0206.カネのハナシ
「お兄ちゃん、クッキー幾らで売るの? 値札作るよ」
荷台に乗り、レノの隣に腰を降ろしてすぐ、ティスは鞄からペンとノートを出した。妹の肩を軽く叩いて仕舞わせる。
「はいはい。今は揺れるから、後でな」
ティスは素直に頷き、アマナの隣へ移動した。
……売るったって、まずムリだろうし、相場もわかんないしなぁ。
レノは本気で売るつもりはないが、ティスの手前、形だけでもやってみないワケにはゆかないと思い直した。
小さな村なら、同情して買ってくれる年寄りが居るかもしれない。
ラクリマリス人の少年に声を掛けた。
「ファーキル君、こっちって魔法主体だけど、物価ってどうなってんの?」
「えっ? あっ、あの……?」
何か物思いに耽ったらしい少年が、夢から醒めたような顔をこちらに向ける。
レノはもう一度、同じ質問を繰り返した。
「あ、あぁ、物の値段ですか。巡礼の人がよく来る街なら、おカネでも取引してますよ」
「それって、フナリス群島の中だけってコト?」
レノは不安になった。
……あ、でも、どうせ俺たち財布持ってないし、あってもネモラリスのカネなんて使えないし、同じコトか。
「うーん……対岸のグロム市でも割と使えますけど、俺、財布持って来なかったんで……」
「あ、いや、いいよいいよ。気にしなくて。要するに、この辺の街は物々交換ってコトでいいんだよな?」
「この辺、初めてなんで、よくわかりませんけど、多分、そうじゃないかな」
ファーキルは申し訳なさそうに俯いた。
旧南ザカート市とグロム市は、ネーニア島ラクリマリス領の対角にある。北西端と南西端。本来なら、力なき民の少年が来る筈のない場所だ。
この十二人は誰一人として、ラクリマリスの貨幣を持っていなかった。
レノは笑顔でファーキルに礼を言った。
「うん、ありがとう。今はおカネより、燃料とか必要な物と交換できれば、その方が有難いよ」
ティスを見ると、女の子四人で額を寄せ合い、何事か楽しそうにお喋りする。妹たちが機嫌よく過ごす姿にホッとして、レノは先のことを考えた。
……俺たち、完全に不審者だから、何も買ってもらえなさそうなんだよな。
それでも、何とかして燃料を手に入れなければ、ネモラリス国営放送のイベントトラックを、ラクリマリス領で乗り捨てることになる。
一行の手持ちで、一番交換レートが高そうなのは、アウェッラーナが作った傷薬だ。客に容器を用意してもらって、目の前で作れば、買ってくれるかもしれない。
……いや、ダメだな。そもそも、こんな不審者の集団、近付きもしないだろ。
地元民に避けられるだけならいい。
警察に通報されて、強制送還ならまだマシだ。
最悪の場合、排除されるかもしれない。ラクリマリス人は九割方、魔法使いだ。魔法で攻撃されたら、ひとたまりもない。
ソルニャーク隊長はきっと、北ヴィエートフィ大橋で別れるつもりだろう。そこからなら、検問さえ何とかなれば、徒歩でもキルクルス教国のアーテルに渡れる。
運転手のメドヴェージが隊長に従うなら、トラックもアーテルに行くが、それはそれでいいと思う。
レノは普通車の講習途中で、まだ運転できない。クルィーロも免許がない。薬師アウェッラーナは【跳躍】が使えるから、免許なんて必要ないだろう。
この国で、力なき民のキルクルス教徒が一緒にいると知られたら、どんな目に遭わされるか、想像するのも恐ろしい。
彼らは今のところ、朝夕や食前のお祈りをしない。だが、いつ口を滑らせるか、気が気でない。キルクルス教徒の四人とは、さっさと別れたかった。
……戦争、いつになったら終わるんだろうな。
レノは妹たちに知られないよう、こっそり溜め息を吐いた。




