2011.敵機の格納庫
魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、北ザカート市沖の防空艦ノモスから、ランテルナ島のカルダフストヴォー市西門へ【跳躍】した。
廃港では、今日も釣糸を垂れる者が壊れた岸壁に並ぶ。
西門からたくさんの荷物を抱えた一団が現れた。何人かは見覚えがある。中央広場で露店市を開いたスクートゥム王国の行商人だ。
七月下旬の空は十七時を過ぎてもまだ明るいが、湖西地方の入口まで帰るなら、早いに越したことはない。口々に呪文を唱え、門前から姿を消した。
二人は釣人の邪魔をしないよう、廃港の西端までゆっくり歩く。
崩壊した建物の陰に入ると、【魔除け】に驚いた補色蜥蜴が走り出た。
「諸の力を束ね 光矧ぎ 弓弦を鳴らし 魔を祓え」
ラズートチク少尉が一撃で仕留め、【炉】で焼いて消し炭にする。
魔装兵ルベルは、釣人から見えない位置まで移動した。
「こんなとこまで補色蜥蜴が来るんですね。もっと居ないか見てみます」
「頼む」
南の湖上へ目を向けて【索敵】を唱えた。
術で拡大した視界でラングースト半島の北西端を捉える。
約三カ月前、アーテル軍アクイロー基地建屋の再建工事完了を確認したが、屋上に前回の【索敵】時にはなかったアンテナがある。
建屋内に目を凝らすと、物体の壁を易々と透過し、内部の様子が手に取るように見えた。再建させても相変わらず、魔法に対する障壁はないのだ。
既に機器類の設置が終わり、軍服姿の者たちがその前に座って、ルベルにはわからない複雑な操作をするらしいのが見えた。
以前破壊したイグニカーンス基地同様、フライトシミュレータが設置された部屋もあるが、現在は無人だ。
真新しい滑走路には、やや古びた小型爆撃機が整列する。
ルベルは【索敵】の視線をずらし、一機ずつ確認した。どうやら、バルバツム連邦のカタグーサ重工製小型爆撃機らしい。
約三十年前に開発され、後継機種が製造され続けた定番シリーズだが、十年程前に無人爆撃機の実戦投入が始まった為、バルバツム連邦軍では運用が廃止された。
現存する中古機は、中小国の軍への売却が進む。解体する手間と費用を浮かせ、少しでも元を取りたいのだろう。
アーテル政府の支払い能力は不明だ。
機種名を囁くと、少尉は数を質した。
「七十二」
格納庫に収容中の機は、いずれも操縦席がない。ルベルには、無人機の機種をまだ識別できず、数だけ伝える。
「巣の中は無人で……三十六」
「色と大きさは?」
「灰色で小型ですね。外に居るのと同じくらいの大きさです」
管制塔のある建屋から滑走路を隔てた南東には、事務棟と兵舎が並ぶ。居室の大半には人の居た痕跡がなく、未使用らしき様子が窺えた。
……ラニスタで訓練中の空軍兵は、まだ戻ってないんだな。
事務棟一階に設けられた売店の職員は品出しに忙しく、兵舎一階の食堂では調理師たちが夕飯の支度に勤しむ。
どの棟も、各入口と屋上に歩哨を立てた上で監視カメラを設置し、人と機械の目で侵入者を警戒する。力なき民しか居ないとは言え、流石に軍の基地では、深夜も歩哨に立つだろう。
廃港から釣人が引き揚げ始めた。
ルベルは、今日の釣果を報告し合う声が消えるのを待って【刮目】を唱えた。左隣に立ったラズートチク少尉の手を握り、再び【索敵】を唱える。
少尉は、部下の見たものを再確認すると、そっと手を離した。
「多いな……今日はもう日が暮れる。明日以降に出直そう」
「そうですね」
二人は釣人に聞こえるよう言って、ウンダ市の空家へ【跳躍】した。
庭付き一戸建てのありふれた民家だ。花壇と家庭菜園が災いし、住民と飼い犬が土魚に食い殺された。
当時二階に居て無事だった住民は、食料がなくなるまで救助を待った。だが、要救助者に対して救助隊の人手が足りず、あちこちで住民が取り残された。
餓死寸前まで待った生存者は、玄関から門まで食卓や寝台のマットレスを並べて脱出を試みたが、失敗に終わったのだ。
現在、閉ざされた門扉と開け放たれた玄関扉の間には、破壊された木製家具と、血に染まり、食い千切られたマットレスが散乱する。
ウンダ市内での魔獣駆除活動中、ラズートチク少尉が調査した空家だ。
二人は術で直接、二階奥の寝室へ移動した。
寝台が二台並ぶだけの質素な部屋にうっすら埃が積もる。
ルベルは【刮目】を唱えて少尉と手を繋ぎ、【索敵】を掛け直した目で北西の方角を見た。
先程は、管制塔の建屋側から見たが、今回は南東の正門側からの視点だ。
得られる情報はほぼ同じだが、距離が近くなった分、より鮮明になり、爆撃機を整備する兵士の顔も見分けられる。
「密偵の情報より数が少ないな。格納庫に地下がないか見てくれないか?」
「了解」
命令を受けて何気なく視点を下げ、ルベルは息を呑んだ。
事務棟の西、滑走路の南に地下格納庫がある。
「一体……いつの間に……?」
ルベルが我知らず発した声がかすれる。
地下の広大な空間にもう一本、滑走路が走る。
資料で見た空母並の規模だ。充分機能するだろう。
出口はラングースト半島南西の崖にぽっかり開く。
地下にも同型の小型爆撃機が七十二機あり、地下空洞をLPレコード大の機械が十機余り忙しなく飛び交う。
コンクリート打ちっぱなしの壁際には、都市迷彩のテントが幾つも並ぶ。内部に事務机が置かれ、兵士たちがノートパソコンを操作する。
……見覚え……あ! サリクス市の小学校で見た小型無人機だ!
小型無人機は十二機、テントも十二張りある。これも、バルバツム連邦から持ち込んだのだろう。
内部の様子は、地上の建屋と同じ新しさではなく、コンクリート壁に浸み出した水の痕跡が、白い筋を描いて床面まで続く。
「地下水に混じって浸出したカルシウムなどのミネラルだな」
「では、今回の再建工事で新設したものではないのですね?」
「だろうな。恐らく、シェラタン当主に迎撃をお願いした無人機の大規模攻勢。あの大編隊は、ここに隠していた可能性があるな」
「こんな所に……」
「出口の真上を見てくれ」
「了解」
何の変哲もない荒れ地だ。
草が根付く前に種子が強風で飛ばされるらしい。崖の近くは剥き出しの地面で、五メートルばかり内陸へ入った所から、雑草が生い茂る草地になる。
木造の農具小屋らしきものが、草地にポツンと建つ。
「小屋の内部は?」
視線を寄せる。
木造に見える擬装を施したコンクリート製の小屋だ。内部は歩哨が二人立ち、監視カメラも各方向へ向けられる。
金属製の扉の向こうには、地下へ続く梯子が見えた。
「非常口か。お前はここで待機。魔哮砲は出すな。私は一旦、報告に戻る」
「了解」
ラズートチク少尉は【跳躍】を唱え、一人で総司令本部に帰投した。




