2008.支援要請の席
「ネモラリス人がダメなら、アミトスチグマ人に依頼してもらえばいいんじゃないの?」
「あ……! パテンス神殿信徒会とか、ボランティアの人」
「そう。それで、その、ジョールチさん? には、取次だけお願いするの」
「それだ!」
「エレクトラちゃん、冴えてるぅ」
アステローペが茶髪の少女に抱き着く。
アミエーラは、目から鱗が落ちたような心地でエレクトラを見た。
翌日、アミエーラはアサコール党首らと共にパテンス市へ足を運んだ。難民キャンプから最も近い街で、支援者が多い。
まずは神殿に参拝してから、信徒会の事務所へ顔を出した。
「いつもお世話になっております」
アサコール党首とパテンス神殿信徒会の代表者が型通りの挨拶を交わし、メールで連絡済みの用件に入る。
「昨日、メールでお知らせいただいた共通語版のページですが、確かに翻訳が不充分で、わかり難いですね」
「えぇ。しかし、力なき民の方々が、電気ガス水道のない状況で自力で調理する方法や、限られた食材で、高齢者や乳幼児、慢性疾患で食事制限のある患者さん向けの料理を作る方法が、広く知られるようになれば、難民キャンプに限らず、大勢の助けになる筈なのです」
緑髪の代表者は、アサコール党首の熱弁を頷きながら聞いた。
「我々には、力なき民の不自由さが想像もつきませんからね。充分な支援ができる程の人員もなく、心苦しい限りです」
「いえいえ、パテンス神殿信徒会の皆様のご支援は大変有り難く、皆様の献身的な活動なしでは、どれだけの命が失われたかわかりません」
事務所の会議室に集まった信徒会の幹部は、全員が魔法使いだ。
湖の民と力ある陸の民は半々だが、力なき陸の民は一人も居ない。
謙遜ではなく、本気で力なき民が何にどう困るかわからないくらい、息をするのと同じ感覚で魔法を使いこなせるのだろう。
……難民キャンプに来てくれるのも、みんな魔法を使える人だし。
「アミトスチグマには、日之本帝国の報道機関が支社を置いているのですが、ご存知でしょうか?」
「えぇ。難民キャンプができてすぐの頃、取材を受けましたよ」
「その支社にも、日之本人の記者が詰めているので、どうにか、このサイトの内容を湖南語訳して記事化してもらえればと思うのです」
アサコール党首が、メールに記載した依頼を改めて伝達する。
代表者は、アサコール党首とモルコーヴ議員、クラピーフニク議員、そして、歌手ニプトラ・ネウマエの身内としてこの席に加わった針子のアミエーラを順繰りに見て頷いた。
「経済制裁が始まってからと言うもの、勤務先の命令で難民キャンプの支援に行けなくなった会員が少なくありません」
「しかも、学生さんまで、就職活動に響くかもしれないからって、来るのをやめた人が多くて」
「本来、企業が従業員の休日の過ごし方……ボランティア活動にまで口出しするのは、あってはならないコトなのですが」
パテンス神殿信徒会の幹部たちが、口々に嘆きや憤りをぶちまけた。一般会員の前で口にすれば、彼らが板挟みになって苦しむ。
アサコール党首は、幹部一人一人の目を見て頷いた。
「ええ。それでも会社側から『行けばクビだ』とまで言われたのでは、手を引かざるを得なくなるのも、無理はありません。皆様のその悔しいとのお気持ちだけでも、本心から見捨てられたわけではないとわかって、救われます」
「それで、私共が直接お願いしますと、この時流通信社さんは日之本帝国の会社ですから、何かとアレなのですよ」
モルコーヴ議員が苦しげな顔で話を進める。
「あくまでも、アミトスチグマ王国の一般人向けの記事として、せめて湖南語で翻訳内容の概略だけでも、配信していただけたらと思うのです」
「尤も、このサイトを運営する慈善団体にも了承を取り付けなければなりませんが、我々の口からは言えませんので」
