2047.カフェで待機
モルタルで固めた街路樹の根元で、雀が一羽、翼を広げてぐったり横たわる。半ば閉じた目の光は弱く、呼吸が荒い。
「ちょっと出掛ける。お前は先にそこの店で朝食と情報収集」
「了解。注文はどうしましょう?」
「私の分も、お前と同じ物を頼んでおいてくれ。すぐ戻る」
ラズートチク少尉は、作業服のポケットからビニール袋を何枚も出して重ね、手袋代わりにして雀を拾った。魔装兵ルベルに行き先を告げず【跳躍】する。
魔獣駆除業者に扮したルベルは、少尉に指定されたカフェに一人で入った。
アーテル共和国西部のアルブム市内では、前にも増して営業中の店舗が減った。
土魚など魔獣の大量発生や、それに伴う軍の駆除作戦で、あちこちの道路が頻繁に封鎖されるからだ。交通網の寸断や休校措置などで、従業員が出勤できない。出勤できたところで入荷がなく、開けられない店舗が多いのだ。
辛うじて営業する小売店では、一世帯一個限りなど、購入制限が掛かる。東部のイグニカーンス市より、ずっと状況が悪かった。
平日午前の中途半端な時間帯だが、ビジネスホテル一階のカフェは、客の姿がちらほら見える。
ルベルが、後から連れが来ると告げると、案内係は窓際の席へ通した。
隣の卓では、男女三人がモーニングセットと追加の一品を注文する。作業服姿の青年が中年男性に共通語で確認し、ホール係に湖南語で伝えた。魔獣駆除業者らしき少女は、自ら湖南語で注文する。
ルベルは、外を眺めるフリで、窓ガラスに映る通路側の席を観察した。
作業服の若い男女は隣合い、向かいに中年男性が座る。共通語を話す中年男性の隣の椅子には大きな荷物が座り、卓上には大きなレンズを付けた一眼レフカメラがあった。
……バルバツム人の記者。あっちは通訳と護衛か。
記者と思しき中年男性が、魔術について興奮気味に質問を連発する。
どうやら、つい先程、彼らが魔獣を倒す現場を目撃し、呪歌による治療も受けたらしい。
青年は教科書通りのキレイな共通語で答え、時折、少女に湖南語で確認する。
……あれっ? この声、どこかで聞いたような?
青年の顔には全く見覚えがない。
いつ、どこで似た声を耳にしたか思い出せなかった。
「取材してて気付いたんだけど、精神やられたバルバツム兵が多いみたいなんだよな」
「あなたは大丈夫ですか?」
「俺はいつも安全な場所から望遠で撮るし、インタビューは作戦の前と後だからな。魔獣にあんな近付いたの、今回が初めてだけど、君たちが守ってくれたから平気だ。有難う」
「こちらこそ、快く契約して下さって有難うございます」
魔装兵ルベルは、作業服のポケットからタブレット端末を出し、ラズートチク少尉への伝達事項を箇条書きでメモした。
「クアエシートルさんは、アーテル共和国……いえ、湖南地方、ラキュス湖周辺地域に来たのは初めてですか?」
「初めてだし、実は殆ど何も知らなかった。湖北地方は、聖典に封印の地ムルティフローラが載ってるから、調べたコトはある」
「ムルティフローラ王国には詳しいんですね」
「いや、共通語の資料が少なくて、諦めた。湖北語から共通語に翻訳できる人がみつからなくて」
ラキュス湖周辺地域に関する共通語の情報は、国際ニュースの短信や、各国大使館の公式サイト、SNSくらいなものだと言う。
だが、キルクルス教文化圏の国々の多くは、純粋な魔法文明国と国交がない。国教をキルクルス教と定める国々は、大半が両輪の国とも国交がなく、魔法使いや魔力を持つ者の入国を認めない政府が多かった。
「バルバツム連邦はどうですか?」
「サンデラエ市に国連本部があるから、国連加盟国の事務所があって、魔法使いの入国も拒めない。一応、憲法で信仰の自由を基本的人権ってコトにして、形式上はあらゆる信仰を認めてるけど」
「実際は、そうではないのですか」
「あぁ。魔法使いが多い国の大使館はないし、大使館を置いてる国でも、魔法文明圏からの入国審査や査証の取得は手続きがすっげー面倒臭くて、魔法使いなんて滅多にお目に掛かれない」
ルベルは、SNSや「真実を探す旅人」のサイトの情報を思い出した。
バルバツム連邦では、魔法使いへの差別が苛烈で、自殺者や行方不明者まで出る社会問題だ。
「バルバツムには、魔物や魔獣、居ないんですか?」
「居るけど、大抵は人里離れた山奥や森の中、荒野で、アーテルの魔獣より弱くて数も少ないから、被害は滅多にないな」
青年は、記者との遣り取りを湖南語訳した。
少女が一言二言発し、青年が共通語訳する。
「彼女は、行方不明者の中には、魔物や魔獣に丸呑みされて何も残らなかった人が居ると思います、と言いました。俺も、魔物は半視力には視えないから、街に居てもわからないと思います」
青年が、魔物と魔獣の違い、霊視力と半視力について説明すると、記者は顔を引き攣らせながらも食いつき、更に詳細な情報を求めた。
料理が来て、三人は食べながら情報交換を続ける。
ドアベルが鳴り、ルベルはカフェの扉に目を転じた。
ラズートチク少尉と、カメラを肩に提げ、ハンカチで左腿を押えた男性だ。二人揃ってルベルの卓に着いた。
ホール係が、作業服の二人の前にモーニングセットを置いて、カメラを持つ男性に湖南語で注文を聞く。少尉が共通語訳すると、男性はホッとした顔でメニューの写真をあれこれ指差した。
モーニングセットは、拳大のパン一個と目玉焼き、代用珈琲だ。
「朝食は、たったこれだけなのですか? 地方の物資不足が深刻との情報はありましたが、まさかこれ程とは。追加しましょう」
「土魚に咬まれた傷の手当てを先にした方がいいですよ」
少尉が共通語で言うと、隣の卓で男性二人がこちらを向いた。
隣の青年が共通語で声を掛ける。
「魔法を使ってもよろしければ、保存食二人前三日分で治療しますよ」
「俺も、彼に魔法で、割れた爪を治してもらいました」
少尉の連れは、苦しげに目を閉じたが、細く息を吐くと、青い瞳を二人に向けて応えた。
「有難うございます。既に魔法で窮地を救われてしまった身。今更拒絶しても無意味です」
……えぇ? 何だコイツ?
ルベルは、負傷者の物言いに心がザワついたが、無言で様子を窺った。




