾い上げて洗う。
隣の記者がタブレット端末を向けるのは、動画を撮るからだろう。
気にはなるが、無言で作業を続けた。
「外で焼け」
「了解」
ルベルがビニール袋を受取って席を立つと、記者がついて来た。
「見学させてもらっていいですか?」
「えぇ? 何をです?」
「外で、魔法、使うんですよね?」
記者はカフェの従業員を横目で窺い、「魔法」を口の形だけで言った。
ルベルが一瞬、上官を見る。少尉は目顔で了承した。
「ちょっと【炉】で焼くだけですよ」
「動画、撮らせてもらっていいですか?」
「別にいいですけど、つまんないですよ」
二人は言いながら歩道へ出た。
ルベルは油性ペンで何もないタイルに円を描き、乾燥した血液成分入りのビニール袋を置いて、【炉】を唱える。記者は少年のように瞳を輝かせ、端末で撮った。
殆ど灰も残さず、すぐに燃え尽き、魔法の火が消える。
「あ、有難うございます。さっきの水の魔法も凄かったです! 邪魔しちゃ悪いと思って、ちょっと無断で撮ったんですけど、問題あるようなら削除しますんで」
見せられた動画には、洗われる男性の顔がはっきり映る。
「俺は別にいいですけど、怪我してた人の許可も要るんじゃありませんか?」
「そ、そうですね」
二人が席に戻っても、洗われた男性は先程と同じ姿勢で固まり、並べられた料理は手つかずだ。
記者が声を掛けると、やっと目を開けてこちらを向いた。
「私は星光新聞本社の国際部記者です。魔法使いが居る地域では、名乗ってはいけないと聞きましたので、名前はご容赦下さい」
「えぇ。俺もついさっき、彼らに教わったばかりです。出国前に知りたかったですよ。あ、俺はフリージャーナリストです」
「そうですか。私が映った動画は、今すぐ削除して下さい」
「顔にモザイク掛けてもダメですか?」
星光新聞記者は、首を横に振った。
「その動画が拡散すれば、会社に小包爆弾が届きます」
「えぇッ? ……あー……わかりました。削除します」
自称フリージャーナリストは渋い顔をしたが、星光新聞記者の目の前で端末を操作し、動画を削除した。
「俺はさっき、魔法で治療されるとこ、生配信しましたけど、肯定的なコメントばかりでしたよ」
「テロリストが犯行予告するとは限りません。寧ろ、犯行後に声明を出す場合が圧倒的多数です」
四十代半ばくらいの記者は硬い表情で言った。
……星の標はバルバツムでも同じコトしてるのか。
「フリーのあなたは、居場所を掴まれ難いでしょうが、私は違います」
「俺は逆に、魔術は悪しき業だけじゃなくて、人助けのイイ魔法もあるってもっと広めた方がいいと思って取材してます。社の方針で、あなたが自由に記事を書けない件には、同情しますよ」
ルベルたち作業服の四人は、微妙な空気の中で黙々と朝食を腹に収める。
フリージャーナリストが食事に手をつけ、新聞記者もフォークを取った。
先に食べ終えたラズートチク少尉が、マコデス共和国から来た魔獣駆除業者だと自己紹介する。
「我々は本日、まだどことも契約していません。今日一日、護衛として雇いませんか?」
「実際、魔獣に襲われてますし、護衛は居た方がい……ッ!」
新聞記者は、凄まじい形相でフリージャーナリストを睨んだ。空いた皿に視線を落とし、声を震わせる。
「今、こうして魔法使いと食事するのも、本当はダメなんですよ」
星光新聞のバルバツム連邦本社から来た新聞記者は、ゆっくり息を吐いて顔を上げ、少尉の目を見て言う。
「護衛代はお支払いできません。会社に知られたら私が解雇されます」
「そんな無茶な。つい先程、私が通り掛らなければ、骨まで食い尽くされて行方不明になるところだったんですよ」
ラズートチク少尉が目を剥く。
フリージャーナリストが、顔を引き攣らせて言った。
「カネよりモノの方がいいそうなんで、何か買って渡せばいいじゃないですか」
「我々はマコデス人なので、アーテルやバルバツムの現金より、食料品など物の方が助かりますね」
少尉が気を取り直して頷いたが、新聞記者は反応しない。
フリージャーナリストが卓から身を乗り出して言う。
「魔獣に食われたら、取材もへったくれもないですよ。何なら俺が護衛代出しますけど」
「私への要求は、何ですか?」
新聞記者の声は硬い。
フリージャーナリストは愛想笑いを浮かべた。
「俺の記事載せるの、デスクに口利きして欲しいなーなんて」
「……いいでしょう。必ずしも掲載されるとは限りませんし、先程の人助けの魔法とやらの記事は絶対、載りませんが、それでもよければ」
星光新聞の記者が忌々しげに応える。
フリージャーナリストが、ルベルと少尉を新聞記者の護衛として雇う商談が成立した。




