1985.牽制しあう者
「放送場所がどこに決まっても、候補に名乗りを上げて下さった企業の代表者の方、各二名様につきましては、公開生放送最前列のお席を来賓席としてご用意致します」
もう五度目になる放送場所決定会議の席で、国営放送アナウンサーのジョールチが、疲れた声で宣言した。
これまで、どこの放送場所でも、移動放送局プラエテルミッサ側からは事前の席取りなどしなかった。早い者勝ちで特に問題なかったからだ。
だが、デレヴィーナ市北部では、今までと勝手が違った。
同市の北地区には、デレヴィーナの森に関連する事業所が軒を連ねる。林業と木材加工業、建築と家具製造、狩猟と食肉卸や皮革産業、採取と薬種問屋、絶光蝶養殖業者と素材加工業者などが、それぞれ権利を主張しあう。
それぞれが関連産業で、古くから協力関係はあるが、競合相手でもある。
例えば、水知樹の葉は絶光蝶の幼虫の餌になる。
だが、葉を毟って与えれば、木が弱って樹液の質が下がり、量も減る。
水知樹の樹液は、呪符用インクの基本素材で、染料などにも使われる。
葉や樹液を採り過ぎれば、枯死する程でなくとも、生育不良を起こす。
水知樹の木材は魔力を帯びやすく、扉など、術の付与が必要な木工品にもよく使われる。
戦争の影響でデレヴィーナの森でも魔獣駆除が滞った。狩猟、食肉卸、皮革、採取、薬種問屋などが大打撃を蒙る。安全に作業できる森の領域が狭まり、同業者間でも度々諍いが起きた。
以前は互いに助け合った関係に亀裂が入り、一定の魔獣駆除がなされた現在も尾を引く。
各業界の老舗や最大手企業が、放送場所の誘致で鎬を削る。
どの業種でも本業の収益が激減し、特に薬種商や素材加工業では、休廃業が相次ぐ。放送場所に集まる屋台などからの敷地使用料は、どこも喉から手が出る程、欲しい。
また、外部の業者による大量駆除で、ほんの僅かだが、北地区の各業者が息を吹き返した。国内需要が落ち込む中、輸出に賭けたいと思うのは当然の成行きだ。
国内の報道では、情報統制や物資不足で、国連安保理決議や経済大国二十カ国会議による経済制裁の全体像がわからない。詳細がわかれば、抜け道を見出せるかもしれないのだ。
……売り物が違うんだし、みんなで手分けして情報収集して、共有して統合すればいいと思うんだけどなぁ。
クルィーロは、隣のマチャジーナ市ではできたコトが、このデレヴィーナ市では業者間の不和でできなくなってしまったのが意外だった。
今は身内同士で争う余裕などない筈だ。
「まぁ、情報収集だけでしたら何とか」
「電波の届く所に居れば、ラジカセで録音できますからね」
「今はどこも財政が厳しいですからねぇ」
「本業以外の負担や利益などが偏りますと、後で何かとアレですから」
各業界の代表者たちが、互いに視線を交わしながら言い、最後に緑の目をジョールチに向けて止める。
黒髪に白い物が交じるアナウンサーは、緑髪の者たちを見回し、小さく息を漏らした。
移動報道局側には、提案できる解決策も譲歩できることもない。
……俺たち、何でこの会議に呼ばれたんだろうな。
クルィーロは昨日、父に「いっそのコト北地区では放送しない方がいいんじゃない?」と言ってみた。だが、父は首を横に振った。
そんなコトをすれば、誰それのせいで放送中止になったと責任を擦り合い、却って対立が深まる可能性が高いと言う。
明日は、市の中心部で放送する日だ。
追加の情報収集は、レノたちが行ってくれた。だが、それを取りまとめる父とクルィーロ、原稿を書くジョールチがここで押し問答に付き合わされてたのでは、明日は睡眠不足必至だ。
……何でもいいから早く決めてくれよ、もーう!
香草茶のお陰で怒鳴り合いや罵り合いにならないのが、唯一の救いだ。
空気が険悪になる度に、まだ冷静な誰かが茶器の中身を術で煮立たせ、香気を立ち昇らせる。
何人かの代表者が、元取引先の社員だった父に助けを求めるような眼を向けた。
父は、ずっと無言で成行きを見守る神官に青い目で問う。神官が目顔で何事か了承し、父は緑髪の人々を見回して姿勢を正した。
「このままでは、放送場所がどこに決まっても、禍根が残るでしょう」
地元民の緑の目が、互いをチラチラ窺う。
神官は無言でクルィーロの父を見た。
「北神殿で放送すれば、聴きに来られた方々が参拝もして、少しでも湖水の減り具合を抑えられると思いますが、どうでしょう?」
「神殿も、屋台を出すお店からは、敷地の使用料を徴収します」
父が言うと、神官が今日ここへ来て初めて口を開いた。
代表者たちは口には出さなかったが、露骨な不満顔だ。
「半分は仮設住宅へ、もう半分は廃業した生活困窮世帯の子供らへ分配します。物納が食料品なら、恐らく一人一口あるかないかでしょうが、何もないよりはマシでしょう」
神官のよく通る疲れた声が、悲しみを帯びて胸に沁み込んだ。
「そう言うコトでしたら……まぁ」
最も休廃業が多い薬種問屋の代表が、異業種の代表者たちに視線を投げる。
数呼吸分待って、商工会議所の会頭が皆に異論ないか確認し、やっと放送場所が確定した。
「最初から神殿でやるって言えばよかったのに」
移動放送局のトラックに戻ってすぐ、クルィーロが無駄な会議に付き合われたと愚痴ると、父は苦笑した。
「議論が出尽くしてからでないと、了解するどころか、神殿も当事者として巻き込まれて揉めて、収拾つかなくなってただろうな」
「えぇッ? ……あ、そうか」
みんなが疲れた頃に言ったからこそ、「第三者による仲裁案」として意見が通ったのだ。
クルィーロは頭では理屈がわかったが、神官が狡いようにも思い、微妙な気持ちになった。
☆水知樹の葉は絶光蝶の幼虫の餌……「1959.絶光蝶の養殖」「1961.化物と関わる」参照
☆水知樹の樹液……呪符用インクの基本素材「399.俄か弟子レノ」、染料など「855.原材料は魔獣」参照
☆デレヴィーナの森でも魔獣駆除が滞り……「1955.無点検の弊害」参照
☆薬種商や素材加工業では、休廃業が相次ぐ……「1908.素材屋の休業」~「1911.森林活用の難」「1912.ロークの連絡」「1946.森林へ至る道」参照
☆外部の業者による大量駆除……プートニク「1917.組合との交渉」→「1949.道沿いの素材」~「1952.非戦闘員の力」「1954.本職の手並み」~「1958.豊かな森の糧」参照
☆元取引先の社員だった父……「1889.元取引先の今」参照




