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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2046.差異を埋める

 轟音。

 アルブム市立工業高校の校庭に緊張が走る。

 ユアキャストの生配信も破壊音を拾い、コメント欄が騒ぎだす。


 正門の正面にある奥の校舎で、爆発が起きた。

 三階の壁が一部消し飛び、内部が(あら)わになる。

 どうやら、男子トイレらしい。白い膜に覆われた壁の一方で、男性用小便器の凹凸が辛うじて見て取れた。


 「あの魔女、学校で爆弾使いやがったのか?」

 「流石にそれはないだろ」

 「じゃあ、魔獣の攻撃?」

 「ガス爆発?」

 バルバツム兵は口々に言いながら、作戦指揮車へ目を遣る。


 ……小型無人機(ドローン)のモニタがあるのは、あっちか。


 壁の穴からクラウストラが姿を見せた。

 「ごっめぇーん。この部屋の鱗蜘蛛、思ってたより弱くってぇー」

 「えぇッ?」

 アーテル兵の顔色が変わる。


 「存在の核撃ち抜いちゃって、素材ナシなのー」

 「そんなコトより、怪我はないー?」

 ロークが大声で聞くと、クラウストラは大きな動作で頷いてみせた。

 「大丈夫ー」

 「よかったー。そいつで終わりー?」

 「もう一匹で最後ー。狩ったらそっち行くねー」

 「わかったー。ご安全にー!」


 クラウストラが引っ込むなり、クアエシートル記者に共通語訳を求められた。


 生配信のコメント欄は大騒ぎだ。記者が咳払いして質問する。

 「素材って、何?」

 「糸と鱗、魔獣の消し炭です」

 「何を作る材料なんだ?」

 「魔法の服や防具です。他にも作れるかもしれません。しかし、俺は素人です。わかりません」

 ロークが教科書通りの共通語で答えると、コメント欄の流れが変わった。


 ――マジかよ。ゲームみたい。

 ――魔獣倒して素材集めて防具強化。あ、ホントだ。

 ――アーテルってリアルがRPGみたいなんだな。

 ――魔法使いとか居るし。

 ――ガチな回復魔法とかあるしなぁ。

 ――報酬が現金じゃなくてアイテムってのもそれっぽい。


 四眼狼を焼く【炉】の火が消えた。【魔力の水晶】二個分でもきちんと炭化し、ロークは内心、胸を撫で下ろした。【無尽袋】で回収する。

 「焼けた直後なのに触っても火傷しないんだ?」

 「魔獣の消し炭は、熱が残りません。普通の木を焼いた炭は、火傷します」

 「えぇ……? 何で?」

 「俺にはわかりません」

 ロークは作業しながら、共通語で簡潔に答える。



 質問が出た項目は「バルバツム連邦の一般人には知識がない」のだ。一方、ネモラリス共和国の一般人も、インターネットなど、科学文明の知識が薄く、その利便性や危険性を認識し(にく)い。


 信仰や文化、地理的条件などによって、生活様式や常識は大きく異なる。

 まずは、彼我(ひが)の違い……「ひとつの物事に対する認識や視点、知識量などに差異が存在することへの気付き」が、相互理解の第一歩だ。


 違いを知れば、差異を埋める情報交換や、共通点の発見、対話などを積み重ねられる。

 価値観の均一化ではなく、相手を知ることが重要なのだ。


 バルバツム連邦は、軍事力も経済力も、世界で一、二を争う超大国だ。国連常任理事国を務め、国際社会での影響力が大きい。

 この国で、魔法や、魔獣が多数棲息する地域に対する理解が進めば、ネモラリス共和国の外交官や政治家たちが、もう少し活動しやすくなる可能性が拓ける。


 ……何か、もの凄く遠回りな気はするけど、俺にできるのって、これくらいしかないんだよな。


 バルバツム人の記者が、コメント欄に次々と現れる質問を幾つか拾い上げ、ロークが共通語で答える。

 「うわッ!」

 クラウストラがいきなり目の前に出現し、クアエシートル記者が()()った。

 黒髪の魔女はバルバツム人記者に構わず、アーテル軍の特殊部隊に向き直る。

 「ねぇ。その装備でどうやって鱗蜘蛛五匹と戦うつもりだったの?」

 「二頭じゃなかったのか」

 アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の三人が顔色を失う。


 「嘘だと思うんなら、小型無人機(ドローン)の映像を見せてもらえばいいんじゃない?」

 「い、いや、疑ったワケじゃないんだ」

 「小型無人機(ドローン)の偵察では、昨日の十八時時点で、一階の金属加工実習室と三階の男子トイレに巣を張るタイプが一頭ずつだった」

 「夜の間に新手が涌いたか、元々居たのを見落としたのか知らないけど、私が居なかったら、あの四眼狼に食べられてたかもね」


 高校生くらいの少女にしか見えない魔獣駆除業者に言われたが、特殊部隊の屈強な男たちは反論できなかった。

 年嵩(としかさ)の隊員が質問する。

 「他の三頭は、どこに居たんだ?」

 「廊下ウロウロしてたよ。あっ、トイレの壁以外、何も壊してないからね」

 「俺たちに修理代出せとか、言いませんよね?」

 「……こちらで処理しておく」

 年嵩の隊員が、苦虫を噛み潰したような顔で、ロークに応じる。


 置いてけぼりにされた小型無人機(ドローン)が、壁の穴から出てきた。


 ロークの通訳を聞き、クアエシートル記者が質問する。

 「ところで、もう一種類の怪物、ウロコグモってどんなの?」

 「こんなのです」

 作業服のポケットからタブレット端末を出し、魔獣図鑑で鱗蜘蛛の項目を表示させた。

 「ラクリマリス王国で売ってる電子版の魔獣図鑑。湖南語しかありませんけど、これです」

 ロークは、図鑑の内容を一文ずつ、湖南語で音読してから共通語訳した。


 ――これ、アーテル語?

 ――スゲー。何言ってるか全くわからん。

 ――ウロコグモって化け物、ヤバ過ぎねぇ?

 ――あの魔女一人で五匹狩ったって?

 ――パネェ。魔女先輩マジパネェっス。


 四眼狼や鱗蜘蛛なら、アーテル軍にも交戦経験があり、特殊部隊ならギリギリ勝てなくはない。

 魔獣の危険性と魔術の必要性が、この生配信とアーカイブでどの程度、共通語話者……キルクルス教圏の人々に伝わるかは未知数だ。だが、少なくとも、バルバツム連邦軍には伝わっただろう。


 小型無人機(ドローン)が帰投し、バルバツム連邦軍の現場指揮官が指揮車から降りてきた。

 クラウストラがロークとクアエシートル記者の腕を掴み、早口に呪文を唱える。指揮官が何か言ったようだが、軽い目眩に続いて風景が一変して、聞き取れなかった。

☆あの四眼狼……「2042.異郷の戦い方」参照

☆魔獣図鑑で鱗蜘蛛の項目……「864.隠された勝利」参照

☆交戦経験……「1822.図鑑を捨てる」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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