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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2042.異郷の戦い方

 ロークは、ロープの結び目に布用の強力な両面テープで呪符を貼付け、力ある言葉を唱えた。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)

  垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて

  千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて 雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)

  内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」


 クラウストラが、開け放たれた校門から鶏の生肉を放り込んだ。

 校庭の土が水のように波立ち、土煙が上がる。

 バルバツム兵が一斉に自動小銃を構えたが、現場指揮官が片手を水平に上げて制止した。


 クラウストラがベルトに吊るしたナイフを抜き、呪文を唱えて横に薙ぐ。

 雷の網が放たれ、土魚(どぎょ)の群を絡め捕る。【紫電の網】は、十数匹の魔獣を一瞬で消し炭と化して消えた。

 ロークは、結び目を持って校庭に踏み込んだ。

 「わ、ちょ、ちょっと待って!」

 「大丈夫ですよ。俺を信じて下さい」

 足を踏ん張るクアエシートル記者を(なだ)め、土魚だった消し炭に近付いた。


 仮に【簡易結界】が切れたとしても、ヴィユノークが作ってくれた【魔除け】の護符がある。今回は大粒の【魔力の水晶】を入れてきた。日没までは効力が持続する筈だ。


 歩く振動を感知し、新手の土魚が現れた。

 バルバツム人記者が野太い悲鳴を上げる。

 土魚の群は、魔獣の消し炭を【無尽袋】に回収するロークを遠巻きにして、近付かなかった。

 「ホ、ホントに効くんだ!」

 クアエシートル記者が共通語で叫んでシャッターを切る。


 「どうです? 私たちと契約します?」

 クラウストラが、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の兵士に聞く。

 「……幾らだ?」

 「まず、私たちの身の安全を保証すること。報酬は魔獣から採れる素材全部と、今日の晩ごはん。何か美味しいの奢って」

 「は? 晩ごはん?」

 「どうせ予算ないんでしょ? 駆除屋を入れた方が生存率高いのに、そうしない部隊多いし」


 アーテル兵は返答に詰まった。

 現場指揮官が、通訳を()かす。

 彼が言われた通りに訳すと、バルバツム陸軍の現場指揮官が校庭に声を掛けた。


 「そこの記者、お前は彼らを幾らで雇った?」

 「ここまでの道案内と朝ごはん。それと、彼らが知りたい情報です」

 クアエシートル記者が正直に答え、ロークが頷くと、現場指揮官は呆れた声を出した。

 「魔法使いってのは欲がないのか? それとも、化け物の黒焼きってのは高値で売れるのか?」

 「俺は呪符使いで、魔獣の消し炭は呪符を作る基本素材なんです」

 ロークが共通語で答えると、共通語を解する兵たちは表情を引き締めた。


 指揮官が別の質問を投げる。

 「その電車ごっこみたいなものはなんだ?」

 「デンシャって何ですか?」

 ロークが共通語で聞き返すと、指揮官は舌打ちした。

 「アーテルには鉄道がないんだったな。その、えー……子供の遊びみたいな輪っかは何だ?」

 「輪の内側を雑妖や魔物から守る【簡易結界】です。雑妖は全く寄せ付けませんし、魔物の目から見えなくなって、土魚とか弱い魔獣も輪の中には入れません」


 「幾らでなら売る?」

 「キルクルス教徒なのに魔法の道具、使っていいんですか?」

 ロークは耳を疑った。


 「生憎、俺は現実主義者なモンでな。教会の連中に何と言われようと、部下の安全と安心を優先する」

 「ロープは何でもいいんですけど、この呪符だと、せいぜい五人くらいまでですね。あんまり広くし過ぎると、その分、効力が弱まります」

 「その呪符はどうやって使うんだ?」

 バルバツム人の現場指揮官が興味津々で聞く。


 「輪にしたロープに貼付けて呪文を唱えて、失効したら、呪符は灰になります」

 「で、一枚幾らだ?」

 「流石にこれは晩ごはんじゃ無理です。一枚につき、純銀の指環一個」

 ロークは吹っ掛けたが、相場を知らないバルバツム人は、驚いた眼でロークを見て、部下に向き直った。

 「おい、誰かシルバーアクセサリー持ってたら出せ。指環一個で命が買えるんなら、安いモンだ」


 兵たちが顔を見合わせ、肘で小突きあう。


 「校庭の外から射撃するんですから、要らないと思いますよ?」

 アーテル兵が共通語で止めたが、指揮官は一蹴した。

 「この現場ではそうだが、次も同じとは限らん。通信途絶で、次の作戦までに彼らと再会できる可能性は低い。今しかないんだ。この地での“正しい戦い方”と防具を得る機会は!」

 「ランテルナ島では普通に売ってますけどね。呪符屋さん、いっぱいあるし」

 ロークが共通語で言うと、怯えた目を向けられた。


 そんな遣り取りをする間にも、クラウストラはどんどん校庭の奥へ進み、【紫電の網】で土魚の消し炭を量産する。

 クアエシートル記者は盛んにシャッターを切った。


 一眼レフカメラのプレビュー画面を確認しながら、記者が共通語で聞く。

 「何故、彼女は化け物に襲われないんだ?」

 「作業服にもっと強力な防禦の術が掛かってるからです。それなりに強い魔力がないと効力を維持できないんで、俺じゃ無理ですけど」

 ロークは答えながら、魔獣の消し炭を回収する。

 「女の子の方が強いんだ?」

 「彼女は魔法戦士で、俺は呪符使い。彼女が駆除屋で、俺はちょっとした治癒魔法が使える手伝いです」


 クラウストラが校舎の扉前に立った。

 「どうしますー? 雇わないんなら、勝手に入って狩っちゃいますけどー?」

 「わかった。俺がホテルのディナーを奢る」

 アーテル兵が応じ、共通語で報告する。


 「シルバーアクセサリーは俺がポケットマネーで買取る。電車ごっこの志願者は後で決めろ。一人は俺だ」

 現場指揮官が言うと、兵の一人がチェーンネックレスを外して前に出た。

 「じゃ、商談成立ってコトで、後で呪符と呪文のメモを渡しますね」


 特殊部隊のアーテル兵三人が【魔除け】の効果がある光ノ剣を携え、校庭に駆け込む。その後をバルバツム陸軍の記章付き小型無人機(ドローン)が追う。

 アーテル兵の一人が校舎の鍵を開けた。

 躍り出た四眼狼の喉をクラウストラのナイフが切り裂く。

 記者が息を呑み、校門の外で野太い悲鳴が上がった。


 気を取り直したアーテル兵が言う。

 「凄い反射神経だな」

 「先に【索敵】で見てるに決まってるでしょ」

 クラウストラは四眼狼の髭と眉毛をナイフで切取り、作業服のポケットから小型ペンチを出して牙を引き抜いた。

☆ヴィユノークが作ってくれた【魔除け】の護符……「0131.知らぬも同然」参照

☆【魔除け】の効果がある光ノ剣……「1784.特殊部隊の剣」参照

☆アーテルには鉄道がない……「0285.諜報員の負傷」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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