1989.情報に飢える
「今回の制裁は、当然あるべき様々な段階を飛ばして、突然実施された異例のものですが、科学文明国……キルクルス教文化圏の国々からは、手続きの適法性を疑う声や、制裁の発動に待ったを掛ける声は上がりませんでした」
「ネモラリス人……いや、穢れた力をもつ魔法使いが相手なら、何してもいいとか思ってんのかな」
ラゾールニクが、唇に皮肉な笑みを浮かべる。クルィーロもそうだろうとは思ったが、人間扱いされないことを認めたくはなかった。
クルィーロは今、デレヴィーナ市の中央総合体育館で公開生放送の舞台に立つ。昨夜の遣り取りを思い出しながら、アナウンサーのジョールチが読み上げる武器禁輸措置の対象品目をひとつひとつ噛みしめた。
長大な読み上げが終わり、DJレーフが十分間の休憩を宣言すると、会場の空気がホッと緩んだ。
レコードで「すべて ひとしい ひとつの花」の伴奏を単独の楽器が奏でる部分を流して場を繋ぐ。
先程、憤りのあまり鉛筆の芯をヘシ折った男性が立ち上がり、正面のクルィーロに真っ直ぐ歩み寄った。
「あの、お忙しいところ恐れ入りますが、お時間、よろしいでしょうか?」
「休憩時間に済むコトだったら大丈夫ですよ」
「つかぬことをお伺いしますが、国内では全く手に入らない情報をどこでどのようにして手に入れたんですか?」
質問の声を聞きつけ、前列に陣取った会社員たちが舞台に集まった。
「インターネットです。科学の最新式の通信技術なんですけど、みなさんはご存知ですか?」
「いえ……禁輸品の中にもそんな単語がありましたけど、初耳です」
緑髪の中年男性が困った顔をすると、同じ湖の民の会社員たちも一斉に緑の眉を下げて頷いた。
「ネモラリスには全然ないんですけど、アミトスチグマ王国に居る仲間に協力してもらって、情報収集しています。バルバツム連邦とか、科学文明国なら子供でも扱えるもので、国連とかも、それを使って情報を出しています」
緑髪の会社員たちが、熱心にメモを取る。
クルィーロは、もう何度もあちこちで繰り返した説明をここでも簡潔に語った。
「夏の都で買えるんですか?」
「回線契約が必要なんで、端末だけ持ってても無理なんです」
「契約は、通信事業者がネモラリス人を相手にしてくれなくなったから、今は外国の知り合いに頼むしかないよ」
ラゾールニクも話に加わり、先回りして説明した。
地元民たちは、唇を引き結んで手帳に控える。
「オバーボク、リャビーナ、マチャジーナでは、商工会議所とか会社とかが制裁が発動する前に端末とアンテナとかの設備一式を買ってたけど、今、回線契約どうなってるかな?」
ラゾールニクが遠い目をする。地元民の顔は一瞬、明るくなったが、最後の一言で暗く沈んだ。
クルィーロは、体育館の壁掛時計を見て質問した。
「外国の取引先から、連絡が不便だからインターネットを導入して欲しい、みたいなコト言われませんでしたか?」
「ウチは取引先が国内だけなんだ」
「ウチも地元だけです」
「中小だし」
「どの途、今は無理なんでしょう?」
探るような祈りを込めた目を向けられ、クルィーロはマチャジーナの状況を思い出して言った。
「えぇ。まぁ、今は機械を手に入れて契約してって言うのは無理ですけど、他の街の人たちと連携して情報収集とかは、何とかなったりしませんか?」
ラクリマリス王国の神官に情報収集を依頼するにしても、ネモラリスの企業や個人がバラバラに言うよりは、窓口を絞った方がいいだろう。神官も、個別に対応できる程、暇ではないのだ。
「それか、この街の会社で外国に支社とかあるとこなら、現地で調達済みかもですし」
「他所の街では、外国の親戚や取引先などから古新聞を送ってもらうと言っていた会社もありますよ」
クルィーロが言うと父が付け加え、地元企業の者の顔色は幾分かよくなった。
「お兄ちゃん」
アマナがクルィーロの袖を引き、体育館の壁掛時計を指差す。
もう時間がない。舞台上と客席でそれぞれの持ち場へ急いだ。
その後のニュース、歌、国民健康体操の実演は滞りなく進み、放送予定時刻の正午ピッタリで終わる。
舞台に上がったジョールチが、放送終了の挨拶をすると、聴衆から盛大な拍手が贈られた。
