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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2050/3516

2000.飲み物の不足

 昼食後、ファーキルが作業部屋に追加資料を持ってきた。

 「今月中旬までの中間報告書、ついさっき、アミトスチグマ王国医師会からメール来ました」

 「有難うございます。どんな報告です?」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、完成した濃縮傷薬を詰めたプラ容器に蓋をしながら聞いた。


 「カルテの集計結果から、死因の上位と受診が多かった疾患の上位、それぞれ二十位までです」

 A4サイズ一枚にまとめられた一覧表と色分けされた円グラフだ。

 死因は、相変わらず魔獣と野生動物による咬傷(こうしょう)や捕食が最多だ。()いで熱中症、脳梗塞が続く。


 「脱水で血の巡りが悪くなると、脳梗塞や肺塞栓を起こしやすくなるので、屋外作業の人は、熱中症予防も兼ねて、もっと水分を摂ってもらった方がいいですね」

 「医師会からの改善案にも、そう書いてありました。衛生面でちょっと不安はありますが、使用済みのペットボトルも水筒として使った方がいいのかなって、今、相談中なんです」

 「え? 飲み物って、新しいの入って来ないの?」

 アルキオーネが形のいい眉を(ひそ)める。話に口を挟んでも、手は乳鉢の中で地虫を()り潰す動きを止めなかった。


 「飲み物を大口寄付してくれてたの、日之本帝国企業のアミトスチグマ支社だったんです」

 「あー……」


 日之本帝国にはキルクルス教徒が少ないが、軍事同盟を結ぶなどバルバツム連邦とは繋がりが強く、経済大国二十カ国会議の中でも、主要七カ国に数えられる。

 寄付の打切りは、やむを得なかった。


 「その代わり、鉄とアルミの空缶を寄付するって、パテンス神殿信徒会に打診が来たそうです」

 「は? 飲み物じゃなくて、ゴミを寄付?」

 アルキオーネが手を止めて声を荒げる。


 「金属素材を寄付してくれるんですよ」

 「素材?」

 「あぁ、そう言えば、槍の穂先とか(やじり)とか、作ってますね」

 タイゲタが言うと、アルキオーネは表情を緩めた。

 ファーキルが緊張を解いて言う。

 「アミトスチグマ王国では、飲料の空缶やペットボトルは飲料メーカーが回収するんですけど、それを寄付してくれるそうです」

 「へぇー……?」

 「今、ゲオドルム共和国とか、チヌカルクル・ノチウ大陸の東部は割と景気良くて、金属需要が高まってるんです」

 「それで?」

 アルキオーネが、話が見えないと言う顔で先を促す。


 「空缶もですけど、側溝の蓋とか、公衆トイレの蛇口まで盗まれたりしてます」

 「は?」

 アルキオーネが気の抜けた声を出し、アウェッラーナも驚いて薬のプラ容器を落としそうになった。


 「そのくらい金属の買取価格が高騰してます。で、敢えて金属を寄付してくれるそうです」

 「つまり、それを高く買取ってくれるところに売って、食べ物や飲み物を買ってもいいし、鏃とか作るのに使ってもいいってコトですね?」


 アミトスチグマ領内で消費された飲料の缶を回収し、地元の慈善団体に寄付する分には、経済制裁に抵触しない。その寄付を慈善団体がどう使おうが自由だ。


 薬師(くすし)アウェッラーナが、封をした濃縮傷薬を木箱へ収めながら聞くと、ファーキルは力強く頷いた。

 「そうだと思います。それで今日、信徒会の幹部の方々が会議をして、数日中には先方さんへ回答するそうです」


 彼らが断っても、受取って他の支援対象への活動資金に回しても、ネモラリス難民には文句は言えない。


 アルキオーネが地虫を()り潰す作業を再開した。タイゲタも、午前中で慣れてきたらしく、サクサク作業を進める。



