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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十章 漸進

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2040/3516

1990.逃げ果せた者

 ラクエウス議員は、運び屋フィアールカの【跳躍】で、ラクリマリス王国の王都東神殿を訪れた。


 以前、歌詞を決める会議で集まった際とほぼ同じ者が顔を揃える。ソプラノ歌手ニプトラ・ネウマエ、リャビーナ市民楽団のソプラノ歌手オラトリックス、王都第二神殿の聖歌隊責任者ギームン、ラクリマリス人の詩人ルチー・ルヌィ、それに、ラクリマリスの外務次官プンツォーヴィとネモラリスの国会議員ラクエウスだ。


 今日の会議も、表向きは「音楽趣味仲間のお茶会」で、主催はニプトラ・ネウマエが名義を貸す。

 歌手の三人と詩人のルチー・ルヌィ以外は得意な楽器を携えて来た。

 ラクエウス議員の手元には、長年手に馴染んだ竪琴がある。今回、新たに加わった国際政治学者パベーク教授の胸ポケットには、ハーモニカが挿してあり、運び屋フィアールカは鞄の肩掛けに銀のホイッスルを吊るす。


 「お久し振りです。フィアールカ神官、竪琴奏者(ハルパトール)さん」

 王都第二神殿の聖歌隊責任者であるギームン神官が、席に着いた二人の前に湯気の立つ茶器を置いた。

 東神殿の会議室は、建物に施された様々な術で常に適温に保たれる。機械で空調するリストヴァー自治区の建物より快適だ。

 ラクエウス議員の老いた身も冷え過ぎず、楽に過ごせる。有難くはあるが、キルクルス教徒としては内心、複雑だ。


 「ギームン神官、私がひとつの花の御紋を返上して何年になるか、わかる?」

 運び屋フィアールカは笑って言うが、その目には笑みがない。緑の瞳が、陸の民の胸元で輝く【導く白蝶】学派の徽章(きしょう)で視線を留めた。

 葬儀を担当する赤毛のギームン神官は、焦茶色の瞳で緑髪の女性を見て言う。

 「二十年余りになりますか。神殿を離れ、活動の形を変えても、あなたはやはり聖職者です」

 フィアールカは肩掛け鞄に手を入れ、わざとらしく溜息を()いた。

 「今日はそんな話で来たんじゃないわ」

 卓上に大判封筒を出し、中身を広げた。


 個人の経歴書のようなものだ。A4判で、右肩に小さな顔写真が印刷してある。

 就職活動用の履歴書とは異なり、来歴部分の形式はマチマチだ。両親や祖父母まで(さかのぼ)るものもあれば、昨年の本人から始まるものもある。

 その他の内容は、キルクルス教徒としての来歴と信仰の程度、教会や星の(しるべ)との関係、本人の技能、保有資格、魔術に対する認識、現在の居所、職業、行動を共にする者などだ。

