0208.何かいい案は
「これから、どうしましょう?」
クルィーロは、誰にともなく呟いた。
近くには高校生のローク、ソルニャーク隊長、少年兵モーフが居る。
女子は女子だけで固まり、幼馴染のレノは、ラクリマリス人の少年ファーキルとカネの話をする。
レノのパンが売れれば、燃料を補給できるかもしれない。
何となく無理な気がしないでもないが、全く何もしないよりはいいだろう。
「人の住む街まで行ってみないことには、何とも言えんな」
ソルニャーク隊長が、ポツリと返す。
不安に揺れる眼で、少年兵モーフが隊長の顔を見た。クルィーロが点した【灯】に仄白く照らされた顔には、複雑な陰影が落ちる。
ロークが自分の荷物からラジオを出しながら聞いた。
「例えば、街に行ったとして、どんな危険があると思います?」
「検問で引っ掛かって、追い返されるだろうな」
隊長は即答した。
空襲後、北ザカート市民や更に北の住民が、車で避難したのは想像に難くない。平和と安全を求める人々が、南隣の王国に混乱をもたらした可能性がある。
……街に入れてもらえても、いい顔はされないだろうな。
半世紀の内乱の終結から三十年経ったが、ネモラリス共和国はまだ復興途上だ。
ラクリマリス王国も、南ザカート市の再建を放棄するなど、余裕があるようには見えない。
「何とかして、追い返されずに済む方法って……」
「先月みたいに腕ずくで通っちまやいいんじゃねぇの?」
ロークの質問を皆まで言わせず、少年兵モーフが当たり前のように言い放つ。
クルィーロとロークは瞬時に表情を凍らせ、言葉を失った。
ソルニャーク隊長は、二人をチラリと見てモーフに苦笑してみせる。
「武器もなしに、お前一人で、ラクリマリスの魔法使い相手に戦うつもりか?」
「えっ? 隊長とおっさんは……?」
少年兵モーフが驚いて問い返す。
「勝てる見込みが全くない戦を仕掛けるのは、愚か者のすることだ。それに」
隊長は言葉を区切り、荷台のみんなを見回して、少年兵に視線を戻した。
「それに、魔法使いの二人とフラクシヌス教徒たち……特に地元民の少年が、祖国の民と諍いを起こしたがると思うか?」
少年兵モーフは、隊長の言葉に弱々しく首を横に振った。振る度に頭が下がり、ついには項垂れてしまう。
「無用の諍いは、何も生みださず、それで得られるものは何もない」
……俺たちの街でやったテロは、勝ち目のある有益な諍いで、何か得られる正当な戦いだってのか?
クルィーロは胸の奥がささくれ立ったが、ここで星の道義勇軍と争うのは、それこそ「何も生まない無用の諍い」なので堪えた。
そっとアマナを窺う。
妹は、女の子同士のお喋りに夢中で、こちらの話は耳に入らないようだ。
少し安心し、クルィーロはせめてもの抗議の意思表示として、星の道義勇軍の隊長に厳しい視線を向けた。
ソルニャーク隊長と視線が交わる。
年配のテロリストは、クルィーロに何も言わなかった。
クルィーロも、年配のテロリストに何も言えなかった。
……言えば、何もかも終わっちゃうんだろうな。
一時の激情で妹の命を危険に晒すワケにゆかない。
彼らは力なき民だが、クルィーロより遙かに強い。
勝てる見込みが全くない戦を仕掛けるのは、愚か者のすることだ。
ついさっき隊長が言った通り、クルィーロは、妹を守る為に争いを避ける道を選んだ。
そんな空気を読んでくれたのか、高校生のロークが口を開く。
「強行突破じゃないなら、どうやって検問所を通るんですか? 廃墟だったら昨日みたいに街を迂回できますけど……」
人の住む街を避けたのでは、いずれ燃料切れで動けなくなるか、魔物に襲われて終わるだろう。
「薬師の言うように、正攻法で難民申請を出す方法がひとつ」
隊長は指を一本立ててみせた。だが、すぐにその指を折り曲げて続ける。
「ガルデーニヤに送り返される可能性が高い」
「じゃあ、どうすりゃいいんスか?」
少年兵モーフが顔を上げて質問する。
ソルニャーク隊長は珍しく、困った顔で答えた。
「それがわかれば、苦労はせんさ」
モーフに落胆の色が広がる。
隊長は、クルィーロの肩越しに女の子たちを眺めながら言った。
「あの子たちの案……行商人のフリをするのも、ひとつの手だな」
「販売許可とかって……」
「さぁな? さっき彼は物々交換だと言っただろう」
クルィーロの指摘に、隊長はラクリマリス人のファーキルを見遣った。
それを聞いて、ふと思いついた案を口に出す。
「あ……彼を送って行くって言う名目はどうでしょう? グロム市民なんですよね?」
「そうだな。ひとつより、複数の名目がある方がいいだろうな。……彼は先月、戦争に巻き込まれて孤児になった。行商人の我々が自宅に送り届ける途中だ」
何とも穴だらけの計画だが、今はそれに縋るしかなかった。
ラクリマリス人としてダシに使われるファーキルには申し訳ないが、グロム港までは同行してもらいたい。
「対向車だ」
いつの間にか小部屋に入ってきたレノが、鋭く告げた。
荷台の空気が張り詰める。




