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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2052/3516

2002.国内線の状況

 「ウチは水運ですから、この間、放送して下さった経済制裁の詳しい内容で非常に助かりました」

 緑髪の社長が頬を緩めて、アナウンサーのジョールチに礼を言う。



 禁輸対象外の物品なら輸出入できそうなものだが、あまりにも品目が多く、検査の手間を惜しんで、ネモラリス企業との取引を一律停止した国や企業が多い。


 ラクリマリス王国やアミトスチグマ王国など、一部の国は一方的で広範な制裁に反発。国内企業にネモラリス企業との取引継続を呼掛けるが、民間企業は取引先の取引先まで経済大国二十カ国の企業に監視される。

 魔哮砲戦争の影響による貿易や観光の縮小で、既に経済的な打撃を(こうむ)り、倒産に追い込まれた事業所が出た。民間企業がこれ以上の損失を避け、安全寄りの対応に走るのは致し方ないと言える。


 両国政府も、罰則を設けるなどの強い対策は採れない。

 国営企業や国有企業も、自国の民間企業とも取引がある以上、ネモラリス企業への救済に動けなかった。



 「国内の取引先は、支払いをどうなさっておられるのですか? 差し支えなければで結構ですが」

 「ネーニア島北部のエージャ市とサカリーハ市は、元々空襲被害が少なかったので、今はもう復旧工事が終わって、生産体制も、材料さえあれば何とかなるんですよ」

 「では、ネーニア島北部の企業との取引が中心になったのですか?」


 ジョールチが質問を重ねる。


 「そんな感じですね。あちらの造船や建材の製造業者が、木材や金属素材、魔法の染料と溶媒などを仕入れて、弊社には運賃として魔道機船の保守代を差引きしたり、グラニート石や、オストレアの殻や乾燥させた身などを支払ってくれますね」


 レノは社長の説明で、少年兵モーフに付き合って読み返した中学校の教科書を思い出した。



 エージャ市は、昔から造船業が盛んだ。


 グラニート石は、サカリーハ市沖の湖底で産出する石材で、魔力保持効果が高い為、建物の礎石などに好んで使われる。

 水中で呼吸を確保しつつ戦う特殊な技術を身に着けた潜水業者の組合があり、貝類の採取も盛んだ。


 二枚貝のオストレアは、幼生期はプランクトンとして湖水を漂い、ある程度まで成長すると岩に固着して生涯そこを動かなくなる。プランクトンを食べるが、毒性のある植物性プランクトンを摂取すると、身に毒を蓄積する性質がある。

 オストレアの生息する水域では、保健所による定期的な水質調査や試験採取が欠かせない。

 身が食用基準を満たさなかった貝でも、殻は医薬品や化粧品、絵の具の材料になる。重要な水産資源だ。

 何らかの理由で死んだ貝殻は湖岸に打ち上げられ、地元の子供らはそれを拾って小遣い稼ぎするらしい。



 「協力者の情報では、トポリ市も最近、防壁復旧工事が終わったそうですが」

 「トポリは臨時政府が仕切って、タダ同然で使われるんで、まだ無理ですね」

 「成程(なるほど)

 ジョールチが頷き、レノの手元を横目で見る。


 メモが終わるのを待って、次の質問を発した。

 「では、従来の貿易ではなく、国内輸送に全力を挙げておられるのですね?」

 「えぇ、今のところそうです。空襲の酷かった地域は、貨物船も随分やられましたからね。新しく建造する余裕のあるとこは少ないですし、船員の人手も足りませんから」


 薬師(くすし)アウェッラーナの兄アビエースら、漁師は多くが助かった。

 小回りの利く小型漁船は船足が速く、普段から魔物相手の回避行動で、逃げ慣れた操舵手が多いからだ。

 沖へ出て蜘蛛の子を散らすように逃げれば、鈍重な爆撃機が焼夷弾で狙い撃ちするのは難しい。


 「停泊中の貨物船や旅客フェリーなんかの大型船は、魔力を巡らせてエンジンを起動するだけで、一時間以上掛かりますからね。しかも、船足も遅い。あんな不意討ち、逃げられっこないんですよ」

