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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2061/3515

2011.敵機の格納庫

 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、北ザカート市沖の防空艦ノモスから、ランテルナ島のカルダフストヴォー市西門へ【跳躍】した。


 廃港では、今日も釣糸を垂れる者が壊れた岸壁に並ぶ。

 西門からたくさんの荷物を抱えた一団が現れた。何人かは見覚えがある。中央広場で露店市を開いたスクートゥム王国の行商人だ。

 七月下旬の空は十七時を過ぎてもまだ明るいが、湖西地方の入口まで帰るなら、早いに越したことはない。口々に呪文を唱え、門前から姿を消した。



 二人は釣人の邪魔をしないよう、廃港の西端までゆっくり歩く。

 崩壊した建物の陰に入ると、【魔除け】に驚いた補色蜥蜴(ほしょくとかげ)が走り出た。


 「(もろもろ)の力を(つか)ね 光矧(ひかりは)ぎ 弓弦(ゆづる)を鳴らし 魔を(はら)え」


 ラズートチク少尉が一撃で仕留め、【炉】で焼いて消し炭にする。

 魔装兵ルベルは、釣人から見えない位置まで移動した。

 「こんなとこまで補色蜥蜴が来るんですね。もっと居ないか見てみます」

 「頼む」

 南の湖上へ目を向けて【索敵】を唱えた。


 術で拡大した視界でラングースト半島の北西端を捉える。

 約三カ月前、アーテル軍アクイロー基地建屋の再建工事完了を確認したが、屋上に前回の【索敵】時にはなかったアンテナがある。


 建屋内に目を凝らすと、物体の壁を易々と透過し、内部の様子が手に取るように見えた。再建させても相変わらず、魔法に対する障壁はないのだ。


 既に機器類の設置が終わり、軍服姿の者たちがその前に座って、ルベルにはわからない複雑な操作をするらしいのが見えた。

 以前破壊したイグニカーンス基地同様、フライトシミュレータが設置された部屋もあるが、現在は無人だ。


 真新しい滑走路には、やや古びた小型爆撃機が整列する。

 ルベルは【索敵】の視線をずらし、一機ずつ確認した。どうやら、バルバツム連邦のカタグーサ重工製小型爆撃機らしい。



 約三十年前に開発され、後継機種が製造され続けた定番シリーズだが、十年程前に無人爆撃機の実戦投入が始まった為、バルバツム連邦軍では運用が廃止された。

 現存する中古機は、中小国の軍への売却が進む。解体する手間と費用を浮かせ、少しでも元を取りたいのだろう。


 アーテル政府の支払い能力は不明だ。



 機種名を囁くと、少尉は数を(ただ)した。

 「七十二」

 格納庫に収容中の機は、いずれも操縦席がない。ルベルには、無人機の機種をまだ識別できず、数だけ伝える。

 「巣の中は無人で……三十六」

 「色と大きさは?」

 「灰色で小型ですね。外に居るのと同じくらいの大きさです」


 管制塔のある建屋から滑走路を隔てた南東には、事務棟と兵舎が並ぶ。居室の大半には人の居た痕跡がなく、未使用らしき様子が窺えた。


 ……ラニスタで訓練中の空軍兵は、まだ戻ってないんだな。


 事務棟一階に設けられた売店の職員は品出しに忙しく、兵舎一階の食堂では調理師たちが夕飯の支度に(いそ)しむ。

 どの棟も、各入口と屋上に歩哨を立てた上で監視カメラを設置し、人と機械の目で侵入者を警戒する。力なき民しか居ないとは言え、流石に軍の基地では、深夜も歩哨に立つだろう。



