2033.戦わない理由
「それでは、次のニュースです。レーチカ臨時政府によって、北ザカート市へ派遣された魔獣駆除業者三組が、このほど、無事に地元デレヴィーナ市に帰還しました」
客席がパッと明るくなる。
知らなかった市民が多いらしいのが、モーフには意外だ。
ラジオのおっちゃんジョールチが、いつもの調子で業者のインタビューを読み上げた。
ネーニア島西部には、湖西地方からも魔獣が飛来する。ネモラリス島には居ない強敵に苦戦し、政府軍と共闘したこと、持ち帰った素材の種類や、北ザカート市での暮らしのエピソードを並べ、最後に復興状況を伝える。
「北ザカート市では、印暦二一九三年七月下旬時点で、瓦礫の撤去、防壁の再構築、主要道路の再整備が完了しました。また、ガスと水道は一部地域で復旧しましたが、発電所は再建工事中で、完成時期は未定です」
空襲は鳴りを潜めたが、アーテル軍によるミサイル攻撃の懸念は残る。
レーチカ臨時政府は、住民帰還について、未だに何ひとつ発表できないでいた。
デレヴィーナ市での第四回公開生放送が無事に終わった。
ラジオのおっちゃんジョールチが、イベントトラックの係員室から姿を現す。荷台の舞台で挨拶が終わった途端、会社の連中に囲まれた。今回は、もうひとつの商店街でも見た商工会議所のおっさんたちも居る。
「難民キャンプ絡みのニュース、アミトスチグマの取引先にもらった湖南経済本社版にも同じコト書いてありましたよ!」
「熱中症の件とか、ホントに外国まで取材に行ってくれてたんですね」
おっさんたちは、地元紙の三倍くらい分厚い湖南経済新聞を握って、緑の瞳を輝かせる。
「湖南経済にバルバツム軍がアーテルに来たって載ってたの、ガセだと思ってたんですけど、ジョールチさん、アーテルにも行って確かめてくれたんですか?」
「私自身が取材したのは、スクートゥム商人がランテルナ島で開く市場です」
「えぇっ? じゃあ、本土のニュースは?」
「本土は、土地勘のある仲間が写真を撮って見せてくれました」
「ホ……ホントにバルバツム軍がすぐそこまで来てるんですか」
イベントトラックに群がる企業関係者らが顔色を失う。
「本土へ取材に行ってくれた仲間は、バルバツム兵が土魚を撃つのを撮影して、写真を見せてくれました」
「ジョールチさん、焼増しもらってませんか?」
「カメラではなく、タブレット端末だったで、画面で見せてもらったのです」
西商店街の催事広場に居残る者たちが、露骨にがっかりした。
ロークたちの報告書は、クルィーロとラゾールニクの端末に入れてある。
クルィーロはマイクを荷台に上げ、ラゾールニクはDJの兄貴と一緒に規制のカラーコーンを重ねて、知らんぷりだ。どうやら、ここの連中には、端末があるのを内緒にするらしい。
モーフも荷台から降り、片付けを手伝いながら聞き耳を立てた。
「バルバツム軍がこっちまで攻めて来るなんてコトは?」
「現時点では不明です。しかし」
「な、なんです?」
「やっぱり、来るんですか?」
幾つもの不安な声が重なる。
ラジオのおっちゃんジョールチは、指揮者みたいに両手を振って、おっさん連中を黙らせた。
「バルバツム連邦陸軍は、今回のアーテル派兵をインターネットで世界中に向けて公開しました。派遣後も、戦果や被害の情報を逐一、報道発表しています」
「そ、それで?」
緑髪のおっさんがせっつく。
ラジオのおっちゃんジョールチは、焦らず、ラジオと同じ調子で答えた。
「派遣理由は、アーテル政府の要請に基づく魔獣駆除の支援です。特段の事情もなく、いきなり攻撃目標を変更することは通常、考えられません」
「普通じゃないコトされたら、どうするんですか?」
湖の民のおっさんたちが、怯えた目でラジオのおっちゃんに縋る。
……魔法使いのおっさん連中がこんなビビるなんてよ。
バルバツム連邦陸軍とやらは、どんなに強い軍隊なのか。
ロークたちの報告書では、普通の弾で土魚を撃って雑魚を殺しまくるだけだ。死骸の回収や焼却をしないせいで、生き残りが死骸を共食いして強くなり、却って面倒なことになった現場が幾つもあるらしい。
魔獣の死骸はどんなに小さくても、すぐ焼かなくてはならない。
少年兵モーフでもわかるコトが、何故、軍隊ぐるみでわからないのか。
ラジオのおっちゃんジョールチは、緑髪の群を見回して静かな声で言った。
「ネモラリス軍は現在も防戦一方で、アーテル領へ派兵した形跡がありません。水軍を向けようにも、ラクリマリス王国の湖上封鎖に阻まれるからです」
「ラクリマリスが邪魔しなきゃ、とっくに戦争終わってたかもしれないんだな」
「何で王家はアーテルなんかを庇うような真似を」
湖の民から不満が噴き出す。
「逆です」
ラジオのおっちゃんの一声で、緑髪のおっさんたちがぴたりと黙った。
「逆ってどう言うコトです?」
