2042.異郷の戦い方
ロークは、ロープの結び目に布用の強力な両面テープで呪符を貼付け、力ある言葉を唱えた。
「此の輪 天なり 六連星 満星巡り
輪の内 地なり 星の垣 地に廻り
垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて
千万の昆虫除けて 雑々の妖退け
内守れ 平らかなりて 閑かなれ」
クラウストラが、開け放たれた校門から鶏の生肉を放り込んだ。
校庭の土が水のように波立ち、土煙が上がる。
バルバツム兵が一斉に自動小銃を構えたが、現場指揮官が片手を水平に上げて制止した。
クラウストラがベルトに吊るしたナイフを抜き、呪文を唱えて横に薙ぐ。
雷の網が放たれ、土魚の群を絡め捕る。【紫電の網】は、十数匹の魔獣を一瞬で消し炭と化して消えた。
ロークは、結び目を持って校庭に踏み込んだ。
「わ、ちょ、ちょっと待って!」
「大丈夫ですよ。俺を信じて下さい」
足を踏ん張るクアエシートル記者を宥め、土魚だった消し炭に近付いた。
仮に【簡易結界】が切れたとしても、ヴィユノークが作ってくれた【魔除け】の護符がある。今回は大粒の【魔力の水晶】を入れてきた。日没までは効力が持続する筈だ。
歩く振動を感知し、新手の土魚が現れた。
バルバツム人記者が野太い悲鳴を上げる。
土魚の群は、魔獣の消し炭を【無尽袋】に回収するロークを遠巻きにして、近付かなかった。
「ホ、ホントに効くんだ!」
クアエシートル記者が共通語で叫んでシャッターを切る。
「どうです? 私たちと契約します?」
クラウストラが、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の兵士に聞く。
「……幾らだ?」
「まず、私たちの身の安全を保証すること。報酬は魔獣から採れる素材全部と、今日の晩ごはん。何か美味しいの奢って」
「は? 晩ごはん?」
「どうせ予算ないんでしょ? 駆除屋を入れた方が生存率高いのに、そうしない部隊多いし」
アーテル兵は返答に詰まった。
現場指揮官が、通訳を急かす。
彼が言われた通りに訳すと、バルバツム陸軍の現場指揮官が校庭に声を掛けた。
「そこの記者、お前は彼らを幾らで雇った?」
「ここまでの道案内と朝ごはん。それと、彼らが知りたい情報です」
クアエシートル記者が正直に答え、ロークが頷くと、現場指揮官は呆れた声を出した。
「魔法使いってのは欲がないのか? それとも、化け物の黒焼きってのは高値で売れるのか?」
「俺は呪符使いで、魔獣の消し炭は呪符を作る基本素材なんです」
ロークが共通語で答えると、共通語を解する兵たちは表情を引き締めた。
指揮官が別の質問を投げる。
「その電車ごっこみたいなものはなんだ?」
「デンシャって何ですか?」
ロークが共通語で聞き返すと、指揮官は舌打ちした。
「アーテルには鉄道がないんだったな。その、えー……子供の遊びみたいな輪っかは何だ?」
「輪の内側を雑妖や魔物から守る【簡易結界】です。雑妖は全く寄せ付けませんし、魔物の目から見えなくなって、土魚とか弱い魔獣も輪の中には入れません」
「幾らでなら売る?」
「キルクルス教徒なのに魔法の道具、使っていいんですか?」
ロークは耳を疑った。
「生憎、俺は現実主義者なモンでな。教会の連中に何と言われようと、部下の安全と安心を優先する」
「ロープは何でもいいんですけど、この呪符だと、せいぜい五人くらいまでですね。あんまり広くし過ぎると、その分、効力が弱まります」
「その呪符はどうやって使うんだ?」
バルバツム人の現場指揮官が興味津々で聞く。
「輪にしたロープに貼付けて呪文を唱えて、失効したら、呪符は灰になります」
「で、一枚幾らだ?」
「流石にこれは晩ごはんじゃ無理です。一枚につき、純銀の指環一個」
ロークは吹っ掛けたが、相場を知らないバルバツム人は、驚いた眼でロークを見て、部下に向き直った。
「おい、誰かシルバーアクセサリー持ってたら出せ。指環一個で命が買えるんなら、安いモンだ」
兵たちが顔を見合わせ、肘で小突きあう。
「校庭の外から射撃するんですから、要らないと思いますよ?」
アーテル兵が共通語で止めたが、指揮官は一蹴した。
「この現場ではそうだが、次も同じとは限らん。通信途絶で、次の作戦までに彼らと再会できる可能性は低い。今しかないんだ。この地での“正しい戦い方”と防具を得る機会は!」
「ランテルナ島では普通に売ってますけどね。呪符屋さん、いっぱいあるし」
ロークが共通語で言うと、怯えた目を向けられた。
そんな遣り取りをする間にも、クラウストラはどんどん校庭の奥へ進み、【紫電の網】で土魚の消し炭を量産する。
クアエシートル記者は盛んにシャッターを切った。
一眼レフカメラのプレビュー画面を確認しながら、記者が共通語で聞く。
「何故、彼女は化け物に襲われないんだ?」
「作業服にもっと強力な防禦の術が掛かってるからです。それなりに強い魔力がないと効力を維持できないんで、俺じゃ無理ですけど」
ロークは答えながら、魔獣の消し炭を回収する。
「女の子の方が強いんだ?」
「彼女は魔法戦士で、俺は呪符使い。彼女が駆除屋で、俺はちょっとした治癒魔法が使える手伝いです」
クラウストラが校舎の扉前に立った。
「どうしますー? 雇わないんなら、勝手に入って狩っちゃいますけどー?」
「わかった。俺がホテルのディナーを奢る」
アーテル兵が応じ、共通語で報告する。
「シルバーアクセサリーは俺がポケットマネーで買取る。電車ごっこの志願者は後で決めろ。一人は俺だ」
現場指揮官が言うと、兵の一人がチェーンネックレスを外して前に出た。
「じゃ、商談成立ってコトで、後で呪符と呪文のメモを渡しますね」
特殊部隊のアーテル兵三人が【魔除け】の効果がある光ノ剣を携え、校庭に駆け込む。その後をバルバツム陸軍の記章付き小型無人機が追う。
アーテル兵の一人が校舎の鍵を開けた。
躍り出た四眼狼の喉をクラウストラのナイフが切り裂く。
記者が息を呑み、校門の外で野太い悲鳴が上がった。
気を取り直したアーテル兵が言う。
「凄い反射神経だな」
「先に【索敵】で見てるに決まってるでしょ」
クラウストラは四眼狼の髭と眉毛をナイフで切取り、作業服のポケットから小型ペンチを出して牙を引き抜いた。
☆ヴィユノークが作ってくれた【魔除け】の護符……「0131.知らぬも同然」参照
☆【魔除け】の効果がある光ノ剣……「1784.特殊部隊の剣」参照
☆アーテルには鉄道がない……「0285.諜報員の負傷」参照




