2003.解放軍の若者
今日は水運と倉庫の地元企業を中心に回ったが、どこも似たり寄ったりだ。
取材すればする程、臨時政府の支払い遅延や債務不履行、タダ同然の安値で使われる情報が集まった。
ネモラリス共和国は、半世紀の内乱からの復興途上にあり、元より財政基盤が弱い。
そこへ突然の戦争だ。
ネーニア島の主要都市を悉く焼き払われ、ネモラリス島も、レーチカ市と首都クレーヴェルに軽微とは言え、被害を受けた。
戦費と罹災者の救済で財政が一気に傾いたが、産業を失った地域が多く、立て直しを図れない。
一方のアーテル共和国は、世界中のキルクルス教国から支援を受け、東部の都市に限っては復興以上に発展。著しい経済成長を果たしたが、国内での地域格差や、世帯間の経済格差は拡大した。
長引く戦争による戦費増大、予想外に発生した基地の損害、湖上封鎖による貿易の停滞、そして、湖底ケーブル破断などによる通信途絶と魔獣の大量出現で、経済破綻寸前だ。
バルバツム連邦陸軍に支援を要請したが、ネモラリス共和国との戦争どころではなく、アーテル軍も援軍も魔獣駆除に明け暮れる。
援軍の働きで事態が好転するどころか、却って泥沼化した。
……国がボロボロになってるのに何で戦争やめないんだろうな?
レノには、アーテル人の考えがわからなかった。
翌日は、港近くにある仮設住宅で取材した。
「ラジオ持ってる人少ないし、ここのは電池切れだし」
プレハブの集会所で、裁縫や呪符作りなどの内職に励む者たちは、深い溜息を吐いた。
古新聞は、数日遅れで集会所に一部ずつ届けられるが、物資不足と検閲で紙面も内容も薄い。
「ラジオの公開生放送?」
「タダで?」
「はい。無料でご覧いただけます」
ジョールチがいつもの調子でハキハキ応じると、住民たちは表情を和らげた。
「それなら見に行ってみようかな?」
「まぁなんせ、情報なんて、あってないようなもんで」
「何もわからんので二進も三進も行かんのよ」
「解放軍の人たちは、あっちこっちの支部から新聞集めて来て、ここじゃ載らない記事をまとめて壁新聞にしてくれるんですけどね」
仮設住宅の住民が、呪符を書く手を止めて奥の壁を指差す。
模造紙に新聞の切抜きを貼っただけだが、ネーニア島の復興状況、広域の求人、農産物の作柄、港単位の魚種別漁獲量、フラクシヌス教団や慈善団体による支援情報など、様々な情報を網羅してあった。
各切抜きには日付を手書きしてあるが、最新は六月十二日で約一カ月遅れだ。
新しい情報の断片は、地元紙やラジオで入るのだろうが、手作りの壁新聞では、情報収集と編集に手間が掛かり、どうしても遅くなる。
「解放軍は、こんなコトまでして下さるのですね」
「あぁ、今残ってる解放軍、みんな若いコだから」
「戦いの心得がある人も一応、少しだけ居るけど」
「まだ【急降下する鷲】学派とかの徽章、もらってない人ばっかりなんですよ」
仮設入居者たちが互いに顔色を窺い、言葉を選んで小出しに語る。
「つまり、見習い兵士の方々が、これを作って下さった、と?」
ジョールチがまとめると、住民らはこくこく頷いた。
「食べ物は、まぁなんとか」
「漁協と教団が毎日、魚を差し入れて下さるんですよ」
「後は救援物資の堅パンやら缶詰やら、解放軍が調達してくれて」
レノは集会所で内職する者たちを見回したが、みんな一様に痩せて弱々しい。
……量が少ないのと、栄養の偏りか。
外国へ買出しに行けば、千年茸を売却した資金で、大量の食料を寄付できるだろう。だが、渡すだけの寄付を行く先々でできる程の数はない。
それより、歌手のニプトラ・ネウマエと運び屋フィアールカに教えられた通り、戦争が終わってからパン工場を建てて大勢を雇った方がいい。
寄付の食料は、食べてしまえばそれで終わりだが、働く場所を作れば、自立した生活を送る資金が得られる。技術を身に着ければ、他所で働くことも、独立・開業もできる。
その時、その場限りではなく、未来や次世代に繋げられるのだ。
……でも、その為には、戦争が終わるまで生き残れなきゃいけないんだよな。
国民の生命を守るのは、近代国家の代表的な役割のひとつだ。
国が何とかしてくれる前に自助努力も必要だが、こんな状況では、個人の努力だけでは生き残るのが難しい。
「四、五日前から呪符の内職が増えて、昨日は久し振りに奮発して卵を買ったんですよ。一個だけですけどね、息子と二人で茹で卵を半分越して一口ずつでしたけど、美味しかったわぁ」
「あぁ、少し前から、森の魔獣駆除が再開されたからですね」
ジョールチが、卵を買った中年女性に微笑むと、彼女は声を潜めた。
「それって、解放軍の人ですか?」
「いえ、王都の業者さんが、何人か来てくれるようになったそうですよ」
「あー……」
仮設の住民たちが、何やら納得したような、がっかりしたような微妙な顔で、首を僅かに動かした。
「やっぱり、強い人たちがみんな、クレーヴェルに行ってしまったから」
「若いコたちも色々頑張ってくれて、仕事もこうやって回してくれるし」
「感謝はしてるけどね」
魔獣駆除のような本来、軍……武装勢力が人々から求められる役割を果たせないのが、引っ掛かるらしい。
……でも、別のコトで助けてもらってるし、文句なんか言えないよなぁ。
「強い人たちが何故、クレーヴェルに行ったかご存知ありませんか?」
「さぁ? そこまでは聞いてないんです」
「何かの作戦が政府軍にもれたらアレだろうし」
「支部長さんは、戦いとかじゃないって言ってましたけどね」
ジョールチが質問すると、住民たちは、知らないのを申し訳なさそうに詫び、知る限りの間接情報を教えてくれた。
☆アーテル共和国……「0164.世間の空気感」「371.真の敵を探す」「1088.短絡的皮算用」参照
☆予想外に発生した基地の損害
アクイロー基地……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
イグニカーンス基地……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」参照
ベラーンス基地/テールム基地……「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」参照
フリグス基地……「0956.フリグス基地」参照
基地破壊まとめ……「864.隠された勝利」参照
☆援軍の働きで(中略)却って泥沼化……「1852.援軍の戦闘力」「1853.装備品の不足」→「1993.祈りの時間に」参照
☆歌手のニプトラ・ネウマエと運び屋フィアールカに教えられた……「565.欲のない人々」参照