 廃港から釣人が引き揚げ始めた。

 ルベルは、今日の釣果を報告し合う声が消えるのを待って【刮目】を唱えた。左隣に立ったラズートチク少尉の手を握り、再び【索敵】を唱える。

 少尉は、部下の見たものを再確認すると、そっと手を離した。

 「多いな……今日はもう日が暮れる。明日以降に出直そう」

 「そうですね」

 二人は釣人に聞こえるよう言って、ウンダ市の空家へ【跳躍】した。



 庭付き一戸建てのありふれた民家だ。花壇と家庭菜園が災いし、住民と飼い犬が土魚(どぎょ)に食い殺された。

 当時二階に居て無事だった住民は、食料がなくなるまで救助を待った。だが、要救助者に対して救助隊の人手が足りず、あちこちで住民が取り残された。

 餓死寸前まで待った生存者は、玄関から門まで食卓や寝台のマットレスを並べて脱出を試みたが、失敗に終わったのだ。


 現在、閉ざされた門扉と開け放たれた玄関扉の間には、破壊された木製家具と、血に染まり、食い千切られたマットレスが散乱する。


 ウンダ市内での魔獣駆除活動中、ラズートチク少尉が調査した空家だ。

 二人は術で直接、二階奥の寝室へ移動した。


 寝台が二台並ぶだけの質素な部屋にうっすら埃が積もる。

 ルベルは【刮目】を唱えて少尉と手を繋ぎ、【索敵】を掛け直した目で北西の方角を見た。


 先程は、管制塔の建屋側から見たが、今回は南東の正門側からの視点だ。

 得られる情報はほぼ同じだが、距離が近くなった分、より鮮明になり、爆撃機を整備する兵士の顔も見分けられる。


 「密偵の情報より数が少ないな。格納庫に地下がないか見てくれないか?」

 「了解」

 命令を受けて何気なく視点を下げ、ルベルは息を呑んだ。


 事務棟の西、滑走路の南に地下格納庫がある。


 「一体……いつの間に……?」

 ルベルが我知らず発した声がかすれる。


 地下の広大な空間にもう一本、滑走路が走る。

 資料で見た空母並の規模だ。充分機能するだろう。

 出口はラングースト半島南西の崖にぽっかり開く。


 地下にも同型の小型爆撃機が七十二機あり、地下空洞をLPレコード大の機械が十機余り(せわ)しなく飛び交う。

 コンクリート打ちっぱなしの壁際には、都市迷彩のテントが幾つも並ぶ。内部に事務机が置かれ、兵士たちがノートパソコンを操作する。


 ……見覚え……あ! サリクス市の小学校で見た小型無人機(ドローン)だ!


 小型無人機(ドローン)は十二機、テントも十二張りある。これも、バルバツム連邦から持ち込んだのだろう。


 内部の様子は、地上の建屋と同じ新しさではなく、コンクリート壁に浸み出した水の痕跡が、白い筋を描いて床面まで続く。

 「地下水に混じって浸出したカルシウムなどのミネラルだな」

 「では、今回の再建工事で新設したものではないのですね?」

 「だろうな。恐らく、シェラタン当主に迎撃をお願いした無人機の大規模攻勢。あの大編隊は、ここに隠していた可能性があるな」

 「こんな所に……」

 「出口の真上を見てくれ」

 「了解」



 何の変哲もない荒れ地だ。

 草が根付く前に種子が強風で飛ばされるらしい。崖の近くは剥き出しの地面で、五メートルばかり内陸へ入った所から、雑草が生い茂る草地になる。

 木造の農具小屋らしきものが、草地にポツンと建つ。


 「小屋の内部は?」


 視線を寄せる。

 木造に見える擬装を施したコンクリート製の小屋だ。内部は歩哨が二人立ち、監視カメラも各方向へ向けられる。

 金属製の扉の向こうには、地下へ続く梯子が見えた。


 「非常口か。お前はここで待機。魔哮砲は出すな。私は一旦、報告に戻る」

 「了解」

 ラズートチク少尉は【跳躍】を唱え、一人で総司令本部に帰投した。

☆フライトシミュレータが設置された部屋……イグニカーンス基地「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」参照

☆サリクス市の小学校で見た小型無人機……「1854.戦い方の違い」「1855.見鬼の見え方」参照

☆シェラタン当主に迎撃をお願いした無人機の大規模攻勢……「0309.生贄と無人機」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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