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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2014.予定外の任務

 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、地下街チェルノクニージニクの定宿に腰を落ち着けた。


 少尉が部屋に【防音】を掛け、紙袋をルベルに寄越した。

 「食べながら聞いてくれ。アミトスチグマに派遣中の駐在武官が、夏の都で購入したものだそうだ」

 「了解」


 サンドイッチと羊肉の串焼きだ。

 寝台に腰掛け、すっかり冷えて固くなった肉にかぶりつく。


 「アクイロー基地への攻撃は延期になった」

 「いつまでですか?」

 「まず明日は、小型無人機(ドローン)の調査だ。私一人で地下格納庫に侵入。写真と動画を撮影する」

 「少尉お一人で、ですか?」

 「お前は【姿隠し】が使えんだろう。私一人の方が身軽だ」

 「了解」


 ラズートチク少尉は、どの学派の徽章(きしょう)も身に着けないが、【(いつわ)郭公(カッコウ)】学派の術を幾つも使いこなせるらしい。


 「アクイロー基地への攻撃は、小型無人機の情報を総司令本部が吟味(ぎんみ)してからになる」

 「それまでずっと待機ですか?」

 「いや。アーテル本土で買物し、生産体制や輸入状況を調査。物資はトポリ基地へ運搬せよ」

 「了解」


 ラズートチク少尉が、作業服のポケットから買物メモを何枚も取り出した。別のポケットから【無尽袋】を二枚出して寝台に並べた。


 「お前は、外出を恐れるアーテル人から買物代行の依頼を受け、メモと現金を預かったマコデス人の魔獣駆除業者だ」

 「了解」


 メモは全て、筆跡、用紙の種類、筆記具が異なる。

 小麦粉、肉類の缶詰、野菜ジュース、常温で長期保存可能な牛乳、粉ミルクなどの保存食が中心だが、玉葱などの日持ちする野菜、処方箋なしで買える医薬品、消毒液や紙おむつ、歯ブラシなどの日用品も並ぶ。