亡命したアサコール党首が俯く。
魔哮砲の運用に反対して拘束され、命懸けで祖国を脱出。世界に向けてクリペウス政権の悪行を暴露した。混乱の渦中、志を同じくする国会議員が何人も殺害され、現在も行方不明の者が居る。
だが、そんな亡命議員たちも、ネモラリス国籍であることを理由に一部の店舗で買物できなくなり、各方面へ難民支援の要請をしても、民間企業などを中心に断られるようになった。
「この国にも、魔力を持たない方々がお住まいですから、記事を配信すれば、それなりのアクセスを稼げると思うんです。それに、我が国にはインターネット環境がありません。ですから、時流通信社が配信限定で、提携各社も紙面掲載しなければ、どこかから何か言われても、ネモラリス向けの情報ではありませんと申し開きできます」
クラピーフニク議員が一気に捲し立てると、信徒会の代表と幹部たちは、揃って肩を落とした。
「えぇ。難民キャンプからアンテナ車も引き揚げてしまって、レンタルの衛星移動体通信一式も回収されて、支援情報の伝達や、現地に行ったボランティア同士の連携にも支障が出る始末ですよ」
「人の命を脅かすようなイヤがらせを……!」
「普段は人権人権って小煩い大国が、揃いも揃って、ネモラリス人の人権を踏み躙ってるんですから、ハナシになりませんよ」
「キルクルス教徒にとって、私たち魔法使いや、魔術の恩恵を受ける異教徒は、人間の内に入らないんでしょう」
幹部たちが険しい顔で拳を握る。
「我らすべて ひとしい 水の同胞。我々は決してあなた方を見捨てません。湖南経済新聞社に掛け合って、そこから時流通信社に言ってもらいましょう」
代表がみんなを見回して案を出した。
アサコール党首が身を折って深々とお辞儀する。
「ご支援、恐れ入ります。方法はお任せ致します」
クラピーフニク議員に目配せされ、アミエーラは居住まいを正して言った。
「いつも手厚いご支援を賜り有難うございます。大伯母のカリンドゥラ……歌手のニプトラ・ネウマエが、王都から病人食のレシピ本をたくさん送ってくれたのですが」
信徒会の者たちが、驚いた眼で大伯母とよく似た顔立ちのアミエーラを見る。
「ただ、王都で手に入った本は、どれも魔法使い向きのものばかりで、力なき民が焚火や調理器具を使ってできるものがないんです」
大伯母カリンドゥラは昨日、夕飯前にマリャーナ宅を訪れ、用件だけ伝えて王都ラクリマリスに戻った。お互いの元気な顔を見られたのはよかったが、大伯母もかなり忙しいようだ。
一応、難民キャンプの各診療所には、献立や食材の組合せ、塩分量の参考資料として一冊ずつ置く。
但し、集会所への配本は見送った。数少ない魔法使いの難民や、調理師免許を持つ力なき民にこれ以上負担が集中するのを避ける為だ。
「大変恐縮ではございますが、日頃のお礼として、信徒会の皆様にご笑納いただけましたらと、大伯母が申しておりました」
アミエーラは、カリンドゥラに言われた言葉を伝え、会議机に【無尽袋】を置いた。
☆魔哮砲の運用に反対して拘束……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照
☆命懸けで祖国を脱出……「0277.深夜の脱出行」参照
☆世界に向けてクリペウス政権の悪行を暴露……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照
☆難民キャンプからアンテナ車も引き揚げ/レンタルの衛星移動体通信一式も回収……「1871.効力なき権力」参照
アンテナ車……「806.惑わせる情報」「821.ラキュスの水」「1148.祈りを湖水に」参照
レンタルの衛星移動体通信一式……「1607.現実に触れる」参照
☆我らすべて ひとしい 水の同胞……「541.女神への祈り」参照