「独立後、ネモラリスとアーテルには国交がなく、民間の商取引などもありませんでした。全くの没交渉にも関わらず、アーテルは爆撃の直前、いきなり宣戦布告して、一方的にネモラリス領に無差別爆撃を実施しました」
モーフは、運河の畔で炎に巻かれたのを思い出し、片付けの手が止まった。
「ネモラリス軍は防戦一方で応戦していません。ゲリラによる攻撃はあったようですが、国家としての交戦ではなく、飽くまでも民間人……個人によるものです」
話が難しくなって、モーフにはわからなくなってきた。
緑髪のおっさんたちも話が見えないのか、首を傾げる。
「それは、つまり……?」
「現在の国際法は、紛争の解決手段としての武力行使……つまり、戦争を否定する立場です」
ラキュス・ラクリマリス共和国からの分離・独立によって、半世紀の内乱が清算され、ネモラリス共和国とアーテル共和国の間には「紛争」が存在しない。
揉め事どころか、没交渉で、アーテル軍がいきなり幾つもの都市を焼払い、何万人ものネモラリス人を焼き殺した。
国際法上、明らかに非があるのは、アーテル共和国側だ。
しかも、攻撃直前に国連を脱退した。
本来、国際社会から制裁を受けるべきなのは、アーテル共和国なのだ。
ネモラリス軍が正式に応戦しないことで、アーテル側が一方的に理不尽な虐殺を行った構図ができあがる。
また、アーテル軍は、戦争当事国ではないラクリマリス王国領にも戦車などで侵入し、腥風樹の種子を植付けて国土を汚染した。
ラクリマリス政府は国際司法裁判所に提訴したが、アーテル政府は未だに応訴しない。
アーテルの「ならず者国家」ぶりは、火を見るより明らかだ。
「共通語圏……キルクルス教圏の国々にこれらの情報が、どの程度まで伝わったか不明です。しかし、今は、バルバツム軍と共に向こうの報道関係者も大勢アーテル領に来ています」
……大聖堂から来たナントカって司祭が口利きすりゃ、アーテルが悪者だってバレるよな。
ロークとファーキルの報告書によると、大聖堂の司祭は、アーテルの教会が腐敗していると怒り、フラクシヌス教にも理解を示す。
ネモラリスに味方するコトをバルバツム人に言ってくれそうな雰囲気だ。
「バルバツム連邦軍が、縁も縁もないネモラリス共和国を攻撃すれば、国際的な批難を免れられないでしょう」
湖の民たちは、わかったようなわからないような顔で頷いた。
☆私自身が取材(中略)スクートゥム商人の市場……「1953.二日目の予定」参照
☆アーテル領への派兵をインターネットで世界中に向けて公開/アーテル政府の要請に基づく魔獣駆除の支援……「1842.武器禁輸措置」参照
☆戦果や被害の情報を逐一、報道発表……「1893.王家と商売人」参照
☆普通の弾で土魚を撃って(中略)却って面倒なことになった現場……「1993.祈りの時間に」参照
☆ネモラリス軍は現在も防戦一方……「0154.【遠望】の術」参照
☆運河の畔で炎に巻かれた……「056.最終バスの客」~「0071.夜に属すモノ」参照
☆腥風樹の種子を植付けて国土を汚染……「498.災厄の種蒔き」「499.動画ニュース」「500.過去を映す鏡」「490.避難の呼掛け」「544.懐かしい友人」「587.ハンパな情報」「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」参照参照
☆紛争の解決手段としての武力行使……「1086.政治の一手段」参照
☆攻撃直前に国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0168.図書館で勉強」「0249.動かない国連」「0259.古新聞の情報」「363.敵国の背後に」「364.国際政治の話」「750.魔装兵の休日」参照
☆ラクリマリス政府は国際司法裁判所に提訴……「1525.国際司法裁判」「1526.提訴の意味は」→「1681.コメント確認」「1708.国際ニュース」「1858.南ザカート市」参照
☆どの程度まで伝わったか不明……伝わってない「1859.伝えない情報」参照
☆大聖堂の司祭……レフレクシオ司祭
アーテルの教会が腐敗していると怒り1……「1108.深夜の訪問者」~「1110.証拠を託す者」参照
アーテルの教会が腐敗していると怒り2……「1255.被害者を考察」「1256.必要な嘘情報」参照
アーテルの教会が腐敗していると怒り3……「1426.真夜中の湖畔」~「1429.拡散する楽譜」参照
アーテルの教会が腐敗していると怒り4……「1806.ルフスの被害」~「1807.後任の補佐官」参照
魔術への理解1……「1688.三日月の密会」~「1691.夜の気晴らし」参照
魔術への理解2……「1858.南ザカート市」~「1860.金糸雀の呪歌」参照
フラクシヌス教にも理解を示す……「1905.王都の来訪者」~「1907.祝日制定理由」参照




