2036.レシピを配布
冬の都農業協同組合が、フラクシヌス教団を通じ、難民キャンプに夏野菜を寄付した。
だが、ネモラリス難民への寄付だと知れれば、何かと面倒な対応が発生する。
規格外の野菜を中古の段ボール箱に詰めて神殿へ集め、ボランティアが廃棄するフリでトラックに積んで、難民キャンプまで運んだ。
アミエーラたちが第一区画前のボランティアセンターに着いた時には、トラックが奥地へ続く道に入ったところだった。道路のない区画から【跳躍】できる難民が次々と跳んで来る。
「スゲー!」
「こんないっぱい、マジで?」
「これ、何往復分だ? 魔力足りるかな?」
「第十九、二十、三十一区画、こっちでーす」
難民の驚きと困惑が交じる喜びの声と、ボランティアの誘導が飛び交う。
アミエーラはジェルヌィ、アルキオーネはオラトリックスの【跳躍】で来た。
今日の用件は、呪歌【道守り】ではない。
「奥から順番でしたね」
「えぇ。行き先を間違えないように、確認をお願いしますね」
オラトリックスに言われ、ジェルヌィが作業服のポケットから地図のコピーを出して広げる。
アミエーラは、両肩に襷掛けした手提げ袋の肩紐を掛け直した。リュックサックも背負い、見るからに大変そうな大荷物だが、【軽量】の呪文と呪印が刺繍してあり、うっかりすると荷物の存在を忘れそうになる軽さだ。
「じゃ、サクサク回って今日中に終わらせましょ」
「今日も一日、ご安全に」
ジェルヌィがアルキオーネに応じ、アミエーラと手を繋いで【跳躍】の呪文を唱えた。
持ってきたのは、記事の印刷とレシピ本、調味料と薬用茶だ。
アミエーラとジェルヌィは難民キャンプの北東半分、アルキオーネとオラトリックスは南西半分に配布する。
時流通信社の配信記事で、湖南経済新聞など、複数の新聞社が同じ連載をウェブ限定で始めた。
日之本帝国の防災系慈善団体が、災害時に避難所で調理する病人食、介護食、離乳食のレシピをインターネットで公開。湖南地方に駐在する時流通信社の日之本帝国人記者が、その団体に取材した。
アミトスチグマ王国の料理研究家が、管理栄養士の監修を受け、取材に基づいて湖南地方で入手できる食材に合わせたレシピを考案。力なき民でも、在り合わせの道具で調理できる方法も載せる。
記事は、缶詰などの非常食をそのままでは食べられない様々な事情に触れ、調理の必要性を説くところから始まる。
連載の第一回は、力なき民の記者が、焚火とアルミホイル、新聞紙とラップを使い、実際に介護食を調理する様子も写真入りで載せた。
時流通信社の公式サイトには、ユアキャストに公開した動画もある。
初回だけ、特別に紙面一ページ分の文章量だが、二回目からは四分の一ページ分の長さで掲載する。
まだ、連載の二回目だが、伝えるのはなるべく早い方がいい。ファーキルが、湖南経済新聞の公式サイトからA3サイズに調整し、集会所の数だけ印刷した。
アミエーラとジェルヌィが、第三十四区画診療所の住居へ声を掛ける。
「ごめんくださーい。病人食のレシピ本、お持ちしましたー」
「はーい」
出てきたのは、小学校高学年くらいの女の子だ。
台所へ通してもらい、病人食と介護食のレシピ本を食卓に並べる。大伯母カリンドゥラがファンに寄付されたものだ。
いずれも管理栄養士監修で、基本の説明のみ。病人食用は、アレルゲン除去食、高血圧、腎臓病、糖尿病の四冊。表紙を含めて二十八ページの薄い本だ。
調理方法が魔法使い向けで、難民キャンプでは手に入らない食材も多いが、参考程度になら使える。
アミエーラが腰を屈めて女の子に目線を合せて聞く。
「患者さんのごはん、誰が作ってるのかな?」
「はーい。私でーす」
「えっ? 君が? まだ子供なのに頑張ってて偉いなぁ」
ジェルヌィが、悲しみを押し殺した笑顔で褒めると、呪文入りの服を着た女の子は、頬を染めてはにかんだ。
アミエーラは本の内容を軽く説明し、リュックサックからショウガの粉末一キロ入りの紙袋、香辛料サリエット、薬用茶メリッサとベルベーヌの小袋を出した。
「このお茶と調味料にも、お薬の効果が少しあるから、看護師さんとかと一緒に説明書を読んで使ってね」
「はーい」
アミエーラは、こんな小さい子が、他人の命を預かる食事作りをせざるを得ないことに胸が痛んだ。だが、彼女の力では、これ以上どうすることもできない。
……お昼と夕飯の仕込みは、ボランティアの人たちが手伝ってくれるけど。
作り置きできない為、朝食はこの子と、人手不足で過労気味の医療者たちで何とかするしかなかった。
「次に来る時、調味料、別のを持ってくるから」
「じゃあ、もっと美味しいの作れるようになるんですね」
女の子が声を弾ませる。
「おっと、忘れるとこだった」
ジェルヌィが、袋から鍵束のような匙の塊を取り出した。
「これ、計量スプーン。きっちり計れるようになるよ」
「わぁ、こんなちっちゃいのもある! かわいーい! ありがと!」
女の子の屈託のない笑顔に送られ、二人は集会所へ急いだ。
印刷した記事を掲示板に貼り、次の集会所へ向かう。
診療所は一区画に一カ所しかないが、集会所は複数あった。
「あら、新しいニュース?」
「はい。ここでも応用できる料理の記事なんです」
「アルミホイルとかは次の救援物資で来るんで、実際この通りにできるのって、もうちょっと先になりますけどね」
おばさんに聞かれ、二人が答えると、プランターの野菜や薬草の世話をする者たちが集まってきた。
「美味いモン食えるようになるって?」
「ジャガイモがホクホクで、味付けなしでも割とイケるカンジになりますよ」
「ジャガイモの収穫はもうちょい先だしなぁ」
「力なき民でもできるのか」
「へぇー、土に埋めて上で焚火ねぇ」
ジェルヌィが第一回の写真を指差すと、明るい顔が幾つも掲示板を囲んだ。
☆日之本帝国の防災系慈善団体……「2006.病人食の問題」~「2008.支援要請の席」参照
☆病人食と介護食のレシピ本……「2008.支援要請の席」参照




