2031.避難民の生活
魔法使いの工員クルィーロが、明るい顔で頷く。
「薬罐だったらたくさん入るし、熱湯消毒って言うか、火に掛ければいいし……あれっ? 難民キャンプって鍋とか薬罐とかなかったっけ?」
タブレット端末をつついて、何やら探し始めた。
先週、東の商店街で放送が終わり、今は西の商店街での放送に向けた情報収集をする。
移動放送局のトラックとワゴン車は、北神殿の駐車場に停めた。
西の商店街では、クーデターの混乱で、首都クレーヴェルから逃れた避難者が車中泊して、駐車場の空きが少ないからだ。客用に空きを確保したいから、これ以上の長居は受付けられないと言われては、引き下がるしかなかった。
ホームセンターなどの駐車場に居着くのは、自家用車を持つ力なき民だ。
周辺の店で働き口をみつけ、駐車場代と食費を稼いでギリギリの暮らしを送る。
今の時期に【耐暑】の呪符を切らせば、暑さで死んでしまう。
食費を削ってでも呪符を買うようで、一目で避難民とわかるくらい痩せ、モーフの目には、難民キャンプより酷い有様に映った。
少年兵モーフは、トラックの荷台に貼られた【耐暑】の呪符を見上げ、ランテルナ島の道を走った時の暑さを思い返す。
あの時は、薬師のねーちゃんとクルィーロが魔法で荷台に水の幕を張り、暑さを少し防いでくれたが、それでも、死ぬかと思うくらい汗だくになった。
今は、この呪符のお陰で、外とは別世界のように涼しい。
モーフの経験上、メシを一回や二回抜いても、すぐには死なないが、暑過ぎるのと寒過ぎるのは、すぐ死に直結する。
だが、食い物が足りない日が続けば、身体は弱る一方だ。
……でも、仕事があるだけ、まだマシなんだよな。
モーフが先日、情報収集で話した避難民は、弱々しく笑って応えた。
「店長さんが、休みの日でも毎日来いって呼んでくれて、仕事しない日でも、魔法で服と身体を洗ってくれるから、皮膚病とかにならずに済んでるんだ」
「メシは? 休みの日も、メシ食わしてくれンのか?」
「ウチの店長さんは親切な人で助かってるよ。ついでだからって、ウチの息子も呼んで、お昼ごはん、おなかいっぱい食べさせてくれるよ」
「でも、この街の店長って、湖の民だろ? そのメシって」
モーフは今しか聞けないと思い、ホームセンターの店員に次々質問を浴びせる。
厨房用品の売場は客が居ない。棚もスカスカだ。こんなので給料出せるのかと心配になる。
「わざわざ別に作ってくれて、忙しい時は観光客向けの店から出前取ってくれるんだ」
「息子の分も?」
昨日はモーフが質問し、漁師の爺さんが手帳に控える役だ。
店員のおっさんは、艶のない茶髪の頭を縦に振って答える。
「工場が休みの日は、この店の昼休みに呼んで、俺と一緒に食べさせてくれるから大丈夫だ」
「工場?」
「スープの缶詰を作る工場で、野菜の皮剥きに雇ってもらえたんだ」
「子供なのに?」
聞いてすぐ、モーフも水産加工場で鱗取りに雇われたのを思い出した。苦い記憶に蓋をして避難者の話に耳を傾ける。
「中学生だけど、駐車場は住所として登録できないから、転入手続きができなくて、学校へ行けないんだよ。坊やはどうなんだ?」
「我々も住所不定ですからね。放送場所の学校が厚意で授業に参加させてくれたコトもありますが、大抵は」
漁師の爺さんが白髪交じりの緑髪頭を振る。
店員のおっさんはモーフを見た。
「古本屋で教科書買ってもらって、トラックで読んでる」
「ウチの息子は、パートのおばさんたちが、自分の子供はもう卒業して使わないからって、教科書や参考書をたくさんくれて、休みの日にまぁ何とか」
「リャビーナ市では、月極駐車場で車中泊する世帯も特例で住所登録して学校へ行けるようになったと聞きましたが」
漁師の爺さんが言うと、店員のおっさんは悲しそうに眉を寄せた。
デレヴィーナ市では、高齢者や乳幼児連れなど、働けない避難者の世帯から順に仮設住宅へ入居した。
校庭などの市有地は、すぐ仮設中宅で埋まった。だが、湖の民ばかりの街で、力なき民に必要なインフラが少なく、魔法が使えなくては非常に暮らし難い。
避難者は次々と他所へ転居。空きが増えた仮設住宅は、港の近くに集約して校庭などを空け、建物は住宅不足の他都市へ譲渡した。
駐車場に残るのは、仮設住宅に空きが出る前に雇用され、通勤の都合で港の近くへ引っ越せない世帯ばかりだ。
「もし、転入できたとしても、働かなきゃ食べてゆけない。今は学校どころじゃないんだよ」
「ご協力、有難うございます。これ、よろしかったらどうぞ。情報提供のお礼です」
漁師の爺さんが、鞄から文庫本を三冊重ねた大きさの缶を出した。ラゾールニクが、アミトスチグマ王国で情報収集のついでに買ったバタークッキーだ。
店員のおっさんは、半泣きで何度も礼を言って聞いた。
「今の話、放送するんですか?」
「いえ、外国の仲間に伝えて、もう少しネモラリスの状況をマシにできないか、対応を考えてもらいます」
「一番いいのは、戦争が終わって、湖上封鎖と経済制裁が終わるコトなんですけどね」
泣いて喜んだおっさんは、暗い顔で肩を落とした。
難民キャンプでは、いつ魔獣に食われるかビクついて暮らし、熱中症など、ネモラリス共和国に居れば助かる病気でも死んでしまう。
ここの暮らしが厳しくても、難民キャンプに行けとは言えなかった。
モーフは色々見聞きして教科書もたくさん読み、リストヴァー自治区に居た頃の何倍も賢くなったつもりだ。だが、どうすれば、このおっさんと息子が幸せに暮らせるようになるか、全く見当もつかず、掛ける言葉がみつからなかった。
☆薬師のねーちゃんとクルィーロが魔法で水の幕……「472.居られぬ場所」参照
☆モーフも水産加工場で鱗取りに雇われた……「1498.戦時下の選挙」参照
☆駐車場は住所として登録できない/学校へ行けないん……「1469.追加する伝言」「1471.不在中のこと」参照
☆放送場所の学校が厚意で授業に参加……「1054.束の間の授業」~「1057.体育と家庭科」「1096.教育を変える」「1098.みつけた目標」参照
☆古本屋で教科書買ってもらって……「1021.古本屋で調達」参照
☆リャビーナ市では(中略)特例で住所登録して学校へ……「1598.届かない教育」参照