三々五々解散する聴衆が、食べ物の屋台へ流れる。
今回、移動放送局プラエテルミッサは物販をしない。みんなの昼食を優先することにしたからだ。だが、ジョールチとクルィーロ、父パドールリク、それにラゾールニクは、地元企業の者たちに囲まれて質問攻めにされ、舞台から降りられなかった。
「えっと、まず、先に食事を」
「その後でお時間いただけるんですか?」
「ウチは一時までに戻って報告しないといけないんです」
何人かが泣きそうな顔でジョールチを見る。
……そっか。今日、普通に平日だもんな。
クルィーロは、すっかり遠くなった工場勤めの日々を思い出した。
「……では、一緒にお食事をしながらと言うコトで」
とうとうジョールチが折れた。
クルィーロたちは、レノが作ってくれたパンとスープを持って舞台に戻る。地元民たちも、屋台で軽食を買い、先程以上の人数が集まった。
小走りに抜けたグラウンドは、ちょっとしたお祭り状態で、明るい笑顔がそこかしこで見られた。
早速、年配の社員から質問が飛ぶ。
「何故、急に制裁が決まったか、ご存知ありませんか?」
「いえ、そこまでは……私たちも外国にいる仲間も、掴めておりません。通常、国連が何かすれば、報道発表を行います。ネモラリス政府も、国連や外国政府、あるいは国際機関などから何らかの働き掛けがあれば、国内向けにも対外的にも発表する筈です」
アナウンサーのジョールチが、眼鏡を拭いて掛け直し、地元民を見回した。
「地元の新聞には、外国のニュースが載らなくなりましたし、役所も特に何も」
一人が言って隣の者を見ると、彼は頷いてそのまた隣を見た。集まった地元企業の者たちは、何も情報がないと言う。
ラゾールニクが、上着の内ポケットから記者証を出し、移動放送局に協力するフリージャーナリストと名乗って質問する。
「国同士のこんな大きいハナシ、地方の中小企業が知ってどうするんです?」
「勿論、弊社の力でどうにかできるなんて思っちゃいませんよ。でも」
「でも?」
年配の男性はムッとした顔で応じたが、ラゾールニクは真っ直ぐ見詰めて答えを待つ。
「でも、クリペウス首相が何もしてくれなくても、カク・シディ様とかにお伝えできれば、きっと何とかして下さいますよ」
「ウヌク・エルハイア将軍たちが、クレーヴェルで新しい国造りの準備をなさってるそうですし」
「解放軍は、魔哮砲に反対してるから、クリペウス首相たちを辞めさせたら、制裁もなくなるんじゃないんですか?」
「みなさんは、カク・シディ様やウヌク・エルハイア将軍と直接連絡できる伝手をお持ちなのですか?」
父が驚いて地元の湖の民を見回す。
「直接は無理ですよ」
「取引先や、なんやかんや通してですね」
「伝言をお願いするんですよ」
「解放軍の人はちゃんと伝えてくれるみたいですよ」
中小企業の社員たちは、自信なさそうに答えた。
☆レコードの「すべて ひとしい ひとつの花」の伴奏を単独の楽器が奏でる部分……「0177.レコード試聴」参照
☆商工会議所とか会社とかが制裁が発動する前に端末とアンテナとかの設備一式を買ってた
オバーボク……ルブラ王国と歩調を合わせる「1368.素材等の需要」「1386.ルブラの要望」「1387.導入する理由」→導入「1799.講習会の告知」「1800.七王国の通信」参照
リャビーナ……星の標が密輸端末をディケア沖で使用「721.リャビーナ市」「0938.彼らの目論見」参照
マチャジーナ……共同で衛星移動体通信の設備を揃えた「1767.商店街の会議」~「1769.商売人と約束」「1833.蛙料理の研究」「1835.回らない情報」参照
☆ラクリマリス王国の神官……端末を持っている「1166.聖典を調べる」参照
☆外国の親戚や取引先などから古新聞を送ってもらう……「1850.制裁対策会議」参照
☆カク・シディ様……「1741.当主の養い子」~「1746.制度の例外地」参照
☆クレーヴェルで新しい国造りの準備……「1541.競い合う双子」「1544.固有の経済圏」「1714.妨げになる者」「1716.奥様方の噂話」「1753.都民意識調査」「1769.商売人と約束」参照




