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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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209/3505

0208.何かいい案は

 「これから、どうしましょう?」

 クルィーロは、誰にともなく呟いた。

 近くには高校生のローク、ソルニャーク隊長、少年兵モーフが居る。


 女子は女子だけで固まり、幼馴染のレノは、ラクリマリス人の少年ファーキルとカネの話をする。

 レノのパンが売れれば、燃料を補給できるかもしれない。

 何となく無理な気がしないでもないが、全く何もしないよりはいいだろう。


 「人の住む街まで行ってみないことには、何とも言えんな」

 ソルニャーク隊長が、ポツリと返す。

 不安に揺れる眼で、少年兵モーフが隊長の顔を見た。クルィーロが(とも)した【灯】に仄白く照らされた顔には、複雑な陰影が落ちる。


 ロークが自分の荷物からラジオを出しながら聞いた。

 「例えば、街に行ったとして、どんな危険があると思います?」

 「検問で引っ掛かって、追い返されるだろうな」

 隊長は即答した。


 空襲後、北ザカート市民や更に北の住民が、車で避難したのは想像に(かた)くない。平和と安全を求める人々が、南隣の王国に混乱をもたらした可能性がある。


 ……街に入れてもらえても、いい顔はされないだろうな。


 半世紀の内乱の終結から三十年経ったが、ネモラリス共和国はまだ復興途上だ。

 ラクリマリス王国も、南ザカート市の再建を放棄するなど、余裕があるようには見えない。


 「何とかして、追い返されずに済む方法って……」

 「先月みたいに腕ずくで通っちまやいいんじゃねぇの?」

 ロークの質問を皆まで言わせず、少年兵モーフが当たり前のように言い放つ。

 クルィーロとロークは瞬時に表情を凍らせ、言葉を失った。


 ソルニャーク隊長は、二人をチラリと見てモーフに苦笑してみせる。

 「武器もなしに、お前一人で、ラクリマリスの魔法使い相手に戦うつもりか?」

 「えっ? 隊長とおっさんは……?」

 少年兵モーフが驚いて問い返す。


 「勝てる見込みが全くない(いくさ)を仕掛けるのは、愚か者のすることだ。それに」

 隊長は言葉を区切り、荷台のみんなを見回して、少年兵に視線を戻した。


 「それに、魔法使いの二人とフラクシヌス教徒たち……特に地元民の少年が、祖国の民と(いさか)いを起こしたがると思うか?」

 少年兵モーフは、隊長の言葉に弱々しく首を横に振った。振る度に頭が下がり、ついには項垂(うなだ)れてしまう。


 「無用の(いさか)いは、何も生みださず、それで得られるものは何もない」


 ……俺たちの街でやったテロは、勝ち目のある有益な諍いで、何か得られる正当な戦いだってのか?


 クルィーロは胸の奥がささくれ立ったが、ここで星の道義勇軍と争うのは、それこそ「何も生まない無用の諍い」なので(こら)えた。


 そっとアマナを(うかが)う。

 妹は、女の子同士のお喋りに夢中で、こちらの話は耳に入らないようだ。


 少し安心し、クルィーロはせめてもの抗議の意思表示として、星の道義勇軍の隊長に厳しい視線を向けた。

 ソルニャーク隊長と視線が交わる。

 年配のテロリストは、クルィーロに何も言わなかった。

 クルィーロも、年配のテロリストに何も言えなかった。


 ……言えば、何もかも終わっちゃうんだろうな。


 一時の激情で妹の命を危険に晒すワケにゆかない。

 彼らは力なき民だが、クルィーロより遙かに強い。



 勝てる見込みが全くない戦を仕掛けるのは、愚か者のすることだ。



 ついさっき隊長が言った通り、クルィーロは、妹を守る為に争いを避ける道を選んだ。

 そんな空気を読んでくれたのか、高校生のロークが口を開く。

 「強行突破じゃないなら、どうやって検問所を通るんですか? 廃墟だったら昨日みたいに街を迂回できますけど……」


 人の住む街を避けたのでは、いずれ燃料切れで動けなくなるか、魔物に襲われて終わるだろう。


 「薬師(くすし)の言うように、正攻法で難民申請を出す方法がひとつ」

 隊長は指を一本立ててみせた。だが、すぐにその指を折り曲げて続ける。

 「ガルデーニヤに送り返される可能性が高い」


 「じゃあ、どうすりゃいいんスか?」

 少年兵モーフが顔を上げて質問する。

 ソルニャーク隊長は珍しく、困った顔で答えた。

 「それがわかれば、苦労はせんさ」

 モーフに落胆の色が広がる。


 隊長は、クルィーロの肩越しに女の子たちを眺めながら言った。

 「あの子たちの案……行商人のフリをするのも、ひとつの手だな」

 「販売許可とかって……」

 「さぁな? さっき彼は物々交換だと言っただろう」

 クルィーロの指摘に、隊長はラクリマリス人のファーキルを見遣った。


 それを聞いて、ふと思いついた案を口に出す。

 「あ……彼を送って行くって言う名目はどうでしょう? グロム市民なんですよね?」

 「そうだな。ひとつより、複数の名目がある方がいいだろうな。……彼は先月、戦争に巻き込まれて孤児になった。行商人の我々が自宅に送り届ける途中だ」


 何とも穴だらけの計画だが、今はそれに(すが)るしかなかった。

 ラクリマリス人としてダシに使われるファーキルには申し訳ないが、グロム港までは同行してもらいたい。


 「対向車だ」

 いつの間にか小部屋に入ってきたレノが、鋭く告げた。

 荷台の空気が張り詰める。

☆半世紀の内乱の終結から三十年……「0001.内戦の終わり」「0005.通勤の上り坂」「0026.三十年の不満」参照

☆先月みたいに/俺たちの街でやったテロ……「0013.星の道義勇軍」「0021.パン屋の息子」~「0025.軍の初動対応」参照

☆廃墟だったら昨日みたいに街を迂回……「0192.医療産業都市」参照

☆正攻法で難民申請を出す方法……「0196.森を駆ける道」「0201.巻き添えの人」参照

☆さっき彼は物々交換だと言った……「0206.カネのハナシ」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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