2043.校庭で待つ間
クラウストラが校庭に円を描いた。
「この死骸、その中に運んでもらえます?」
アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の兵士たちは、文句ひとつ言わず、牙を抜かれた四眼狼の死骸を運ぶ。
クラウストラが水筒を開け、【操水】で返り血を洗い流して【炉】の呪文を唱える。並の狼より一回り大きい魔獣は、瞬く間に消し炭と化した。
「そんな……一瞬で……!」
「焼却炉で燃料たっぷり掛けても燃え残ったのに」
特殊部隊の兵が悲鳴に近い声を上げ、魔獣駆除業者に扮したクラウストラが呆れた顔で聞く。
「魔獣は強いモノ程、死骸でも、普通の火じゃ燃えにくいのよ。今までどうしてたの?」
「開戦前は、細かく切って焼いたが、今は数が多過ぎて」
「あっそ。この校舎、四眼狼が七匹居るから、ここで待ってて」
「一人で行く気か?」
「位置はわかってるから遠隔攻撃できるもの。足手纏いだから、待っててくれた方が助かるわ」
ロークが共通語に訳し、魔獣の消し炭を【無尽袋】に回収すると、クアエシートル記者が遅れて驚きの声を上げた。
「女の子一人で、魔獣の巣窟に行かせる気か?」
「足手纏いになるだけですよ。【簡易結界】じゃ、四眼狼は防げません」
「でも……」
バルバツム連邦から来た記者が、一人で校舎に入るクラウストラの背中を見詰める。低空飛行の小型無人機が作業服の後ろ姿に続き、アルブム市立工業高校の校舎に入った。
「彼女一人なら、万が一危なくなっても【跳躍】の術で逃げられますし、癒し手の俺まで負傷したら、誰が治療すると思ってるんですか」
「そうか。アシスタントの君は、彼女を信じて待つのが役目なんだな。でも、不意討ちで大怪我したら、逃げられないんじゃないか?」
クアエシートル記者が尤もな疑問を口にする。
「大丈夫です。先に【索敵】の術で魔獣の位置を確認してますから」
「どんな術なんだ?」
「後で説明します。それより、足がロープの輪からはみ出さないように気を付けて下さい」
ロークの持つ護符で、土魚とは充分な距離があるが、念の為に注意した。クアエシートル記者が慌てて足下を見る。
アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の兵士三人も、自前の魔力で光ノ剣の【魔除け】が発動し、土魚が寄ってこない。安全ではあるが、遠隔攻撃の手段がなければ駆除できず、校舎の入口から奥を覗いて相談し始めた。
「傭兵の……しかも、あんな小娘に従うのか?」
「まぁ待て。魔女は見た目通りの歳じゃないかもしれん」
「何百年も生きてるババアの可能性もあるな」
「年齢とかどうでもいい。いきなり出てきた部外者に指揮権ホイホイ明け渡すなんて、大問題だぞ」
三人がロークをちらりと見る。
「確かにそれはあるが、俺たち三人じゃ、一般部隊の掩護なしで四眼狼の群と戦うなんて無理だ」
一人が校舎に向き直る。
クラウストラは廊下の角を曲がって見えず、ここからでは物音も聞こえない。
「聞いてないよ。校舎内に群が居るなんて」
「しっかりしろ! まだ作戦は始まったばかりなんだぞ」
声を震わせた若い隊員の肩をやや年嵩の隊員が叩く。
もう一人がボヤいた。
「死角に入られたら、小型無人機のカメラじゃわかんないもんな」
「さっきまで、窓の外から覗くしかなかったからな」
「遮蔽物越しじゃ、熱源センサもアテになんないし」
「なんて言ってるんだ?」
クアエシートル記者に通訳を求められ、ロークは校門に目を遣った。バルバツム連邦陸軍の部隊は自動小銃を降ろし、ロークに期待の眼差しを向ける。
「前半は、彼女の年齢を云々する話題」
「おい、余計なコト言うなよ」
アーテル兵が振り返り、湖南語で釘を刺す。
ロークは、指揮権と偵察不足、小型無人機の限界について、聞いた通りに共通語訳した。アーテル兵が頷いて校舎に向き直る。
「君は、土魚と戦わないのか?」
「俺は後方支援。彼女が仕留めた魔獣を焼くのを手伝ったり、ちょっとした怪我を治したり、戦闘以外って役割分担してるんです」
クアエシートル記者の質問にやや声を大きくして答える。
バルバツム連邦陸軍は、機関銃座二基の設置を終え、いつでも土魚を撃てる。だが、機関銃手たちは台座からやや離れた所で待機し、他の兵士たちも自動小銃を肩に掛け、仲間内で雑談を交わす。
現場指揮官の姿が見えない。作戦指揮車か通信車輌で、小型無人機からの映像を確認するのだろうが、ここからではどちらに居るかわからなかった。
……この記者、人質としてどのくらい価値があるんだろう?
クラウストラが魔獣駆除を終えた後、アーテル兵かバルバツム兵に攻撃された場合、盾になり得るか考える。
契約は口約束だ。予算の都合で報酬を踏み倒す為、あるいは、魔法使いの手を借りたことを隠蔽する為、口封じに始末される可能性がある。
クラウストラの作業服は【鎧】並の強度だ。機関銃で撃たれても平気だろう。だが、ロークは、一発でも当たれば終わりだ。
……カメラのデータとかあるから、記者もまとめて殺して、回収するかもしれないんだよな。
土魚の群は相変わらず、ロークたちとアーテル兵を遠巻きにして土埃を立てる。夏の陽射しに炙られる苦痛より、食欲が勝っても、【魔除け】や【簡易結界】には負けるのだ。
苛立った土魚が跳ね上がり、再び土中へ潜る。
クアエシートル記者がタブレット端末で、鰭の爪で土を掻いて自在に移動する土魚の動画を撮る。
「あの土魚って、食べられないのか?」
「土魚を食べる?」
「いっぱい居るし、食料資源として使えるんなら、アーテルの貧困対策とか、輸入の停滞で起きた食料品の値上げも、一気に解決できそうだけど」
ロークが思わず湖南語で聞き返すと、バルバツム人記者は説明を加えた。
「食用は危険です。身に毒を蓄積します。食べたものの履歴が不明です」
「そっか。まぁ、使えるんなら、とっくに使ってるよなぁ」
ロークがタブレット端末で音声を拾いやすいよう、くっきりはっきり共通語で答えると、バルバツム人記者は肩を落とした。
☆焼却炉で燃料たっぷり掛けても燃え残った→島の葬儀屋に焼かせる「1478.葬儀屋の買物」「2014.予定外の任務」参照




