2019.呪歌と魔踊で
八月初旬、リストヴァー自治区で夏祭が催された。
祭衣裳は、クフシーンカと老尼僧が、それぞれ自宅で少しずつ作業を進めた分も合わせ、八着ある。
中心の舞手は十二人。四人は平服で踊ってもらうが、大火以前とは違って、破れやほつれのあるみすぼらしい服でないだけまだマシだ。
祭衣裳が行き渡らなかった者たちも、今日の為に特別に綺麗な一着を用意され、祭用の装飾品を身に着けて誇らしげに胸を張る。
祭に使う装飾品は、首飾りと腕環が二対。三点とも、半世紀の内乱前から伝わる品で、リストヴァー自治区への移住時に聖職者の手で持ち込まれた。
銀の土台に【魔力の水晶】と【魔道士の涙】が嵌め込まれ、歴代着用者の魔力を蓄積して輝く。
聖典に記された踊りが効力を発揮するのは、舞手に魔力がある場合と、この装飾品に魔力が残存した状態で踊る場合だ。
今回、東教区で選ばれた中心の舞手十二人の内、魔力があるのは五人。舞手に志願しなかった者や、当日、輪の外側を飛び入り参加で舞う者の中にも、無自覚な力ある民が居るだろう。
教会の前庭には、大勢の信徒が集まった。
毎年、祭の三日間は多くの工場が休みになる。
踊りは教会の敷地から始まり、病院、学校、警察署、工場など、人が多く集まる施設の敷地内を順に巡って舞うからだ。
クフシーンカが半世紀の内乱前、親友のフリザンテーマから聞いた話では、聖典に記された舞は【踊る雀】学派の【魔除け】と【退魔】の魔踊だと言う。
どちらも、群舞の輪を中心に広範囲を浄化するが、効果範囲は舞手の魔力の強さに依存する。
東教区の高校生が、楽器を携えて東教会の前庭に整列した。指揮棒を振る音楽教諭の動きに合わせ、ギター、フルート、トランペットを奏でる。
楽器はすべて、大火の後、世界各地のキルクルス教系慈善団体が寄付してくれた立派なものだ。
クフシーンカの居る来賓用簡易テントの傍らで、魔装兵たちが息を呑んだ。
「どうされました?」
「えっ? い、いえ」
「あの……その……」
テントの傍らに立つ政府軍の魔装兵たちが、仲間内で顔を見合わせ、目を泳がせる。
「もしかして、この曲も魔法なのですか?」
クフシーンカが聞くと、魔装兵たちは周囲に視線を巡らせ、こくりと頷いた。
「大丈夫ですよ。みんな、聖典に魔法が載っていると聞かされておりますから」
「えぇ。それは引継ぎで聞きましたけど、まさか、あんな若い自治区民が実際に使うとは」
「何人かは、ちゃんと使えてますし」
「そんなコトまでわかるんですの?」
クフシーンカが驚いた声を上げると、来賓席の工場長たちが怪訝な顔をこちらに向けた。
「そのお話、詳しくお聞かせいただいても?」
プラエソーの勤務先の工場長だ。
魔装兵たちは戸惑いがちに頷いた。
「この曲は、【歌う鷦鷯】学派。歌声や、楽器の音色で術を行使する系統の魔術で、楽器による【魔除け】です」
「楽器の音色……って音楽ですよね?」
雇われ工場長が首を傾げ、他の工場長たちは、魔装兵と楽器を奏でる四十八人の高校生に視線を往復させた。
そんな話をする間にも曲は進む。
聖典には単に喇叭、横笛、弦楽器としか記載がなく、弟が自治区に居た頃は、竪琴で参加した。同じ曲が二巡すれば、三巡目からは舞手たちが踊りで加わる。
「旋律に魔力を乗せて発動させる術で、生まれつき声を出せない人用に開発された術式です」
「力なき民でも、【退魔】と【魔除け】なら【魔力の水晶】を身に着ければ発動できます」
「じゃあ、今の曲も?」
工場長たちが、高校生たちを見遣った。
高校生は夏の陽射しの下、蔓草細工の帽子を被り、汗だくになって曲を奏でる。
同じ楽器が十六人。ギター、フルート、トランペットで四十八人。暑さをものともせず、雑妖や実体を持たない魔物を滅ぼす日の光の下で、力強く奏で続ける。
「そうです。何人か、力ある民が居ますね」
「わかるんですか?」
「聞いただけで?」
来賓席がざわつく。
魔装兵は奏者の群に目を向けて答えた。
「魔力の流れを感じます。夜なら、浄化の淡白色の光が視えますよ」
「あ、半視力の人には視えないんですけどね」
他の魔装兵が付け足した。
明るい陽射しの下では、【魔除け】による浄化の光とやらは全くわからない。そもそも、日の光で充分なのだから、これも無意味で形骸化した儀式なのだろう。
舞手たちが一糸乱れぬ動きで踊り始めた。
十二人一組で輪になり、それぞれが別の動きをしながら回る。
クフシーンカも若い頃は舞った。この踊りで重要なのは、パート毎に分かれた手の動きだ。
女学生の頃、親友のフリザンテーマにこの手の動きは【魔除け】の呪文だと指摘された。星道の職人として学び始めたばかりで、自分では気付かなかったが、修業が進むにつれて本当にそうだと確かめられた。
今、リストヴァー自治区東教会の前庭で舞う者たちも、手の動きで正確に力ある言葉の文字を宙に綴る。
「この踊りもそうですね。【踊る雀】学派の魔法の踊りです」
「踊りの魔法まであるんですか」
「何の魔法ですか?」
工場長たちから、感嘆と質問が飛ぶ。
「同じ【魔除け】で、ちゃんと発動してますね」
工場長たちは、魔装兵から再び踊りの輪に視線を移した。
「これも、生まれつき声が出ない人用で、一部の術はこうやって【魔力の水晶】とかでも発動します」
「八時間ずっと踊り続けて井戸を掘る【泉穿つ舞】とか、魔力より体力がキツい魔踊が多いですね」
「八時間……?」
クフシーンカは絶句した。
工場長の一人が聞く。
「兵隊さんたちも、井戸掘りのやつ踊るんですか?」
「いえ、我々は【魔除け】の呪文を唱えられますし」
「岩盤なら、【光の槍】で壊せますからね」
恐ろしい話を聞いてしまった気がするが、夏祭の儀式は、来賓席のざわつきを他所に粛々と進む。
舞手十二人の踊りが一巡し、二巡目に入ると、大勢の信徒たちがその外側で人の輪を作り、同じ舞を踊り始めた。平服で装飾品もなく、練習不足で動きも揃わないが、みんな真剣だ。
魔装兵たちは、振りを間違える者があっても、笑わなかった。
☆プラエソー/プラエソーの勤務先の工場長……「786.束の間の幸せ」「895.逃げ惑う群衆」「897.ふたつの道へ」参照
☆八時間ずっと踊り続けて井戸を掘る【泉穿つ舞】……「0140.歌と舞の魔法」参照




