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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0207.妹の営業努力

 針子のアミエーラは、安堵で膝の力が抜けそうになりながら、荷台に乗った。

 ラクリマリス王国の検問はあるだろうが、何とかして北ヴィエートフィ大橋を渡れば、歩いてでもアーテル共和国領ランテルナ島に行ける。


 ……どうにかして、ランテルナ島まで行って、後のことは、それから考えた方がいいのかな?


 それとも、魔法の勉強をして、ちゃんとした魔女として、ラクリマリス王国に移住した方がいいのか。

 学校で、ラクリマリス王国は陸の民の魔法使いが多く、力なき民は国民全体の一割程度と習った。ラクリマリス社会は魔法使い中心に回る。


 まだ、どちらとも決められない。

 今は、どちらにでも行けるから。


 ……どこにでも行けると、どこへ行けばいいかわからなくて、どこにも行けなくなっちゃうのね。


 アミエーラはつい最近、自分が魔力を持つキルクルス教徒だと知った。だが、信仰に殉じて、穢れた存在である自分を抹消しようとは思わない。


 ……私は、自治区で生まれたから、キルクルス教しか知らなかっただけで、ホントは信仰とか、何とも思ってなかったのね。


 山中での出来事を振り返り、改めてそう思った。



 モーフが、二人の魔法使いと一緒に居るのをどう思うのか、全くわからない。見たところ、力ある陸の民の工員と、湖の民の薬師(くすし)とも、割と普通に喋る。

 運転手と仲が良く、星の道義勇軍の隊長を尊敬するらしいのは、わかった。


 隊長は、南へ行くと言ってくれたが、モーフたち三人がこれからどうするかは、決めかねるように見えた。

 パン屋の青年とラクリマリス人の少年が、難しい顔でおカネの話をする。


 ……そっか。昨日摘んだ薬草を燃料とかと変えてもらえれば、グロム市まで行って、そこから船にも?


 アミエーラは、店長の言うようにネモラリス島へ渡って、大伯母(おおおば)を捜すこともできる。祖母の手帳を山道で発掘してリュックに入れたが、まだ中を見られない。


 淡い期待からあれこれ想像する。さっき見た荒れ地の東は森だった。

 蔓草(つるくさ)があれば、籠などの細工物を作って、生活の足しにできるかもしれない。自治区ではそれなりに売れたのだ。


 ……何と交換してもらえるかな?


 目的地に着くまでは、できれば燃料が欲しい。

 ラジオでは、救援物資を運ぶラクリマリス王国のトラックが、ネモラリスに来ると言った。

 だが、王国は一般人もほぼ魔法使いだ。自動車を使う人は少ないのではないか、と不安になる。ガソリンスタンドは、ネモラリス同様どこの街にもあるだろうか。



 荷台には窓がなく、外の様子はわからない。

 女の子たちが額を寄せ合い、ノートに何か書きながら小声で相談する。


 ……さっき、お兄さんとパンの値段を相談してたし、続きかな?


 アミエーラは気になって話の輪に加わった。

 「何のお話してるの?」

 「パン売るお話ー」

 パン屋の妹が小声で答えた。唇に人差し指を当て、もう一方の手で手招きする。

 「お兄ちゃんには、内緒だから」

 「内緒? どうして? さっき、お兄さんとそのお話してたよね?」

 アミエーラは声を潜めて聞いた。

 パン屋の妹が眉根を寄せ、深刻な顔になる。

 「お店じゃないから、お兄ちゃんがおいしいパンを作っても、きっと売れないと思うの」

 アミエーラは苦笑するしかなかった。


 確かに今の自分たちは不審者だ。

 蔓草(つるくさ)細工を買ってもらえる前提で考えた自分が、恥ずかしくなる。


 ……どうすれば、地元の人たちに信用してもらえるかな?


 街は、トラックで通過するだけで長期間滞在するワケではない。


 パン屋の姉は、さっきトラックの荷台にガムテープをパンの形に貼り付けて、ネモラリス国営放送のロゴマークを隠した。

 パン屋のフリに説得力を持たせるつもりなのだろう。ガムテープで作ったパンの絵は、放送局のロゴよりマシだが、却って胡散臭く見える。


 短時間で信用してもらえる手段は何か。


 ……そんな都合のいいコト、それこそ、魔法でもない限り……


 「それでね、今、お歌作ってるの」

 「歌?」

 アミエーラが首を傾げると、パン屋の妹は、いたずらっぽく笑ってノートを指差した。

 「あのね、天気予報のお歌、みんな知ってるから、これを替え歌にしてパン屋さんのお歌にするの」

 「替え歌を作って、どうするの?」

 話が全く見えてこない。


 パン屋の妹はもどかしそうに言った。

 「だからね、このお歌を歌って『なんみんじゃなくて、旅のパン屋さんです』って、パンを売るの」

 「あぁ、そう言うこと」

 つまり、CMソングを歌って、行商のフリに説得力を持たせたいのだろう。


 リストヴァー自治区の団地地区でも、そんな訪問販売員が巡回した。

 作物が大豊作だった年には、農家の人々もトラックで売りに回った。

 訪問販売員は大抵、商品名を繰り返し織込んだ歌を歌いながら回る。


 ……あぁ、でも、ネモラリスはそうでも、ラクリマリスはどうなのかな?


 こんな子供騙しが通用するとも思えないが、他にいい案を思いつけない。

 アミエーラは、パン屋の姉妹と工員の妹が、ノートを囲んで小声で相談するのを黙って見守った。


 呼び売りの例に漏れず、何度も「パン」と言う単語が出て来る。

 女の子たちはノートの横に白い紙を置き、それと先に考えた歌詞を比べながら、あぁでもないこうでもないと案を出し合う。


 白い紙には、女の子たちよりずっと(つたな)い字で、何か書いてあった。

 パン屋の姉が、アミエーラの視線に気付いて説明してくれる。

 「これ、モーフ君が書き写してくれた元の歌詞です」

 「元の歌詞?」

 「天気予報の歌の元の歌詞です」


 そう言えば、さっき、替え歌だと言った。アミエーラは、ラジオのニュースを思い返す。


 ……楽器の音しか流れてなかったと思うけど?


 「レコードがあるんです。そこに」

 パン屋の姉は、アミエーラの怪訝(けげん)な顔を見て、指差した。運転席の後ろの小部屋にあるらしい。


 パンをそのまま売っても、誰も買わないだろう。

 彼女らは、パン屋の兄を傷付けないように、理由を伏せて呼び売り用の歌を作るのだ。


 「私も知ってるから、手伝うね」

 アミエーラは、他にすることがないので作詞に加わることにした。

 何もしないよりはいいだろう。

☆自分が魔力を持つキルクルス教徒だと知った……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」「0118.ひとりぼっち」参照

☆山中での出来事……「0118.ひとりぼっち」参照

大伯母(おおおば)を捜す……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」参照

☆祖母の手帳……「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」参照

☆救援物資を運ぶラクリマリスのトラックが、ネモラリスに来る……「0144.非番の一兵卒」「0165.固定イメージ」「0168.図書館で勉強」「0182.ザカート隧道」参照

☆天気予報の歌の元の歌詞……「0170.天気予報の歌」参照

☆レコードがある……「0171.発電機の点検」「0177.レコード試聴」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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