 「ご覧になられたのですか?」

 「いえいえ、焼け出されて来た船員を三人雇い入れましてね」

 「その方々とお話できる機会があれば嬉しいのですが」

 「昨日、エージャ港へ出航したばかりなんですよ」

 水運会社の社長は、申し訳なさそうに緑の眉を下げて説明した。


 この会社の貨物船は、ネモラリス島を東回りで半周する航路を使う。

 地元のデレヴィーナ市で木材と水知樹(みずちじゅ)の樹液、絶光蝶(ぜっこうちょう)の鱗粉、マチャジーナ市で溶媒のアルコール、リャビーナ市で染料、カーメンシク市で石炭と鋼材、ギアツィント市で機械部品を積み、サカリーハ港で荷捌きが終われば、エージャ港のドックに入る。

 保守は二カ月の予定だが、船員は次の便が拾い、来月末にはデレヴィーナ港へ戻る。帰社までの約一カ月は、向こうの漁協と、オストレア貝の殻を剥く作業などに雇う約束を取り付けた。


 「約一カ月……ですか」

 「港の状況や天気で前後しますが、順調に行ってもそのくらいになりますね」


 デレヴィーナ市内での残る放送は四カ所。各一週間ずつ、追加取材や放送原稿の準備期間がある。予定通り戻るなら、ギリギリ話が聞けそうだ。


 ……まぁ、別に急がないし、船員さんが戻るまで待ってもいいよな。


 レノはメモを終えてジョールチを見たが、浮かない顔だ。


 「難民輸送に使われた貨客船は、ラクリマリス政府が受容れを停止したので、今ちょっと余ってるんですよね」

 「人手も余ってるんなら、その船員さんに手伝ってもらったりとかできないんですか?」

 レノが口を挟むと、社長は首を横に振った。

 「旅客と貨物は、動かし方が全然違うんですよ」


 水運会社の社長が溜息混じりで、愚痴か説明かはっきりしない話を始めた。貨客船は両方運ぶが、これもまた、単独の船とは操船方法が異なると言う。



 空襲で焼け出されたネーニア島北部のネモラリス人は、一部が陸路や【跳躍】などでネーニア島南部や王都ラクリマリスに逃れた。

 ラクリマリス政府は両国の船会社に働き掛け、ネモラリス難民の希望者を空襲被害が少なく、仮設住宅の建設が始まったネモラリス島へ貨客船で送り届けた。

 同時に救援物資や通常の貿易品も運搬し、復路はアミトスチグマ王国の難民キャンプ行きの希望者と、ネモラリスからの輸出品を積んだ。


 クーデター前までは、ネモラリス難民の帰還と救援物資の運搬が、貨客船の主な仕事だった。

 レーチカ臨時政府も、首都クレーヴェルから逃れる難民の急増に対応する為、客船や貨客船を難民輸送船として借り上げた。

 だが、現在は、難民として国外へ逃れる者が減り、帰国便に乗りたがる者は居ない。少し前からほぼ休止状態だったが、経済制裁で貿易も止まり、ラクリマリス政府から正式に受容れ停止を言い渡されたのだ。



 「船を出した会社は、臨時政府が難民輸送船の運賃をまだ払ってくれないって、みんな怒ってますよ」

 「御社も踏み倒されたのですか?」

 「いえいえ、ウチは貨物専門なんで、まだマシですけどね」


 レノは、帰還難民としてクレーヴェル港に上陸したのを思い出し、胸が痛んだ。

☆禁輸対象……「1844.対象品の詳細」「1868.撤回への努力」参照

☆一部の国は一方的で広範な制裁に反発……「1895.制裁への反発」参照


☆エージャ市とサカリーハ市

 エージャ市……「518.いつもと違う」「519.呪符屋の来客」「521.エージャ侵攻」「522.魔法で作る物」参照

 サカリーハ市……「537.ゾーラタ区民」「1752.帰還支援要請」参照


☆トポリ市……「1120.武器職人の今」→「1342.支援に繋ぐ糸」→「1514.イイ話を語る」参照

☆トポリは臨時政府が仕切って……「1175.役所の掲示板」「1474.軍医の苛立ち」参照

☆漁師は多くが助かった……「633.生き残りたち」「698.手掛かりの人」「826.あれからの道」参照

☆ネモラリス難民の希望者を(中略)貨客船で送り届けた/帰還難民としてクレーヴェル港に上陸……「574.みんなで歌う」「576.最後の荷造り」参照

☆レーチカ臨時政府も(中略)客船や貨客船を難民輸送船として借り上げ……「1437.標的との接触」参照

☆現在は難民として国外へ逃れる者が減り、帰国便に乗りたがる者は居ない……「1449.見えない首都」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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