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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十一章 匡済

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2039.生きてゆく縁

 アーテル共和国生まれの無自覚な力ある民は、魔力の発覚後、大半が路線バスで南ヴィエートフィ大橋を渡る。

 だが、最近はあまりにも急激にランテルナ島への移住者が増加。身ひとつで渡った者の窃盗などで、治安が悪化しつつあった。


 一部はランテルナ島に留まらず、運び屋フィアールカらの手で、ラクリマリス王国領へ流出する。

 ロークは、フィアールカの報告書で非公式会合の内容を知り、積極的に声を掛けるようになった。


 無自覚な力ある民は追放同然でランテルナ島へ渡り、多くがホームレスになる。突然の事態で途方に暮れ、残飯や、パン屋が一般ゴミと分けて出すパンの耳などを食べて暮らした。



 八月初旬、盛夏の太陽は、情け容赦なく地上を炙る。

 地下街チェルノクニージニクに降りれば、様々な術で守られ、涼しく安全だ。だが、キルクルス教の「魔術は()しき(わざ)である」との教えが染みついた者の多くは、酷暑のカルダフストヴォー市に留まる。

 地上の街にも【魔除け】の敷石など、魔法が組込まれた物が無数にあるが、太陽と星が見える場所の方が落ち着くらしい。


 「ちょっとした仕事があるんですけど、どうですか?」

 ロークは、汗と皮脂の()えた臭いに気付かないフリで、街路樹の下に(うずくま)る男に声を掛けた。

 無精髭に覆われた顔は垢染み、乾いた汗が白い筋を描く。

 瞼が上がり、目だけを動かしてロークを見上げた。薄汚れた肌の中で、充血した眼球の白がやけに目出つ。


 「防壁の外で、薬草や、お茶にする香草を摘む作業なんですけど」


 呪符屋の仕事はシフトが休みだ。

 午前中はフィアールカに頼まれた件を片付け、今は午後二時。力なき民が屋外で活動するには厳しい時間帯だが、魔物や魔獣の活動は鈍り、雑妖は強い陽射しの下では消滅する。


 男の表情は動かない。だが、唇は動いた。

 「報酬は?」

 「採れた素材次第ですけど、道中の飲み物は出します」

 「何で……俺なんだ?」

 「このままじゃよくないからですよ」

 男は無言でロークを見上げる。汚れた服の影から雑妖が滲み出ては消える。街路樹を囲む敷石の【魔除け】を発動させるのは、この男の魔力だ。


 「このクソ暑い中、出てったら死んじまう」

 「そうならないように飲み物を渡すんです」

 「タダでか?」

 「仕事の斡旋ですよ。ヤル気ありそうな人だけに声を掛けてます」


 同様の会話をもう何度繰返したか。確認するのも面倒だ。

 この男に限らず、ホームレスとなった本土出身者は、自警団の監視下にある。死ねば即座に遺体を灰にし、魔物や魔獣の発生を防ぐ手筈だが、夜間に市内で絶命されると厄介だ。


 窃盗などの悪事を働いた者は、すぐ始末されて居なくなる。

 そうでない者は、地上と地下両方の商店会と自警団が、さりげなく守った。


 「陽射しがキツい時間帯の方が、魔物が少なくて安全です。暑さ対策ができればですけど」

 「対策も何も」

 男は春物のコートを頭から被って木漏れ日を防ぐ。脱いだ背広を腰に巻き、緩めたネクタイの下にあるYシャツは、汗で貼り付いて酷い悪臭を放つ。


 「今日は防壁の影沿いを回って、あなたが一人で行く時は、朝早くに行けば、何とかなりそうですけどね。それと、こんな感じの帽子を自分で作ってみるとか」


 男は街路樹の幹に手をついて立ち上がった。

 体臭が鼻を突く。ロークは嘔吐(えず)きそうになるのを(こら)え、防壁の東門へ向かった。



 「どこへ行くんだ?」

 「外です」

 「外? 魔獣が出るのにか?」

 声がやや遠くなる。ロークは構わず進んだ。

