2010.航空戦力復旧
北ザカート市は、魔装兵ルベルがしばらく見ない間にも、復旧工事が進んだ。
印暦二一九三年七月二五日現在、瓦礫の撤去が完了し、防壁と主要道路、上下水道は完全復旧した。ガスはプロパンで、他所から搬入できればすぐ使えるようになるが、電機は発電所の再建工事が途中で、まだしばらくは自家発電装置が欠かせない。
修繕だけで使えるビルがポツリポツリと残る他は、人の営みがない。見渡す限りの更地を真新しいアスファルトの舗装道路と、【魔除け】の敷石が設置された歩道が伸びる。
この北ザカート市にかつての賑わいを取り戻すには、アーテル軍による爆撃やミサイルの脅威を取り除かなければならないのだ。
魔装兵ルベルは、北ザカート市沖に駐留する防空艦ノモスの甲板に立った。
魔哮砲が、あたたかくやわらかい身をすり寄せる。ルベルは左掌で闇のぬくもりを感じながら【索敵】を唱えた。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
魔装兵ルベルは国連安保理決議以降、一カ月近くアーテル本土での魔獣退治と食料品などの調達に明け暮れた。
アクイロー基地は、三カ月前の【索敵】で建屋の完成を確認。だが、ラズートチク少尉の調査では、航空管制に必要な機器……特に通信関連の物品調達が難航し、当分は運用できないだろうとのことだった。
今、【索敵】の眼前には、多数の小型爆撃機が整列する。旧式の機種で、人間が搭乗する操縦席が見えた。機種と数は、もっと接近しなければ正確に把握できないが、五十機は下らないだろう。
魔装兵ルベルが【索敵】で見たものを報告すると、ラズートチク少尉とノモスの艦長は頷いた。
「アーテルのポデレス大統領が、バルバツム軍に魔獣駆除の援軍を要請しただろう」
「はい。自分も、少尉殿と共にバルバツム陸軍がアーテル領内で魔獣駆除する現場に立会しました」
「あれは隠蔽工作だ」
「えッ?」
魔装兵ルベルは、少尉の言葉に耳を疑った。
バルバツム軍は、アルトン・ガザ大陸北部の本国を出発。鵬大洋を東進し、チヌカルクル・ノチウ大陸西端の魔獣が多い地域を避けて洋上を南下。真南から山脈越えの経路で、隣のラニスタ共和国軍の基地に着陸した。
アーテル軍の基地は大半が復旧工事中で、民間空港も通信障害で充分機能しないとの理由だ。
輸送機は空路でアーテル陸軍の演習場に入り、兵員と物資を降ろした。物資は、地上戦用の武器弾薬と食料、医薬品などの他、爆撃機用の弾薬も持ち込んだ。
輸送機の護衛として編隊に加わった戦闘機は帰投したが、爆撃機は大型トレーラーに積載し、陸路でアクイロー基地まで運搬された。高価な航空燃料の節約と、ネモラリス軍やラクリマリス軍の目を欺く工作のつもりだろう。
「ラニスタ共和国に置いた密偵からの報告だ。我々に与えられた任務は、アーテル領入りしたバルバツム陸軍の調査と食料の調達だった」
少尉は、知らなかったことを気にするなと言いたげにルベルの肩を軽く叩いた。
「では、その、バルバツム陸軍が、航空管制に必要な通信機器を持ち込んだというコトですか?」
「その通りだ。本国との連絡に必要だと言えば、わかりやすいな」
ラズートチク少尉が、北ザカート市の沖合に浮かぶ防空艦ノモスから、南へ視線を転じた。勿論、【索敵】のない通常の視力では、ラングースト半島北端のアクイロー基地は見えない。
「アーテル軍は、無事だった有人爆撃機を掻き集め、今回、バルバツム軍が魔獣討伐名目で派遣した部隊に紛れ込ませて持ち込んだ旧式の小型爆撃機と併せて、航空戦力を復旧させたのだ」
アーテル軍の爆撃機や戦闘機の生き残りは、魔哮砲の撃ち漏らしと、整備工場など基地以外の場所にあったものだ。アーテル軍は空軍基地の工事中、無傷で残った航空戦力を陸軍基地や演習場などに分散して保管した。
陸軍基地に移送された爆撃機などは、追加の攻撃で破壊し尽くしたが、ポデレス大統領が野党の反対を押し切って追加購入したミサイルは、保管場所が掴めない。
「しかし、爆撃機と弾薬だけあっても、操縦士は」
「無事だった者と新兵をラニスタ共和国へ送り出し、ラニスタ空軍で訓練と演習を継続中だ」
「成程。それで開戦直後以外、ラニスタ空軍は出撃しなかったのですね」
ノモスの艦長が納得する。兵士の訓練など、後方支援に回ったのだ。
ラズートチク少尉が、魔装兵ルベルの目を見て言う。
「お前に伝達しなかったのは、言えば、いつ基地への攻撃命令が出るか気にして魔哮砲に意識を向けてしまうからだ」
「あッ……」
やわらかな闇の塊が伸び上がり、ルベルの左半身をふにゃりと覆う。
「あぁ、大丈夫。心配しなくていい。怒られたワケじゃない」
ルベルが右手で撫でながら言い聞かせると、魔哮砲は主の足元で丸まって落ち着いた。
「よく馴れてい……いや、それと意思疎通できるのか?」
ノモスの艦長が目を丸くする。
ラズートチク少尉は、落ち着いた声で説明した。
「命令は、【使い魔の契約】による強制で、魔哮砲が力ある言葉の意味を理解する必要はありません」
「言葉は多分、通じてないと思いますが、気持ちはなんとなくわかります」
ルベルには、魔哮砲と自分の接続が、どの程度まで弱められたかわからない。
以前は意識を深く繋ぎ過ぎ、魔哮砲の痛みをわが身の痛みとして感じる程だった。
今は、久し振りにルベルが視界に入ったことを喜び、ルベルの手に直接触れられた喜びに身を震わせ、ルベルが失態を悔いたのを案じて身をすり寄せたのはわかったが、感覚共有の程度まではわからない。
「雑妖は、ガルデーニヤ市で充分な量を食べさせてある」
ラズートチク少尉に新しい【従魔の檻】が入ったウェストポーチを渡された。
「今からランテルナ島へ戻り、【索敵】で敵航空戦力の詳細を確認。防空艦ノモスに【花の耳】で伝達後、アクイロー基地に【跳躍】し、敵航空戦力殲滅作戦を実行する」
「了解。“入れ、人の手になる懐生”」
ラズートチク少尉の命令を受け、魔装兵ルベルが蓋を開けた【従魔の檻】を魔哮砲に向ける。大型バイクくらいの闇の塊は、音もなく茶色の小瓶に吸い込まれ、使い魔の主の手に収まった。
☆バルバツム軍に魔獣駆除の援軍を要請/少尉殿と共にバルバツム陸軍がアーテル領内で魔獣駆除する現場に立会……「1843.大統領の会談」→「1852.援軍の戦闘力」参照
☆爆撃機などは、追加の攻撃で破壊し尽くした……「840.本拠地の移転」参照
☆ポデレス大統領が野党の反対を押し切って追加購入したミサイル……「868.廃屋で留守番」参照
☆【使い魔の契約】……「776.使い魔の契約」「815.基地への移動」参照
☆魔哮砲の痛みをわが身の痛みとして感じる……「1473.身を切る痛み」参照




