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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2006.病人食の問題

 アミエーラと薬師(くすし)アウェッラーナがパソコン部屋に入ると、サロートカが明るい声で礼を言って二人を迎えた。もうすっかり元気を取り戻したらしい。


 「今、病人食のレシピを調べてるんです」

 「病人食?」

 「あぁ、難民キャンプでも作れそうなものを探してるんですね」

 薬師アウェッラーナはすぐ了解し、ファーキルの横に立って画面を覗く。

 アルキオーネたちも、タイゲタが操作する画面を見て、あぁでもないこうでもないと(かしま)しい。


 「保存食はどうしても塩分が濃くなりがちで、高血圧の患者さんには厳しいんですよね」

 「難民キャンプでも一応、野菜とか作ってますけど、なんせ全然足りないし、素人だから上手く育たない畑もあるし、害虫とか鹿とかが食べちゃってもう」

 ファーキルが溜息と同時に肩を落とす。


 薬師(くすし)アウェッラーナが【操水】を唱え、香草茶を温め直した。

 「アレルギー対応の防災用保存食や、介護食、離乳食も、あるにはあるんですけどね」

 「診療所の病人食に転用できないんですか?」

 ファーキルが茶器を受取って言うと、薬師(くすし)アウェッラーナは首を傾げた。


 「値段が高いですし、寄付は元々少なかったのがもっと減ってて」

 「あ……そうでしたね。すみません」

 薬師は報告書の内容を思い出したらしく、申し訳なさそうに(うつむ)いた。

 「あ、いえ、アウェッラーナさんのせいじゃありませんし、食品メーカーが、安全性を確認した上で、消費期限切れや寸前で返品された保存食を寄付してくれるようになったんで、一般向けはちょっと持ち直してきたんですよ」


 一般向けの保存食は、塩分濃度の高い物や、アレルゲンを使用した物が多い。



 経済制裁でネモラリス共和国向けの輸出ができなくなり、一部の食品メーカーでは、過剰在庫が発生する見通しだ。


 開戦初年、アーテル軍がネーニア島への無差別爆撃を実施した。ネモラリス共和国の主要な農業地帯が大打撃を受け、二年経った現在も住民が帰還できず、生産体制が回復しない。


 レーチカ臨時政府と、ネモラリス共和国に本社や支社などが所在する商社は、食料品の輸入量を増やした。だが、財政難や資産の焼失で現金や交換品が不足し、充分な量を確保できるとは言い(がた)い。それでも、ラキュス湖周辺地域の国々は、ネモラリス共和国への輸出増加に対応する体制を整えてくれたのだ。


 一方、湖南地方の国々は、アーテル共和国に対して、ラクリマリス王国による湖上封鎖を理由に輸出量を絞り、苦情を言い(にく)い程度にじわりと値上げを続ける。

 湖の民やパニセア・ユニ・フローラ信者が、アーテル共和国を「ラキュス・ネーニア家に危害を加えるならず者国家」と認識したのだ。


 アーテル共和国への輸出減少分は、ラクリマリス王国への輸出に回された。

 アーテル陸軍が、ネーニア島のラクリマリス領に腥風樹(せいふうじゅ)の種子を植付け、土地を汚染したからだ。根を抜いて移動する腥風樹の捕獲と駆除は完了したが、まだ除染が終わらない農地がある。


 現在は客足が回復しつつあるが、開戦初年は戦争と腥風樹の影響で、巡礼者と観光客が激減し、ネモラリス難民の一時的な流入を差引いても、食料需給が逼迫(ひっぱく)する程の不足は生じなかった。

 湖南地方では昨年に引き続き、今年も小麦の作柄が良かったこともあり、ラクリマリス王国の需要だけでは、アーテル共和国への輸出を減らした分を吸収しきれない。



 「ネモラリスに輸出する予定だった分が、丸ごと浮いちゃうんですよね」

 ファーキルが溜息を()く。


 針子のアミエーラには、話が大き過ぎてだんだんついてゆけなくなってきた。経済制裁のせいで、需要と供給が噛み合わなくなり、ラキュス湖畔の多くの国が迷惑するらしいのは、どうにかわかった。


 「まだ、制裁が始まって一カ月も経ってないんで、今回の寄付は、普通に余った分を廃棄するフリして、寄付してくれたみたいなんですけどね」

 「空缶とかもそんなカンジで」

 ファーキルに続いて、向かいの席からタイゲタも言う。


 「期限ギリギリのは、アミトスチグマの難民以外の困ってる人に無料配布するそうで、全部は難民キャンプに来ないそうなんですけどね」

 「難民が来た分、アミトスチグマ人の支援が薄くなったら恨まれそうだし、それは仕方ないんじゃない?」

 アルキオーネが諦めた声を出すと、エレクトラが引き攣った微笑を浮かべて話を戻した。

 「で、入院してる人のごはん、どうしよっか?」

 「さっき、翻訳サイトで日之本帝国の防災食……避難所での料理の作り方とかみつけたんですけどね」

 「なんてサイト?」

 ファーキルが困った顔で言うと、アルキオーネが聞いた。

 サイト名と記事タイトルを告げられ、タイゲタが手際よく検索する。


 アミエーラがファーキルの肩越しに見る画面は、ニュース記事とそれに対するコメントを共通語に翻訳したものらしい。

 専門用語が多く、アミエーラの語彙力では、何の話題かさえわからなかった。


 ファーキルが、翻訳ページの記事下にある情報源のリンクを開く。

 日之本帝国の動画ニュースらしいが、アナウンサーの言葉は全く耳慣れない響きで、アミエーラには単語のひとつも聞き取れなかった。

 動画の下には、アナウンサーが読み上げた内容が、文章に書き起こしてあるらしいが、湖南語や共通語より複雑な文字が並び、数字しか読めない。


 「日之本帝国でも、数字は同じなのねぇ」

 「この動画ニュースは共通語と同じ数字を使ってる分、まだマシですけど、サイトによっては、日之本語の数字で書いてあって全然わからないんですよね」

 「えぇ……?」

 アミエーラが妙なところで感心すると、ファーキルが律義に教えてくれた。薬師(くすし)アウェッラーナが、微妙な顔で画面を見詰める。


 動画の中では、どこかの校庭らしき場所で、専門家風の防災服姿の人と地域住民らしき普段着の人々が、焚火で料理する映像が流れる。


 「記事下のリンク先が、電気ガス水道が止まって調理器具もロクにない時でも、力なき民にできる料理の作り方と、高齢者や病人向けのレシピらしいんですけど、機械翻訳だと何がなにやら」

 ファーキルが頭を抱えた。


 タイゲタも、そのリンクを開いたらしい。平和の花束の四人とサロートカが、向かいの席を囲んでなんとも言えない顔になった。

☆アーテル軍がネーニア島への無差別爆撃/主要な農業地帯が大打撃……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」→「1342.支援に繋ぐ糸」参照

☆アーテル共和国に対して(中略)値上げ……「0285.諜報員の負傷」参照

☆アーテル陸軍が(中略)腥風樹の種子を植付け……「498.災厄の種蒔き」「500.過去を映す鏡」参照

☆土地を汚染……「635.糸口さえなく」「0986.失業した難民」参照

☆腥風樹の捕獲と駆除は完了……「862.今冬の出来事」参照

☆まだ除染が終わらない農地……「1525.国際司法裁判」「1526.提訴の意味は」「1681.コメント確認」「1858.南ザカート市」参照

☆湖南地方では小麦の作柄が良かった……「328.あちらの様子」「1209.二カ所の情報」参照

☆空缶とかもそんなカンジ……「2000.飲み物の不足」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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