 メモの裏面は、表と同じ筆跡で、アーテル人によくある名前と預けた金額が書いてあった。


 「資金は魔獣駆除で得たアーテルの現地通貨を充てる」

 「了解」


 少尉はウェストポーチから薄い布袋とアーテル本土にある銀行の封筒を出した。行名はバラバラだ。その上に札束を乗せた。


 「食べ終わったら、メモの金額通りに分けて入れろ」

 「了解」

 ルベルは急いで羊肉を飲み下した。



 ラズートチク少尉は、翌朝早く宿を出た。

 魔装兵ルベルは、営業開始時刻まで待つ。魔哮砲を収容した【従魔の檻】を胸ポケットに移し、現金とメモを入れた封筒をウェストポーチに捻じ込んで、定食屋へ向かった。


 以前、オリョールを見た獅子屋を避け、初めての店に入る。

 安い定食屋は、薄汚い身形(みなり)の客が大半で、小綺麗な(なり)のルベルは浮いて見えた。パンと卵を焼く匂いに何とも言えない臭気が交じり、吐き気を催す。

 トーストと茹で卵を持ち帰りにして、珈琲スタンドに移動した。


 ……あれ全部、本土から来た力ある民なのか。


 (くら)い思いに囚われ、雑妖が滲み出す人の群は、彼ら自身が異形に見えた。店舗に掛けられた【魔除け】の力で、涌き出す端から消滅するが、よくない傾向だ。



 買物の場所は、アーテル本土のどことは指定されなかった。まずはランテルナ島から最も近いイグニカーンス市へ跳んだ。


 メモ一枚につき、スーパーマーケット一店舗と決めて回る。

 一軒目の商品棚は充実し、数量、種類共に豊富な品揃えだ。

 缶詰などは自国製が少なく、ラニスタ共和国、ディケア共和国、バルバツム連邦製の順で多い。


 缶詰を各四個ずつと二キログラム入りのパスタ四袋を入れると、レジ籠がいっぱいになった。カートの下段に下ろし、上段に乾燥野菜や砂糖、小麦粉などを積んでゆく。

 これも、ラニスタ産と湖東地方産が多い。


 アーテル共和国の食料自給率が元々どの程度だったか知らないが、土魚(どぎょ)の拡散で国産生野菜の生産と出荷は絶望的だろう。


 野菜売場を見ると、案の定、全て外国産だ。傷みやすい葉物野菜は全くなく、玉葱や南瓜、パプリカなど、輸送に耐え日持ちするものばかりだ。

 それも「お一人様一個限り」の表示がある。

 若い女性が玉葱に手を伸ばしかけたが、値札を見て引っ込めた。



 「おかしほしーい!」

 「お菓子なんてないでしょ。これ、おじいちゃんのごはんなの」

 中年女性が介護食のパックを手に幼児を(なだ)めすかす。

 通路の床は、いかにも子供が好みそうな花や動物の絵に彩られるが、両脇の棚に収まるのは、レトルトの介護食や栄養補助食品だ。

 買物のメモにはなかったが、封筒の中身と相談して、これも少し買う。


 「えっ? こんなに? お一人で?」

 「頼まれ物なんで、レシートか領収証下さい」

 会計係はそれ以上言わず、籠二杯山盛りの商品を黙々と処理した。


 銀行の封筒に釣銭とメモを入れ、買った物とまとめてレジ袋に詰める。パンパンに膨らんだレジ袋は【無尽袋】に入れた。

 地元の買物客が、掌大(てのひらだい)の巾着袋に大きなレジ袋が次々吸い込まれる様に息を呑む。誰も何も言わないので、ルベルも余計なコトは言わず、さっさと次の店へ移動した。


 どの店も、アーテル共和国の国産品は(ほとん)ど見当たらない。

 イグニカーンス市内のスーパーマーケットは、輸入品でどうにか生活必需品の供給を維持するようだ。


 ……魔獣のせいで出勤できなかったら、製造が止まるだろうしなぁ。


 労働者自身は勤務可能な状態でも、現在は全学校園が休校措置の対象となり、子供の預け先がなくなった。幼い子供だけでは留守番させられず、昼食の用意も必要だ。


 土魚の群は、アーテル各地の校庭を中心に出現し、周辺に拡散。地方都市では農地にも広がり、家畜にも甚大な被害が発生した。


 魔物がこの世の生き物を喰らえば受肉して実体化し、実体を得た魔獣が更にこの世の生き物を喰らえば、際限なく大きく強くなる。

 小型の魔獣なら、通常兵器でも倒せなくはない。だが、死骸を放置すれば、そこから新手が涌く。魔獣の死骸を喰らって即座に受肉し、この世の生き物を喰らった個体より強くなる。


 死骸を焼却しようにも、湖上封鎖で燃料の輸入が滞り、燃料不足で車輌の通行規制が続く。

 燃料不足を補う為、ランテルナ島の葬儀屋を呼び出すが、身の安全を保証されない為、応じる者は少ない。


 企業の倒産や、個人事業主の廃業が相次ぎ、各地で一家心中が増加。しかし、土魚に阻まれ、現場となった家屋から遺体の回収さえままならず、そこからまた新手の魔物が涌いた。


 ……まぁ、カネはあるとこにはあるみたいだし、輸入の資金がなくなるコトはないんだろうけど。



 魔哮砲戦争の開戦後、アーテル共和国の貿易収支は月を追う毎に増大する。

 半世紀の内乱後の三十年あまりで築き上げた「魔術に依らない純粋な科学」の産業構造は、崩壊しつつあった。

☆【姿隠し】……「707.奪われたもの」参照

☆オリョールを見た獅子屋……「1777.魔獣との戦争」参照

☆湖上封鎖で燃料の輸入が滞り、燃料不足で車輌の通行規制……「802.居ない子扱い」参照

☆ランテルナ島の葬儀屋を呼び出す……「1478.葬儀屋の買物」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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