 「熱中症のお薬って、まだ在庫ありますか?」

 「今のところ何とかなってます。去年の今頃と比べると、死者数は少ないんですけど」

 「それでも多いですよね」

 「蔓草(つるくさ)細工の帽子と日除けテントが順調に行き渡って来てるんで、もう少し経てば、もっとマシになると思うんで、どうにか持ち(こた)えて欲しいんですけどね」

 「そうですねぇ」

 薬師(くすし)アウェッラーナは溜息を抑え、無塩バターを開封して頷く。


 打てる手は次々打ったが、それでもこんな状態だ。命が助かっても、後遺症が残れば、その後の困難は計り知れない。

 重度なら、高度な術を時間を掛けて何度も行使しなければならない。だが、難民キャンプには、その術を使える呪医が少なかった。現在の診療体制では、機能回復が不可能だ。

 軽度でも、理学療法士が不足し、リハビリできない区画が多い。


 「今日は取敢えず、濃縮傷薬を作って、明日、血栓を溶かすお薬を作ります」

 「有難うございます。明日からは、できた分から、アサコール党首たちが手分けして現地に運ぶので、数量の記録をお願いします」

 「了解」

 それには、アルキオーネとタイゲタが声を揃えて応じた。



 ファーキルがパソコン部屋へ戻り、薬師(くすし)アウェッラーナは作業に集中した。

 緑色の軟膏にラードを加えて濃縮し、その深緑の芯を集めてバターを加え、更に濃縮する。完成した濃縮傷薬をプラ容器に収め、周辺に残った普通の傷薬は深皿へ戻した。


 一度に動物性油脂と馴染む量には限りがある。何度も同じ操作を繰返し、全て濃縮が終わったのは、夕飯の時間を少し過ぎた頃だ。

 使用人が呼びに来たが、【保冷】箱から出して開封したバターは、使い切ってしまわなければ、劣化してしまう。

 他のみんなには先に食べるよう、使用人に伝言してもらったが、アルキオーネとタイゲタは、アウェッラーナに付き合って残った。


 アルキオーネは割当て分の地虫をすべて粉末に加工済だ。タイゲタも、もう少しで終わる。

 二人は完成品を数えて記録し、片付けも手伝ってくれた。



 「有難うございます。手を診せてもらっていいですか?」

 「見て、どうするの?」

 「治療が必要なら【癒しの風】で……あ、お二人が魔法の治療に抵抗あるようでしたら、無理に治したりしません」

 薬師(くすし)アウェッラーナは慌てて付け加えた。

 「大丈夫。魔法の歌で治すのよね? 一回、見てみたかったの」

 アルキオーネが何でもないコトのように言い、タイゲタも顎を引いて右掌を湖の民の薬師に向けた。二人とも、乳棒を使い続けた利き手の掌で肉刺(まめ)が潰れ、剥けた皮が痛々しい。


 薬師(くすし)アウェッラーナは一歩退がり、ひとつ大きく息を吸って(うた)い始めた。

 力ある言葉に魔力を乗せる。魔力の流れが風を起こすが、誰の髪もそよがない。この世の物質を動かす風ではないからだ。

 青き片翼の風を受けた二人の皮膚が、見る見るうちに修復される。


 アーテル共和国出身の少女二人は、自分の手を瞬きもせず見詰める。

 呪歌が終わると、二人は左手の人差し指で、肉刺(まめ)があった右掌をそっと撫でた。


 「痛くない……! これが……魔法」

 「なんだか、タイムプラス映像を見てるみたいでした」


 キルクルス教の信仰を捨てた二人は、茫然とした顔で礼を言った。

☆槍の穂先とか鏃……槍の穂先「1750.ないよりマシ」、鏃「1749.自警団の戦い」参照

☆蔓草細工の帽子……「1927.細工物の先生」参照

☆日除けテント……「1962.日除けテント」参照

☆魔力の流れが風を起こす/この世の物質を動かす風ではない……「872.流れを感じる」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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