 風に乗って饐えた臭いがついてくる。


 防壁の東門を出ると、西門側より破損が酷い廃港には、炎天下でも釣り糸を垂らす者が何人も居た。

 「何してんだ? あいつら?」


 本土出身者は、ほぼ全員が同じ反応を示す。ロークは、何度も繰返した説明と注意をこの男にも与え、防壁沿いを北へ歩いた。


 バス道の東側、ちょっとした雑木林で人影が動く。

 「あいつら、あんなとこで何を?」

 「あなたと同じです。キルクルス教の信仰を捨てて、魔法使いとして生きる決心がついたから、【魔除け】の術で身を守りながら薬草とかを採って売って暮らしてます」

 「信仰を……教えを……捨てる」


 彼らは、キルクルス教の教義に基づき「穢れた者」としてアーテル社会から排除された。それでもまだ、信仰にしがみつく者の気持ちは、ロークには全く理解できない。


 肩掛け鞄からペットボトルを一本出して立ち止まる。

 「これ、約束の飲み物です」

 濃く煮出して塩を少し入れたオルヅォだ。

 「有難う」

 男は駆け寄って受取った。早速、開封して喉を潤す。


 ローク自身は、メドヴェージが編んだ蔓草(つるくさ)細工に【耐暑】のリボンを巻き、【魔力の水晶】を付けた帽子を被る。魔力が尽きるまでは、この暑さでも平気だ。



 三十分ばかり、防壁沿いに進むと、傷薬になる薬草がみつかった。

 同定のコツと虫綿の説明をして、ビニール袋を二枚渡す。男はロークの指示をよく守り、黙々と薬草を摘んで、虫綿を採った。時折、オルヅォを含む以外、口を開かない。

 ロークはやや離れた所で蔓草を採る。


 ラキュス湖を渡る風は涼しく、防壁の影から出なければ、石畳の照り返しがキツい市内より過ごしやすい。


 少しずつ北へ進み、一時間余りで薬草の袋がいっぱいになった。

 「そろそろ帰りましょう。遅くなると魔獣が出ます」

 「そうか」

 男は手の甲で汗を拭って立ち上がった。


 ロークは鞄から布袋を出して渡す。地下街チェルノクニージニクの雑貨屋でおまけにもらったが、パン屋の姉妹が作ってファーキルが売りに行ったものだ。

 何時間も掛けて頑張って作っても、何の魔法もない単なる布袋は、ここではほぼ無価値なのだと思い知らされた。


 男が、空のペットボトルと薬草を布袋に入れる。


 「じゃ、売りに行きましょう」

 ロークは、もう一本のオルヅォと、蔓草(つるくさ)細工の説明書を渡して歩き出した。

 道々【操水】の術と魔法使いの入浴と洗濯について語る。男は返事をしなかったが、ロークは防壁の門に着くまで話し続けた。



 「汚ねぇカッコで街へ入ンな!」

 門番の一人がロークの連れを止め、もう一人が【操水】で丸洗いする。

 「合格だ」

 「礼はいらねぇ。さっさと行け」

 「合格……?」

 洗われた男が呆気(あっけ)にとられた顔で聞く。


 ロークは男の手首を掴んで先を急いだ。

 「あなたがこの街に来てからずっと、泥棒とか悪いコトしないで真っ当な手段で稼ぐようになるか、見られてたんですよ。自警団に」

 「見張られてたのか」

 愕然とした囁きに振り返らず、手首を握る手に力を籠めた。

 「見守られてたんです。魔物に取り込まれないように」

 何カ月振りかで垢の落ちた男は、無言でロークに続いて階段を下りる。


 「今日、この街で生きてゆく(よすが)ができました。合格ってそう言うコトです」


 ロークは、顔馴染みの素材屋に本土出身の男を紹介した。

☆治安が悪化……「1796.生存の選択肢」参照

☆非公式会合の内容……「1990.逃げ果せた者」~「1992.無反応を貫く」参照

☆自警団の監視下……「1900.情報と引換え」参照

☆パン屋の姉妹が作ってファーキルが売りに行ったもの……「448.サイトの構築」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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