 項目が全て埋まる者は(まれ)で、大部分が多くの空欄を抱える。職業欄は「無職」が多かった。

 顔写真は、カメラ目線が一枚もない。盗撮か、防犯カメラからの切出しらしい。


 「アーテル本土での土魚(どぎょ)大量発生以来、魔力が発覚してランテルナ島へ渡る人が増えてるの」

 「この人たちがそうなんですの?」

 ソプラノ歌手ニプトラ・ネウマエが幼い子供の写真に目を留めて聞く。


 会議机に広げられた書類の顔は、老若男女様々だ。女性と子供は比較的少なく、若年から中年の男性が最も多い。

 「そうです。ランテルナ島まで逃げ(おお)せられた人たちの一部です」

 「随分、男性に偏ってるんですね?」

 同じくソプラノ歌手のオラトリックスが、机上を見渡して眉を(ひそ)める。

 「女性や子供は、なかなか自力で島へ脱出できませんからね。星の(しるべ)に捕えられて火炙りにされた人が多いのよ」

 緑髪のフィアールカが眉ひとつ動かさず、淡々と報告する。

 集まった者たちの目が、ラクエウス議員にチラチラ向けられた。


 「魔獣の大量出現で外出もできなくて、アーテル人の不満はかなり溜まってるのよ。鬱憤晴らしの面があるのは否定できないわね」

 「無自覚な力ある民が餌食になれば、その分、魔獣が強化されますから、彼らとしては、合理的な判断のつもりなのでしょうが」

 フィアールカが状況を説明すると、ラクリマリス王国へ亡命したパベーク教授が眉間に皺を寄せて理解と懸念を示した。


 「バルバツム軍にみつかったら、人権侵害を云々されそうな事件よね」

 フィアールカがタブレット端末をつついて言う。


 バルバツム連邦は、キルクルス教徒が国民の大多数を占め、実質的にキルクルス教国だ。

 それでも、建前上は信教の自由、あらゆる人種の平等、人権の尊重をを(うた)う。

 魔力を持つ者への差別を禁じる法を定め、人権侵害も批難するが、魔法文明国からの入国には査証(ビザ)が必要だ。それに対して、科学文明国……取分け、キルクルス教を国教と定める国々からの入国審査は緩く、査証を必要としない国が多い。


 矛盾と欺瞞(ぎまん)に満ちた二重規範だが、その時々で使い分け、強大な軍事力と経済力を背景に国際社会での発言力は大きかった。



 「従軍記者や、軍事系のフリージャーナリストが来ましたよね? アーテルで取材する彼らは報道しないのですか?」

 パベーク教授が、ランテルナ島に拠点を持つ運び屋に聞く。

 「バルバツムのニュースサイトとか、星光新聞の公式サイトとか色々見たけど、そういう記事はないみたいね」

 「怒られるとわかってるから、星の(しるべ)はバルバツム人の目に触れない所で、こっそり始末するんじゃありませんか」

 詩人のルチー・ルヌィが、恐ろしいことをさらりと口にする。


 ギームン神官が大きく息を吐いた。

 「無自覚な力ある民は、アーテル本土を追放同然で出ましたが、その一部は、我が国に渡りました」

 「引受けてくれてありがとね」

 運び屋フィアールカが、力ある陸の民の神官へ今度は本物の笑顔を向ける。

 「それが、融和の一歩になるのですから、喜んで」


 「アーテル人が、ラクリマリスに渡ったのかね? 自分の意志で?」

 ラクエウス議員は初耳だ。

 「えぇ。【水晶】に魔力を補充する仕事をするって言った人とか、西神殿の宿泊施設で一時保護して、ヤル気ある人は職人さんに預かってもらって、下働きよ」

 「宿泊施設に居る間にこの国や魔法文明圏全般の常識、フラクシヌス教のことを説明してもらっています」

 「ランテルナ島は、居住可能な土地が少ないですからね」

 ギターを抱えたプンツォーヴィ外務次官が頷く。


 急激な人口流入は、友好国間でも様々な軋轢(あつれき)を生んだ。

 互いに快く思わないアーテル本土の者とランテルナ島民では猶更だろう。


 「魔力があっても魔法が使えない人の仕事の受け皿って限られるし、職にあぶれた人が大勢居ると、治安の問題も出て来るから」

 運び屋の言葉に一同、何とも言えない顔で頷いた。

☆歌詞を決める会議……「772.ネモラリス島」→「774.詩人が加わる」参照

☆国際政治学者パベーク教授……「750.魔装兵の休日」~「753.生贄か英雄か」参照

☆私がひとつの花の御紋を返上……「588.掌で踊る手駒」と外伝「明けの明星」参照

☆アーテル本土での土魚大量発生……「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」「1733.業者に出会う」参照

☆バルバツム連邦/魔法文明国からの入国には査証が必要……「434.矛盾と閉塞感」参照

☆西神殿の宿泊施設で一時保護……「1935.休暇が潰れる」~「1940.連邦との接点」参照

☆宿泊施設に居る間(中略)フラクシヌス教のことを説明……「1899.突然の七連休」~「1907.祝日制定理由」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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