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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2098/3516

2047.カフェで待機

 モルタルで固めた街路樹の根元で、雀が一羽、翼を広げてぐったり横たわる。半ば閉じた目の光は弱く、呼吸が荒い。


 「ちょっと出掛ける。お前は先にそこの店で朝食と情報収集」

 「了解。注文はどうしましょう?」

 「私の分も、お前と同じ物を頼んでおいてくれ。すぐ戻る」

 ラズートチク少尉は、作業服のポケットからビニール袋を何枚も出して重ね、手袋代わりにして雀を拾った。魔装兵ルベルに行き先を告げず【跳躍】する。



 魔獣駆除業者に扮したルベルは、少尉に指定されたカフェに一人で入った。


 アーテル共和国西部のアルブム市内では、前にも増して営業中の店舗が減った。

 土魚(どぎょ)など魔獣の大量発生や、それに伴う軍の駆除作戦で、あちこちの道路が頻繁に封鎖されるからだ。交通網の寸断や休校措置などで、従業員が出勤できない。出勤できたところで入荷がなく、開けられない店舗が多いのだ。

 辛うじて営業する小売店では、一世帯一個限りなど、購入制限が掛かる。東部のイグニカーンス市より、ずっと状況が悪かった。


 平日午前の中途半端な時間帯だが、ビジネスホテル一階のカフェは、客の姿がちらほら見える。

 ルベルが、後から連れが来ると告げると、案内係は窓際の席へ通した。

 隣の卓では、男女三人がモーニングセットと追加の一品を注文する。作業服姿の青年が中年男性に共通語で確認し、ホール係に湖南語で伝えた。魔獣駆除業者らしき少女は、自ら湖南語で注文する。


 ルベルは、外を眺めるフリで、窓ガラスに映る通路側の席を観察した。

 作業服の若い男女は隣合い、向かいに中年男性が座る。共通語を話す中年男性の隣の椅子には大きな荷物が座り、卓上には大きなレンズを付けた一眼レフカメラがあった。


 ……バルバツム人の記者。あっちは通訳と護衛か。


 記者と(おぼ)しき中年男性が、魔術について興奮気味に質問を連発する。

 どうやら、つい先程、彼らが魔獣を倒す現場を目撃し、呪歌による治療も受けたらしい。

 青年は教科書通りのキレイな共通語で答え、時折、少女に湖南語で確認する。


 ……あれっ? この声、どこかで聞いたような?


 青年の顔には全く見覚えがない。

 いつ、どこで似た声を耳にしたか思い出せなかった。


 「取材してて気付いたんだけど、精神やられたバルバツム兵が多いみたいなんだよな」

 「あなたは大丈夫ですか?」

 「俺はいつも安全な場所から望遠で撮るし、インタビューは作戦の前と後だからな。魔獣にあんな近付いたの、今回が初めてだけど、君たちが守ってくれたから平気だ。有難う」

 「こちらこそ、快く契約して下さって有難うございます」


 魔装兵ルベルは、作業服のポケットからタブレット端末を出し、ラズートチク少尉への伝達事項を箇条書きでメモした。


 「クアエシートルさんは、アーテル共和国……いえ、湖南地方、ラキュス湖周辺地域に来たのは初めてですか?」

 「初めてだし、実は(ほとん)ど何も知らなかった。湖北地方は、聖典に封印の地ムルティフローラが載ってるから、調べたコトはある」

 「ムルティフローラ王国には詳しいんですね」

 「いや、共通語の資料が少なくて、諦めた。湖北語から共通語に翻訳できる人がみつからなくて」


 ラキュス湖周辺地域に関する共通語の情報は、国際ニュースの短信や、各国大使館の公式サイト、SNSくらいなものだと言う。

 だが、キルクルス教文化圏の国々の多くは、純粋な魔法文明国と国交がない。国教をキルクルス教と定める国々は、大半が両輪の国とも国交がなく、魔法使いや魔力を持つ者の入国を認めない政府が多かった。


 「バルバツム連邦はどうですか?」

 「サンデラエ市に国連本部があるから、国連加盟国の事務所があって、魔法使いの入国も拒めない。一応、憲法で信仰の自由を基本的人権ってコトにして、形式上はあらゆる信仰を認めてるけど」

 「実際は、そうではないのですか」

 「あぁ。魔法使いが多い国の大使館はないし、大使館を置いてる国でも、魔法文明圏からの入国審査や査証(ビザ)の取得は手続きがすっげー面倒臭くて、魔法使いなんて滅多にお目に掛かれない」


 ルベルは、SNSや「真実を探す旅人」のサイトの情報を思い出した。

 バルバツム連邦では、魔法使いへの差別が苛烈で、自殺者や行方不明者まで出る社会問題だ。


 「バルバツムには、魔物や魔獣、居ないんですか?」

 「居るけど、大抵は人里離れた山奥や森の中、荒野で、アーテルの魔獣より弱くて数も少ないから、被害は滅多にないな」

 青年は、記者との遣り取りを湖南語訳した。

 少女が一言二言発し、青年が共通語訳する。

 「彼女は、行方不明者の中には、魔物や魔獣に丸呑みされて何も残らなかった人が居ると思います、と言いました。俺も、魔物は半視力には視えないから、街に居てもわからないと思います」


 青年が、魔物と魔獣の違い、霊視力と半視力について説明すると、記者は顔を引き攣らせながらも食いつき、更に詳細な情報を求めた。

 料理が来て、三人は食べながら情報交換を続ける。



 ドアベルが鳴り、ルベルはカフェの扉に目を転じた。

 ラズートチク少尉と、カメラを肩に提げ、ハンカチで左腿を押えた男性だ。二人揃ってルベルの卓に着いた。

 ホール係が、作業服の二人の前にモーニングセットを置いて、カメラを持つ男性に湖南語で注文を聞く。少尉が共通語訳すると、男性はホッとした顔でメニューの写真をあれこれ指差した。


 モーニングセットは、拳大のパン一個と目玉焼き、代用珈琲だ。

 「朝食は、たったこれだけなのですか? 地方の物資不足が深刻との情報はありましたが、まさかこれ程とは。追加しましょう」

 「土魚に咬まれた傷の手当てを先にした方がいいですよ」

 少尉が共通語で言うと、隣の卓で男性二人がこちらを向いた。


 隣の青年が共通語で声を掛ける。

 「魔法を使ってもよろしければ、保存食二人前三日分で治療しますよ」

 「俺も、彼に魔法で、割れた爪を治してもらいました」

 少尉の連れは、苦しげに目を閉じたが、細く息を吐くと、青い瞳を二人に向けて応えた。

 「有難うございます。既に魔法で窮地を救われてしまった身。今更拒絶しても無意味です」


 ……えぇ? 何だコイツ?


 ルベルは、負傷者の物言いに心がザワついたが、無言で様子を窺った。

☆東部のイグニカーンス市……「2014.予定外の任務」「2015.両国の食糧難」参照

☆この声、どこかで聞いた……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照

☆聖典に封印の地ムルティフローラが載ってる……「1073.立ち止まろう」参照

☆魔法文明圏からの入国審査や査証の取得は手続きがすっげー面倒臭く……「434.矛盾と閉塞感」「0993.会話を組込む」参照

☆バルバツム連邦では、魔法使いへの差別が苛烈……「812.SNSの反響」「1033.拒絶をほぐす」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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